12,五人目まで揃いました
柊「結界を張れるから何だって言うんだ。結局のところ、妖魔と人間は共存ができない。すべて滅ぼすしかないんだ。お前のような半端な能力者は、足手まといにしかならないよ。ゆめゆめ自分を一人前と勘違いすることのないように。目障りでしかない」
公式サイトで見た柊は、触れれば切れそうというイメージそのものの鋭さで、ヒロイン翠扇に辛く当たっていた。
(たしかツンデレキャラの触れ込みだったけど、つまりいずれデレると……? あの冷たくて不機嫌な顔で、デレるの? どうやって?)
現実で出会った柊らしい人物は、ゲームのツンツンした様子とは打って変わって、すでにデレの段階にあるのではないかというくらい、人当たりの良さそうな笑みを浮かべていたが……。
涼介に向けて。
――見た顔がいる。涼介だな。何をしているんだ?
この二人は元から知り合いなんだ、そう思ったあたりで瑠唯の記憶は曖昧に終わっている。どうにかそれ以上思い出そうとすると、渚に脅迫された一件が浮かび上がってきた。
人質になってくれる? 冗談とは思われぬ真顔と言葉。悪夢。
「……ああ」
ぞーっと血の気がひく感覚とともに、瑠唯は目を覚ました。
眠りから覚醒したと自覚し、自分が布団に寝かされていたことに気づいたが、いつどんな状況で寝たのかはすぐに思い出すことができない。
「ああ、良かった。起きた。状況の説明をするから、慌てないで。瑠唯さん」
きょろきょろと辺りを見回す前に、はっきりと名前を呼ばれる。
知らない男性の声だった。
横を向くと、ふわっと柔らかそうな茶色っぽい髪で、眼鏡をかけた男性が座っていた。白衣を身に着けており、瑠唯と目が合うと穏やかに微笑みかけてくる。
ひと目で、それが誰かわかってしまった。
(麒麟班の陸人だ! 「巡る世界の五重奏」の中では医療部所属で、普段は怪我人の手当とか、医学書読んでいるタイプの……。だけど序盤ではいつ会っても女の人に愛想を振りまいているせいで、真面目さのかけらもなくて、ものすごくチャラくて女好きのイメージのほうが強い。有り体にいってクズキャラ!)
女学校卒で、性格的には硬派で男性をやや苦手としている翠扇に対しても、とにかく気安く絡んでくる。「かわいいね」「君みたいな娘、大好きだよ」と、他のキャラと比べて明らかに女慣れした様子で。
ゲーム開始早々、数度接触しただけの翠扇が「なんなのこのひと……!」と拒否反応をしていた。
彼こそ涼介が「出会ったときは女好きのドクズに見えたが実は一途」と言っていたキャラであろうと、思いあたっている。実は瑠唯がひそかに一番気にしていたキャラだった。
クズキャラは一途になる前に振り回されて大変そうだと思いつつ、作中で明らかに他の女性と付き合っているなどの気配がない限りは、全然許せる範囲のクズではないだろうかとも思う。リップサービスが過剰なだけなら、現代人の感覚でいえば「調子が良い」程度なのでは……?
忙しく考えつつ瑠唯が顔を向けると、にこりと、とても優しく微笑まれた。
(うわ……! さすが「攻略対象者」だ……! ゲームでもイケメンだけど、三次元の人間として見ても破壊力がすごい!)
瑠唯は「これだけそれらしい人物が現実にいるのなら、五人目ともいずれ出会うんだろうな」と考えていたので耐性のようなものがあったが、防御力ゼロの状態で会っていたら挙動不審に陥っていたであろう。彼は日常的に接することのない、凛々しい美青年だった。
心境としては「ゲームやってて良かった! これ予習したところだ!」である。そうとでも思わなければ、到底この初対面を乗り切れなかった。美形は心臓に悪い。
そんな瑠唯側の事情はともかく、陸人らしきひとは落ち着いた声で話し始めた。
「強い緊張が続いていたのかな、渚に運ばれてここまできたときには、意識を失っていたんです。玄関先で下ろそうとしたら、ぐったりして目を開けなくて……。たまたま居合わせた僕が診せてもらったけど、寝ているだけみたいだったから、こうして部屋を借りて休んでもらっていました。無理はしなくていいけど、起き上がるくらいなら問題ないはずです」
優しい話しぶりにつられて、瑠唯はそうっと体を起こしてみた。
見回すと、がらんとした広さの、余計なものが何も置かれていない畳敷きの和室であることがわかる。屋敷の外観から想像できた通りの部屋だ。
わからないのは、この世界における陸人の立ち位置だ。付き添いは他に誰もいなかったので、直接本人に聞くしかない。
「たまたま居合わせたって……往診中のお医者さんですか」
当たらずとも遠からずと思われる憶測を述べると、陸人らしき青年はおっとりとした笑みを浮かべた。
「はいと言えば嘘になるし、いいえと言えば事情を話す必要が出てきそうだ。答え方が難しい。必要な範囲で答えるとなると、医師免許はある。往診中というより、ここに住んでいるんです。天野陸人といいます。分類すると小児外科医」
「住んで……、誰かの主治医とかですか?」
小児外科医ならば、手術の設備の整った病院にいそうなものだ。つい、重ねて尋ねると、陸人は困ったような苦笑いとなる。言えない事情があるのだとそこで察して、瑠唯は「すみません」と即座に謝った。いやいや、と陸人が焦ったように遮ってくる。
「謝られるようなことではないから、大丈夫。まずは瑠唯さんが無事目を覚ましたことを、お母さんやお兄さんに伝えるね。ええと……たぶん、お父さんにも伝わる」
「お父さん!? なんでお父さん!? 十年くらい会ってないんですけど?」
言ってから、千賀子もたいがいだが自分も悪いところはあると、瑠唯はおおいに反省した。
(お父さんの連絡先はわかっているんだから、私から連絡しても良かったよね……! 離婚した夫婦で連絡取り合うより、娘の私のほうがまだまともにやりとりできたかもしれないのに、お母さんに任せきりになってたから……)
涼介に「お父さんは元気?」とは聞いていたが、「元気だよ」と言われたところで話題が尽きていた。自分の父親なのだから、もう少し興味を持って会話を膨らませておけば良かったと気付いたが、いまさら遅い。
瑠唯の落ち込んだ様子をどう思ったのか、陸人が丁寧に説明をしてくれた。
「瑠唯さんのお父さんは、僕の上司にあたります。研究チームのリーダーで、同じ目標に向かって一緒に仕事をしているんです。それで、僕は一方的に瑠唯さんと涼介さんを知っていました。お父さんのパソコンのディスプレイとか、ちらっと見えるスマホの画面が全部家族の写真で。僕が知っている瑠唯さんは小さなお子さんだったんですが、涼介さんと双子ということは、もう立派なお嬢さんなんですよね。子ども時代の写真は、あんなに何度も目にしていたのに、最初はあなたが成長した瑠唯さんと気づかなかったです」
とてつもない罪悪感で、瑠唯は呻きながら胸を押さえた。
(意地っ張りの母に育てられておりまして……! 離れた家族にぐずぐず固執するのは、あの母親の手前良くないように思っていて、私はお父さんのことをあんまり話題にしないできたし、思い出しもせず、なんだったらもうすっかり忘れていました……!)
父親の側からは、涼介と同じように自分もまた「我が子」として扱われていた事実に動揺しつつも、胸の底がふわっと熱くなる感覚があった。これから父親に会ったら、意地を張らずに「お父さん!」と言おうと決意をする。
その一方で、瑠唯の中の冷静な部分が、陸人のくれたヒントを頼りに状況を考え続けていた。
父親の伊佐美は、論文を書くタイプの医者だった。十年前、その研究結果を持って海外の病院に行ったはずだ。
今回の帰国は涼介の受験に合わせたのかな? と勝手に考えていた上に、勤め先に関しては千賀子が「どこかの大学病院よ。出身大学だったかしら」とさらっと言っていたので、瑠唯もてっきりその通りだと思い込んでいた。
だが、どうも事情が違いそうだ。
小児外科医を名乗る陸人が、外観からすると病院とも思えないこの屋敷に住んでいて「父親と同じ研究チームで働いている」という。
「この屋敷って、もしかして――」
瑠唯が自分の推測を述べようとしたそのとき、ドタドタと近づいてくる足音が聞こえた。
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