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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
5.罠

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39/48

7

「網って何だ?」

「あなたの話を聞いて引っ掛かるところがあったから、知り合いに調べてもらったのよ」

「引っ掛かるところ?」

「もっとも、あなたと違って、周一郎の態度じゃなくて仕事の方だけど」

「仕事?」

 ますますわからなくなって、お由宇の後ろを追いかけながら首を傾げる。

「英の件の種明かしはしただろ?」

「さあね」

「さあね?」

 謎めいた笑みになぞなぞのような返答を添えて、お由宇は先に立ってカフェに入っていった。ざわめく店内、片隅の奥まった席に人目を惹く男が一人座っていて、陽気な顔で手を振ってくる。

「20分ぴったりだね」

 にこりと笑ってお由宇が頷き、そいつの前に腰を降ろす。慌てて隣に腰を降ろすと、男は訝しげな顔で俺を見つめ、親指を立ててくいと俺を示しながら尋ねた。

「誰、この人」

「滝志郎君。知ってるでしょ?」

「へえ…この人がねえ」

「…どうも」

 ぺこりと頭を下げた俺に、男は無遠慮な口調で続けた。

「どこにそれほどの価値があるんだい?」

「付き合ってみればわかるわよ」

 あっさり流して、お由宇は微笑を返した。

「誰でも彼に巡り逢いたがるんだろうとわかるわ。たとえ、ただの芝居であっても」

「城本百合香か」

 突然知り合いの名前が出て来て、思わず相手を見直した。どうやらいつの間にか本題に入ってしまっていたらしい。

「彼女はどちら?」

「タジックB。つまり、英反発派だな」

 ふてぶてしい表情で言い放った男は、煙草をくわえる。

「英との関連は?」

「タジックAとBはタジック内での均衡勢力だ。ま、少なくとも今まではそうだった」

 お由宇の質問に、男は眠そうに答えた。わかりきったことを聞くなよ。そういう視線を向けてくる。

「ところが、今回はタジック全体の意向で、英を尖兵として送り込んだ。これにはAもBも協力していたし、Bも城本にその意向に沿って動くように指示している。だから、表向きには、タジックは英の手腕による『吸収』を狙っている図式だ」

「裏の方は?」

「おっと、相手を考えてくれよ」

 男は気障なポーズで肩を竦めた。

「ここまで探るのも、並の奴には大変だと思うけど?」

「わかってるわ」

 お由宇はくすりと笑ったが、男の愚痴には取り合わなかった。

「だから、あなたに頼んだんでしょ?」

「…そういうことだな、ま」

 男は軽く溜め息をついた。

「だが、正直言って、オレにも裏までは掴み切れてなくてね。ただ、『貴公子』が動いた」

「え?」

「それもタジック吸収の方に、だ。おかしなことに英が阻止しようとしない」

 男はきらりと冷たい光を瞳に走らせた。

「単に『貴公子』の逆襲と見てもいいわけだが」

「じゃ、ないわね」

 お由宇は意味ありげに俺に視線を向け、付け加えた。

「たぶん」

 ゆっくりと立ち上がる。

「お由宇?」

「行きましょ、志郎。話は終わりよ」

「またね、『お嬢さん』」

 とぼけた口調で応じて、男は朗らかに手を振った。思わず俺が手を振り返すと、男は吹き出し腹を抱えてげらげら笑い出した。

「すっげえ、天然っ!」

「おい」「はいはい、行きましょ、志郎」

 カフェを出るまで続いている馬鹿笑いに顔をしかめる。

「ちぇっ」

「むくれないむくれない。いいこと聞けたじゃない」

「何なんだ、あいつ?」

「古くからの知り合い。言い方を変えればトップ屋、パパラッチ、ゴシップ売り」

 横目で俺を見ながら微笑む。

「この世界の人間にしては純情な人よ」

「あれで?」

「そう、あれで」

「……いいことって何だよ」

 納得できないまま、質問を変えた。自慢じゃないが、さっきの会話は俺には宇宙人のテレパシー通信並みに意味が不明だ。

「周一郎は罠を仕掛けたらしいわ。たぶん、英も組む気ね」

「へ?」

「タジック社は、今内部で二つに分かれてるの。英のやり方に反発していたのが城本さんのいたタジックB。でも、今回の朝倉財閥への協力を表向きの理由に、実は朝倉財閥を狙うため、二つの派閥が手を組んだ。周一郎には英が近づき、あなたには城本さんが近づく、そういうことになったみたいね」

 整然と語られて、ようやく納得した。そうとも、こういう風に話してくれりゃ、俺の頭がポップコーンでもわかるぞ。

「で、その裏にもう一つ裏があったという話」

「へ…うわっ」

 思わず前につんのめり、転がりかけて電柱にしがみつく。

「また、うらあ?」

「これぐらいで騒がないで。周一郎のは、その裏の意図のもう一つ裏になるはずだから」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 電柱を押し出しながら何とか立ち直る。

「頭に引き出しを作る時間をくれ」

「後で整理して」

 お由宇は無慈悲に却下した。

「つまり、タジック社が朝倉財閥を狙った裏には、英の別の意図があったはず」

「別の意図?」

「英の性格と経歴から考えて、朝倉周一郎に対する作戦の甘さに納得するとは思えないし、以前からタジック社の掌握を狙っていた気配もあるから、真の意図はおそらく、タジック社乗っ取り」

「のっ?!」

 おいおいおい。

 つまり何だ? タジック社は周一郎に協力を申し出るふりをして、朝倉財閥を乗っ取るつもりで、そのために派遣された英は、会社の命に従ったふりをして、その実タジック社を乗っ取っちまうつもりだったって??

 脳裏にいつぞやの英と周一郎の会話が甦った。訳がわからないまま固まっていたのが、片隅から溶け出してじんわりと浮かび上がってくる。

『その裏の狙いはまだ健在だと思うが?』

「でも、お由宇…周一郎はそれも知ってたみたいだぞ」

「でしょうね」

 驚きもせずにお由宇は続ける。

「でなきゃ、わざわざ英をパートナーに仕立て上げてタジック社の朝倉財閥乗っ取りがうまく行きそうに見せないわ。周一郎は英の意図を知っていて、それを逆に利用してタジック社を狙おうというのじゃないかしら」

「は…あ…さいですか…」

 どうやったらそこまで頭が回るんだ? そんなことを思いつく周一郎も周一郎だし、それを幾つかの情報と俺の散文的報告で推理してみせるお由宇もお由宇だ。

「あ、それでか!」

 ようやく俺にも閃きの神様が落ちて来てくれたらしい。

「俺を放り出したのも、俺が残ってると英があいつのパートナーになったとタジック社に思わせられないってわけか!」

「そうね」

 お由宇は一瞬妙な表情になった。

「周一郎の、タジック社に対する罠の一つとも言えるけど…」

「けど? なんだ?」

 ふ、とお由宇は笑った。

 いつの間にか、もう彼女の家の前に来ていた。中へ入りながら、お由宇は不思議に甘い笑みを見せて、優しい声で尋ねた。

「周一郎がタジック社を狙おうと考えたのはどうしてだと思う?」

「どうしてって……狙われたからだろ? 目に目を、牙には牙をって」

「歯には歯でしょ」

 溜め息さえもどこか柔らかい。

「周一郎は一か八かの勝負をするほど無謀な人間じゃないわ…『あること』について以外にはね」

「『あること』?」

 首を傾げる。

 慎重な周一郎がただ一つ、無茶を承知で動くことがある? 一体何だろう? 女、じゃないだろうし、仕事、も違うだろうな。俺には全く想像できない。

「一体何だよ」

「たまには自分で考えなさい、志郎」

 小学生を諭すように頷いたお由宇は、そのまま台所の方へ消えていった。

 

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