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「はいはいわかった」
フライドポテトを小さな袋に放り込みながらぼやく。
「おかしな期待を膨らませた俺が馬鹿だった」
暮れ出した街には楽しげなカップルが寄り添いながら溢れ出し、カフェに点った灯に幾つも重なり合うシルエットが浮かんでいる。
「……はあ…」
数日前は俺もあの中の1人だったんだよなあ、と溜め息をついた。
人並み以上に可愛い百合香が6時になればやってきて、帰りは2人でいそいそ帰るなんてことも少なくなかった。
ところがどっこい、百合香は実は周一郎攻略のために派遣された工作員の1人で、俺はまんまと演技に騙されて結婚まで申し込んだお人好しで。結局何をやっているかというと、Dr.ドナルドのカウンターの中で1人細々アルバイトを続けてる。
店を照らし出す白々とした灯が、外の柔らかいほの暗さに比べて白けた感じで、こういう時にはなぜか客もほとんど入らない、この店はこれから大丈夫なのかと自分のことを棚に上げて悩めるぐらいだ。
「なーにが、そんなことは無理よって、お由宇の奴。俺だってやろうと思えば、そのくらいの決心はつくんだ」
「何の決心がつくって?」
ふいに声が聴こえ、ギクリとした。慌てて振り向くと、いつの間にか真後ろに立っていた主任が唇の端をひくひく引き攣らせながら笑っている。
「え、いや」
「ここを辞めようとかそういう決心かね」
「は?」
きょとんとした俺に、主任は顎をしゃくる。
「げ」
床の上にフライドポテトが散らばっていた。乱暴に掬い上げていたのが零れ落ちていたらしい。問題はそれが何度も重なっていたということで…もう1人居てくれれば注意もしてくれただろうが、生憎人のいない時間帯でカウンターに出てるのは俺1人。
「……やっぱり馘ですか」
「まさか」
「まさか?」
打てば響くように返ってきた返事は俺の理解を超えていた。
「そうとも、君の様な『逸材』を誰が馘にするもんか」
「……は?」
主任はくすくすと小さく嗤った。
「永久に雇わせてもらうさ、時給200円で」
「ちょっ」
それは労働なんたら法に違反してるんじゃないか、そもそもそんな時給で雇ったりして会社的にはどうなのか。
うろたえた俺に主任は満面に笑みを広げ、
「もし断りでもしたら、本社から手を回して業界のブラックリストにお前の名前を載せてやる!」
言い捨てるとくるりと背中を向けて歩み去る。落ちたポテトを始末しておけとも言われないあたりが、常軌を逸していると証明しているようでかなり怖い。
「つまり…俺は永久にここでフライドポテトを詰めていろ、と…?」
船底で延々とオールを手に漕ぎ続ける男達の姿を思い出し、慌てて振った頭にはお由宇の微笑が甦った。
「一体俺が何をしたって言うんだ?」
「じっとしてなさい」
「てっ」
パチン、とカットバンの上から腕を叩かれた。
「どうやったら、こんなところを擦り剥けるわけ?」
いやそこは可能性を語るところじゃないだろう。
呆れ顔のお由宇に反論できるわけもなく、胸の中で溜め息をつく。
周一郎が妙に無邪気に英にまとわりついていた。俺にだってしやしない人なつこさで、ついつい気を取られて眺めていたら足元がお留守になるのはいつもの展開、数段階段を転げ落ちるのもお約束。おまけに気づいて近寄って来た周一郎は、いつものことながらうんざりした顔で「またですか、滝さん」。
なんでだ? なんで英がこけて優しく笑ってみせて,俺がこけるとうんざりげっそりモードでまたですか、なんだ?
「…ほんとに仕方のない人ねえ」
お由宇は赤ん坊をあやす口ぶりで言い捨てながら、救急箱を片付けに立ち上がった。
「過小評価にもほどがあるわ」
「…? 俺のことか?」
「他に誰がいるの」
「??? 過小評価????」
「言ったでしょ、周一郎はあなた以外信頼しないって」
コーヒー飲むわよね、と確認されて頷く。
「あなたそっくりな人間が出て来たからって、同じ中身とは限らないし?」
カップを出しながらくすりと笑う。
「一々信頼してて、あんな世界で生き抜けるもんですか」
「でも、なあ」
英はいい奴に見える、周一郎への忠誠も本物に見える。確かにこの間芝居とか何とか言ってたけど、英が周一郎を騙せるはずもないだろう。じゃあ、誰の、誰に対する芝居なんだか。第一どこでそんなものやってるんだか。
「芝居…かあ」
どすんと上から降ってきたのは百合香を笑顔を詰め込んだずだ袋で、頭の天辺からプライドを叩きのめしてくれる。
「…出ようかなあ」
「え?」
お由宇が振り返った。コーヒーの香りが気持ち良く漂ってくる。
「いやさ、あの家を出ようかなって」
何の役にも立たないし。落ち込むばっかりだし。惨めになる一方だし。
「俺、何にもわかってねえしなあ……」
ぼやいた口調は半分は本気、半分はお由宇に慰めてもらえるかと思ったからだったが、もちろんお由宇はそんな生易しい女ではなかった。
「無理よ」
「へ?」
「あなたにできるもんですか」
くすくすと笑う、楽しげに嬉しげに。
「…できるさ」
「できない」
コーヒーカップを目の前に置き、くふん、とお由宇は鼻を鳴らして目を細めた。
「一生賭けてもいいわ」




