13,絡み合う思惑※
慌てたような足音は、いかにも瑠唯の知る懐かしい父親のもののように思われた。
すぐにスパンと障子の開け放たれる音が響き、瑠唯は今こそ離れ離れになった父親が「瑠唯!」と叫んで飛び込んでくるものだと信じていた。
しかし、聞こえてきたのは「いない……?」という声である。さらに母親の千賀子らしい声で「本当にこの部屋?」という言葉が続いた。
(お父さんとお母さんだ。間違えて、隣の部屋に行っちゃったのかな)
そそっかしいなぁ、と笑いながら瑠唯は「お父さん」と言おうとした。声は出なかった。
背後から伸ばされた手に口を押さえられ、もう一本の手にきつく抱きしめられて動きを抑え込まれていたからだ。
「間違えた部屋に誘導したのは、わざとだよ。まだ伊佐美とは会わせない。絶対に反対されるから」
耳元で、低く不穏な気配の漂う声に囁かれる。
身動きもできないまま瑠唯が視線だけさまよわせると、驚いた顔をした陸人と目が合った。背後にいるのは、彼ではない。
「陸人。伊佐美には言うなよ。娘を実験台にすることを、あいつが了承するとは思えない」
つい最近、聞いた覚えがあるような声だ。
瑠唯の肩に、艷やかな黒髪が落ちてくる。
(柊だ……! いつの間に)
ここが彼の屋敷であるならば、庶民には想像もつかない抜け道なり秘密通路なりを使って、いきなり部屋の中に移動してくることができるのかもしれない。
瑠唯が陸人と話し込んでいる間に、こつ然と部屋に現れていたらしい柊は、弱った瑠唯の体をいとも容易く制圧して、伊佐美たちとの再会を阻んだ。
廊下から「ここじゃないみたいですね」と誰かの声がして「ほら、お父さんの早とちり……ああ、いまのなし。守谷さんの」「いや、瑠唯のお父さんではあるから、お父さんで間違いじゃない」と、ぎこちなく会話する元夫婦の千賀子と伊佐美の声が遠ざかっていく。
(行っちゃう……! ここにいるのに!)
背後の柊は、瑠唯を押さえつけたまま陸人へと淡々とした調子で言った。
「伊佐美やその別れた妻が認めようが認めまいが、娘を地下の実験に使うのは決定事項だ。ガタガタ騒がれるのは面倒くさい。陸人はどうする。一緒に来るか? それともあっちを足止めしてくるか?」
ひんやりとした、冷気すら漂うような声であった。
陸人は瑠唯の背後にいる柊へと目を向けて、はっきりとした口ぶりで答える。
「一緒に行きます。不測の事態が考えられる以上、伊佐美さんが同行していないなら、俺だけでもいた方がいい」
さきほど瑠唯とおっとりと話していたときの「僕」とは違い、目つきも厳しく「俺」と口にした。
柊はその反応があらかじめわかっていたかのように、さしたる感慨もない様子で言う。
「わかった。ついてこい。それと、瑠唯。手を離すが、騒ぐなよ。助けを呼ぼうがここから逃げ出そうが、無駄な抵抗というものだ。お互いの面倒を避ける意味でも、おとなしく俺の言うことを聞け。返事」
すっと、口元から手を外される。
止めていた息を吐き出し、はあはあと呼吸をしながら、瑠唯は状況を整理しようとする。
(「人体実験」「地下の実験」って言った……! お父さんが聞いたら反対するっていうことは、危険な実験だ……!)
瑠唯が返事をしないでいると、耳元で低い声に囁かれた。
「拒否権はないんだ。『はい』と言え」
「わ、わからないんですがっ。これはいったい、なんですか?」
なんとか言い返したところで、がつっと後頭部を鷲掴みにされた。
「柊さんっ」
陸人が咎めるように名を呼ぶも、柊は手を離すことはない。瑠唯と顔を合わせ、冷たい三白眼で瑠唯を睨みつけながら、機嫌が悪そうに言う。
「何がわからない? 何が知りたい? 質問があるなら答えるぞ」
ぎりぎりぎり、と万力で締め上げるように力を込められながら、瑠唯は弱気にならないように必死で柊と目を合わせる。
痛い――
「柊さん。だめだ、それはもう暴力だ」
腕を伸ばしてきた陸人が、柊の手首を掴んだ。瑠唯の頭から、指が外れる。瑠唯は咄嗟に、前のめりになると、布団の上を這うようにして逃げた。陸人の方へと。
手首を掴まれて動きを封じられた柊は、高飛車な口ぶりで言い捨てた。
「うるさいな。じゃあ陸人から説明しておけ。すぐに地下へ向かう」
「わかりました。瑠唯さんのことは俺に任せてください。柊さんはもう、瑠唯さんに手を出さないように」
まったく気圧されることなく言い返すと、陸人は瑠唯を見下ろして、手を伸ばしてきた。
「まだ足がふらつくと思いますので、僕が運びます。この屋敷の地下へ向かいます。行って帰ってきても、時間はそれほどかかりません」
おそらく、陸人の手を取らなければ、柊に首根っこを掴まれて強制的に引きずられて運ばれそうな危険を感じた。
(ツンの柊より、クズの陸人さん! というか現実の陸人さんはクズ感ないし安全な気がする!)
選ぶならこちらだと手を取ると、陸人は安心させるかのように微笑んできた。
そのまま、白衣の胸に抱き上げられる。
柊はずっと冷気を漂わせていたが、瑠唯と目が合うと薄く笑った。
「それじゃ、楽しい楽しい地下墓所ツアーを始めるとしよう。そこに足を踏み込んだら最後、生きて戻れないという触れ込みの、禁足地だ」
およそ現代日本で耳にすることはない、奇怪な単語がその美しい唇からこぼれだした。
笑顔の柊は、妙に楽しげである。
(生きて戻れないって……)
瑠唯は思わず身を縮こまらせた。それが布越しに触れ合った肌から伝わったのだろう、腕に力を込めてきた陸人が優しい声で囁いてきた。
大丈夫です、僕がついていますから、と。
☆設定&登場人物紹介・その2☆
*真澄
妖魔対策部隊所属。警護部・白虎班(金属性)。
戦闘に出ていないときは護衛部で要人警護担当。帝国妖魔対策庁の長官の息子で、次期長官と目されている実力者。
優しい年上お兄さんキャラで、一見すると性格の裏表はあんまりない。
優秀な子孫を残すことを目的としていて子作りに執着があり絶倫で、ルートに入ると所構わず迫られる。腹黒?
◆北沢真澄 黒竜警備保障 警護課
千賀子と同じ民間の会社でボディーガード職。長身イケメン。
*渚
妖魔対策部隊所属。遊撃隊・玄武班(水属性)
常に警邏や戦闘に明け暮れているアタッカー。
まっすぐで熱い性格。正論を言うタイプだが、危ない任務はすべて自分がするつもりでいる。
固定ルートに入ると?
◆水島渚 警視庁のSP
気の強そうな美形。
*柊
皇太子。高貴な身の上だが妖魔対策部隊に力を貸している・青龍班(木属性)
ツンデレ。とにかく周囲へのあたりがきつい。
固定ルートに入ると?
◆宮橋柊
都内にある広大な敷地の日本家屋に住んでいる。
*陸人
妖魔対策部隊所属。医療部・麒麟班(土属性)
ドクズ遊び人風、いつ見ても女性とイチャイチャしている。
実は優しくて節度ある真面目人間。
ルートに入ると一途。
◆天野陸人 医師 29歳
小児外科医。普段は「僕」と言っているがたぶん本当の一人称は「俺」
*その他のキャラクター*
◆佐藤千賀子
瑠唯と涼介の母。黒竜警備保障でボディーガード職。意地っ張りで連絡音痴。伝言ミスしがち。
◆守谷伊佐美
瑠唯と涼介の父。海外帰りの医者。




