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「はぁっ……、はぁっ……、うぅ」
ハーフヴァンプ少女は精一杯顔を横にそむけて、荒い息を吐いて涙を流している。
なんだなんだなんだ。
大人しくてやりやすいのはいいんだけど、別の意味で非常にやりにくいぞこれ。
けれども、迷ってる時間はない。
俺は自分の身体も倒して彼女の身体に覆いかぶさる。柔らかく弾力性のあるものが二つばかり俺の胸筋にあたるが、それを押しつぶして彼女と密着するのはわりと苦労した。すると目と鼻の先には横を向いてぎゅっと目を閉じている彼女の紅潮した頬が。近くでみるとわかるが、本当に整った顔をしている。さらに彼女の汗ばんだ首筋からはこれまで嗅いだことのない良い匂いが香ってきた。
う、なんか心臓がー。
いつもやる気ねえビートうってる俺の心臓が急に激しいデスメタのドラマーにー。
つーか、伝わってくるハーフヴァンプ少女の心音もすっげーことになってるんですけど。
このままだと二人して頻脈で死ぬのでは?
それを見かねてなのか、ハーフヴァンプ少女がゆっくり顔をこっちに向けてくる。鼻先がぶつかった。ともすれば、唇も触れてしまいそう。涙を溜めた彼女の目が俺の目をじっと見据えた。
「あんた、なら……、あたしは…………、……………………………………………………いいよ」
え、なにが?
消え入りそうな声でつぶやいた彼女の言葉をくみ取れず、聞き返そうとした時だった。
周囲の雑音が突如として消える。
鳥獣やモンスターの鳴声、風の音や木々のざわめき、樹精のささやき。そればかりでなく虫のうごめく、本当なら誰にも捉えられることもなく消えていくはずの、微かな音でさえ除外され、完全なる消音が場を支配する。
そして、俺の頬をバチリと静電気が撫でた。
きたか。
おでましか。
俺の感知スキルの予感的中で、はるか上空から『それ』は舞い墜ちてきた。




