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ここで、【MP自動回復】スキルの詠唱時間を終えたルイルイも戦線に加わる。彼女は【物理攻撃強化】【魔法攻撃強化】のバフをメイメイにそれぞれ三重掛けする。これで攻撃においてのみ、メイメイのステータスはシャノに何とか届くようになった。しかし、それでMP切れとなったルイルイがMP自動回復に努めるため後方に下がっていく。
再びタイマンの状態となるメイメイとシャノ。
「あらあら? それじゃあ、防御がお留守になってるんじゃないかしら?」
「はっ、当たらなきゃいいんだよ」
「あ、そう。どうせ、そんな甘いこと考えているんだろうと思ったわ。でもね、そんなことできるかしら、ねぇっ!」
シャノが地を蹴ってメイメイに肉迫する。今度はメイメイが慌てる番で、彼女が両手の手甲をボクシングスタイルで構えた時には、シャノはすでに攻撃モーションに入っていた。
「はあああっ!」
まず、ハールバードで横薙ぎ上段の一閃。首を狙ったその攻撃に、メイメイは身体を落とすことで回避する。が、シャノは間髪入れずそのまま回転しながら、次は地面を抉るような横薙ぎの一閃を連撃した。身体を落としていたメイメイは、足元を薙いできたハルバードの切っ先をジャンプで回避しようとする。しかし、重心が狂ってメイメイは動けなくなる。人間の身体はしゃがむのと立ち上がるのと正反対の動作を同時にできるほど器用じゃない。
たとえ足払い程度の一撃だとしても、防御バフのない今のメイメイに入れば一気にHPが赤ゲージまで減ってしまうだろう。これは練習試合なので、試合前にお互いにステータスを開示している。そのため、シャノはちゃんとダメージ計算して、メイメイが一撃で赤ゲージになる数値分だけ、攻撃補助魔法スキルである【エンチャント・ダークミスト】で闇属性をちゃっかり付加していた。
勝負あったか。
そう思われたときだった。
メイメイも、体術スキルの攻撃モーションに入る。
まるでシャノの攻撃を食らうことを意に介していないかというように。
さすがにこれはシャノも予想外だったようである。遠心力が乗って威力が倍増した攻撃は逆に言えば、咄嗟においそれとキャンセルできない。なので、メイメイの攻撃を魔法鎧で受けようとシャノは判断したのか、回避行動せずにハルバードをそのまま振りぬく算段のようだ。
しかし、ここでシャノの第二の誤算。メイメイが繰り出したのは【発頸衝破】である。それは相手装備の防御値を無視してダメージを与えられる拳士ジョブ限定の固有スキル攻撃だった。決まればシャノのHPをおおきく削ることができるかもしれない。
ところがどっこい、その拳がシャノの漆黒の鎧に当たるより速く、シャノのハルバードがメイメイの足を薙ぐ。
メイメイのHPに大ダメージが入る。
HPゲージバーが一気に減っていって緑から黄になっても、減少は止まらずにさらに減る。もうすぐ彼女のゲージが真っ赤に変わるといった頃合いで、ようやくメイメイの攻撃もシャノに入った。
鈍く重い衝撃音が響いて、空気が震える。
ひとまず、お互い後方に跳んで相手から距離をとる。
「つぅっ」
「いたた」
どちらも痛みに顔をゆがめている。
シャノの方は打撃系攻撃だったので目立った変化はないが、お腹を押さえていることを考えると、メイメイの攻撃が内臓に響いているのだろう。すごく痛そうだ。
一方で、メイメイは両足に履いていたブーツにプレイヤーからの切断系攻撃を食らったことを示す赤く光る筋が浮き出ていた。ASAのダメージシステムとして、プレイヤーからの攻撃で外傷することはない。けれども、攻撃された部分によってはダメージデバフがかかる場合がある。今回の場合、メイメイは両足を潰された恰好なので、このままでは敏捷値に大きなマイナス補正が入ったまま戦闘を続けなければならないことになる。
「……おかしいわね。確かにあんたのHPを赤ゲージになるまで削ったはずなんだけど? なのに、なんであんたにダメージが入ってないのよ?」
「さあ、なんでだろうな? くくっ、当ててみな」
シャノが指摘したように、不敵に笑うメイメイのHPゲージは満タンだった。
あちゃー、いくら妹が可愛いからってそれはやりすぎだぜ。
今度はルイルイのミスに俺は苦笑いする。
「なるほど、そっちの子の仕業ね」
シャノがメイメイの後方の木陰で隠れていたルイルイに気づいて眺めた。びくっとルイルイは肩を振るえさせて『あ、ばれちゃった』とでもいうように舌をちょろっと出す。
ルイルイのHPバーが黄色になっていた。それはちょうど、先のシャノの攻撃によってメイメイが食らうはずだった数値分、削れている。
【ダメージ・エクスチェンジ】。他プレイヤーが受けるダメージを任意の分だけ肩代わりできる状態にするという加護系統の魔法スキルだ。【治癒士】であるルイルイは、ジョブ固有スキル【自己治癒】によって、自分のHPを回復するときにはMP消費が大幅に少なくなる恩恵を常に得ている。そのため、例え他プレイヤーのダメージを肩代わりして自分のHPに大ダメージが入っても、【MP自動回復】スキルなどの一定時間で回復する、決して多くないMPだけで、難なく自分のHPをまた全快にできる。そんな感じで、型にはまって【治癒士】さえMPマネジメントを上手くできれば、それなりに強い前衛無限耐久ハメ戦法だ。
ただし、この魔法スキルは燃費が悪く、ルイルイのMP総量の大半を使って、ようやく発動できるような代物だった。じゃあ、いつ彼女はこの魔法スキルを使用したのか。それはもちろん試合前の作戦会議の時だ。俺がシャノに話しかけて注意をそらしている間に、ルイルイはメイメイに対してこのスキルを発動させ、その後、大きく消費したMPを魔力草でこっそり回復していたのである。
しかしながら、ルイルイは失敗する。彼女の頭脳があれば、メイメイの受けるダメージ総量を瞬時に把握することはたやすい。なので、ダメージを肩代わりするのを、メイメイのHPがあと少しで赤ゲージになるというところまでで止めておくべきだったのだ。そうすれば、例えメイメイのHPが赤くなってなくても、わりと考えなしなシャノは自分のダメージ計算が間違っていたのかと勝手に勘違いしてくれてスルーしたかもしれない。
けれども、攻撃判定はあったのにノーダメだったら明らかに不自然である。そうなれば、さっきみたくルイルイが何かのスキルを使ったのではないかということを疑われてしまう。んで、ルイルイのHPが削れていることに気づいてしまえば、彼女が【ダメージ・エクスチェンジ】でメイメイのダメージを肩代わりしたのだということは簡単に看破されてしまうだろう。このハメ技自体は、結構使われてるしね。
んで、その結果、相手がとる戦法は必然こうなる。
「だったら、あんたから先にやってやるだけよっ!」
シャノがメイメイを無視してルイルイの方へ駆けて行った。
「あっ、こら待てっ! オレと勝負しろよなっ!」
メイメイがシャノを追いかけようとするが、両足に入った敏捷値マイナス補正により鈍足となった彼女がシャノに追いつくはずがない。
なんなく、シャノがルイルイに迫る。
すると、ルイルイは今あるMPを自分のHP回復には使わず、手に持った大錫杖を地面に突き刺した。良い判断だ。ここで自分のHPを回復しても、接近戦に無力でしかも紙装甲な【治癒士】なので意味がない。
ルイルイが澄んだ声で簡易詠唱を行うと、彼女の足元に青白く燐光する魔法陣が構築される。範囲魔法スキル【ホワイトミスト】だ。一定の空間に視覚障害効果を付与した霧を発生させる目くらましの地形干渉スキルだ。
そんなわけで、シャノがルイルイを間合いに捉える直前で、魔法陣からもくもくと雲のような白霧が噴き出し、瞬く間に周囲の空間を白濁させた。




