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落ち込んでた。めり込んでた。埋まってた。
「やっぱりなぁ…」
もてるはずがなかったんだ。ましてや、少々爪が尖ってよーが百合香のように可愛い女の子が『結婚してくれ』なぞと言い出すわけはなかったのだ。
落ち込んでるせいか、朝倉家の玄関が、実際より遥かに遠く数千キロ彼方に見える。ずるずる歩く俺の目に、落ち込み原因の片割れが、湖の方の小道から近づいてくるのが映った。
英を従えた周一郎。何やら込み入った話らしく、いじけて道の端を歩いている俺に気づかない。
「…なのか?」
「はい、海部運輸のルートは95%まで吸収し終わっています」
「残りは」
「プラン終了とともに吸収が済むよう手配済みです」
当然だと言わんばかりに表情を変えない周一郎、英がふいにちらりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「朝倉さん?」
「何だ」
「いつまで芝居を続けるんですか?」
ぴくりと肩を震わせた周一郎が立ち止まり、その影のように合わせて英も立ち止まる。
(芝居?)
戸惑う俺の目の前で、周一郎は緩やかに英を見やった。
「一体何のことだ?」
「僕と滝君はかなり似てると思うけど、根本的な所が違っているようですね。その証拠にあなたは僕には気を許さない」
「せっかく滝さんそっくりに振舞えるように訓練したのに」
周一郎は唇を笑ませた。
「残念だろう、英?」
英がぎょっとした顔で息を呑む。信じ難いと言う表情で見つめ返す英に、くすっ…と柔らかな声で周一郎が嗤った。
「僕が気づかないとでも?」
からかうような声音で続ける。
「英京悟が有名なのは、遣り口と正反対の性格……作り上げた人なつっこさとお人好しな雰囲気を崩さないからなのに?」
作り上げた?
今度は俺の方がぎょっとする。
あの良い奴っぽい雰囲気は作ったものだっていうのか?
「…ま…いったな」
英がふいににやりと唇の片端を上げた。
「ひょっとして始めから見抜いてた? …僕が特別な意図を持っているのを?」
不敵な口調、聞きようによっては小馬鹿にしているような嘲りを響かせる。
「城本百合香と組んでいたことぐらいはね」
周一郎は怯んだ様子もなかった。
「滝さんのことをよく調べたと思ってるよ」
「そこまで見抜かれてたからどうにもならなかったわけだ」
英はひょいと肩を上げた。ふてぶてしい口調で、
「タジックの狙いは正面から潰されたな」
「そうでもない」
周一郎は笑みを深める。鋭い刃物のような冷たい笑みだ。
「その裏の狙いはまだ死んでないだろう、英?」
「っ」
今度こそ英の顔が惚けた。瞬きする。無表情の仮面を貼り付けた顔が見る見る白くなる。
「ちょっと待った…」
応じた声が微かに震えていた。
「まさか、そっちも知ってて」
「僕が誰だか忘れていたのか? 朝倉周一郎を相手に芝居を打つ気で来ていたんだろう?」
長年の友人を迎えるような親しげな口調、けれど冷たい笑みは消えない。
「そりゃ…そう、ですが…」
英はしばらく口ごもり、やがて重い溜め息をついた。
「……終了、ですかね」
一旦目を閉じ、再び開いた瞳にはもう親しみも優しさも浮かんでいなかった。どこかに崩せる隙はないかと狙うような険しい視線だ。
「それで? 僕をどうする気なんです?」
「ここで騒ぎを起こす気はない」
周一郎は笑みを消した。不思議なことに、微笑まなかった顔の方がまだ話し合いの余地がある気がした。
「君は優秀な人間だし、ここで失う気はないよ。それに、僕は君の計画については反対じゃないんだ」
「朝倉さん…」
英は何を言いかけ、止めた。しばらく瞳を光らせて周一郎を凝視していたが、またふっとお人好しな笑顔を取り戻した。
「ああ怖かった。思い知りました、冷や汗をかいてる」
「そんなに場慣れしていない人間じゃないだろう?」
周一郎が珍しくからかう。英は軽く頷いて、
「まあ確かに。それでも、今のはひやりとしました」
俺もここで終るのかと本気で思った。
小さく続いた呟きに周一郎は薄く嗤って向きを変える。促すように、
「行こうか」「はい…わっ!」
歩き出した英がいきなりつんのめってひっくり返り、まるで自分を見ているような気がして、思わず目をつぶった。
「たいしたものだね、英、滝さんそっくりだよ、そんなところ」
周一郎の声に眼を開けると、こけた英がむっつりとして起き上がるのが見えた。
「今のはマジです」
ふ、と周一郎が微笑する。ずん、と高度1000mぐらいから何かが降ってきて頭にぶつかり、俺は地面にめり込む。
(何だ、あの笑い方!)
俺がこけた時は冷ややかに一言、「何してるんですか、滝さん」のくせして、なんで英がこけたら優しげににっこりなんだ? ガキっぽい無邪気な笑い方……俺には決して見せたことのない笑い方。
「にゃあん」
我に返ると英と周一郎の姿は既に邸の中に消えていた。足元にはルトがちょこんと座って俺を見上げている。
「ああ…お前か」
「にゃん」
「何? 時計がどうしたって?」
手首を見つめるルトの目に時刻を読む。
「…5時40分…っ、バイトーっ!!」
主任に機嫌が良くなっていますように! 他にいいことが起こっているとか客が次々詰めかけているとか!
必死に願いをかけながら、俺は走った。




