76
ヴァジュラディウスの巨翼が羽ばたくごとに、嵐と嵐がぶつかり合い、生じた静電気が雷となり、周囲に拡散する。あまりの風圧に、周りの樹木の葉は吹き飛ばされ、果ては薙ぎ倒されているものまである。バチバチと空気がプラズマ化して化学反応を起こし、その異臭が俺の鼻をくすぐった。くしゃみを我慢する俺。
ヴァジュラディウスは神の目線で当たりを見回して、咆哮する。雷が弾け、あやうく攻撃判定を食らいそうになる。そのとき一瞬、その辺に転がっている石ころに徹している俺はヴァジュラディウスと目があったような気がして、ドキッとした。しかし、それは杞憂だったようだ。
ヴァジュラディウスはしばらく鼻を鳴らして天空を見上げると、再び最後に、俺の身体の芯まで震わせるような咆哮をあげて飛び去っていった。
音を置き去りにして。
遅れてバンという爆発音とともにやってきた衝撃波に飛ばされそうになる。
踏ん張ってそれを堪える。
俺の耳に上空からヴァジュラディウスの咆哮が届いたような気がした。
でも、それっきり音沙汰なくなる。
息を潜めて静まり帰っていた空気が、いつの間にか、もとの喧騒を取り戻していた。
気づくと太陽が沈んでいる。完全な暗闇になる前にたいまつ点けないとな。
いや、それにしてもカッコイイ。
いやー、チョーカッケー。
くぅー。
もうカッコイイを通り越して、その荒ぶる美しさにマジで惚れるわー。
ヴァジュラディウスパイセンに恐れ多いことではあるが、うちに帰ったら今見た魂を震わせる光景を形にしたくなった。そうだ。絵を描こう。油彩で。そう決めた。
「おい」
うん?
ニヤニヤしていると、俺の下でもぞもぞと動いていたハーフヴァンプ少女が口をへの字にして言う。
「どけ」
「あ、悪い」
俺がそそくさと離れると、彼女は上体を起こし、胸を片手で隠しながら、もう片方の手を差し出してきた。その意図に気づいて、俺は着ていた黒外套を脱ぐ。それを彼女に手渡した。
「……………………」
ハーフヴァンプ少女は無言で黒外套をかっぱらうと、それを羽織って色々と隠す。それから盛大な舌打ちをしてこっちに背中を向けた。かと思えば、ついで三角座りになって膝の上で組んだ腕に顔を埋める。気まずい空気。
「おーい。脅威は去った。先に進むぞ。ほら、おぶってやるからこっち来なさい」
返事がない。
仕方がないので彼女に近づいていって、彼女の顔をのぞき込む。
「みるな」
「え? あ、ああ。うん、いい、けど」
すっげー、顔が真っ赤だった。そんでもって、すっげー可愛かった。
危うく、見惚れてしまいそうなくらいに。
どぎまぎしてしまった俺は、しばらく彼女の髪の毛を目で数えることに徹する。




