夢じゃないよね?
主人公:大津武
山畑さんと付き合いだしてからもうすぐ三週間が経つ。付き合いだしてからすぐの頃は、それが嘘じゃないか…幻ではないか…と不安で不安で仕方なかった。でも、山畑さんが僕のことを本気で愛してくれていることが少しずつわかってきて、僕は安心していた。僕らは毎日のように一緒に大学に行き、一緒に学食で昼食や夕食を食べ、一緒に家へと帰った。そして、たくさん話したし、たくさん手をつないだ。山畑さんは自分のことを「つくっちゃん」と呼んで欲しいと言ってきたから、できるだけそう呼ぶようにしている。でも、まだ全然慣れなくて、つい「山畑さん」って呼んでしまう。彼女は僕のことを「武」と呼ぶようになった。
一二月の方研の活動は「県民性が方言に与える影響」について検討していくことになった。一二月は年末年始に実家に帰省しやすいように通常の五、一五、二五日の活動日が五、一〇、一五日に変更される。
まず、県民性について書かれている本やサイトを片っ端から調べることになった。そうすると面白いことが次から次にわかってきた。例えば、青森、福島、静岡などのように県内で使っている方言が大きく二つに分けられる地域は、県民性も県内で大きく二つに分けることができる。また、富山、福井、滋賀などのように早くから商業が栄えた所は「越中強盗」「越前詐欺」「近江強盗」などの言葉が残っており、それが方言に影響を与えたと考えられる。さらに高知や和歌山などの漁業が盛んな所は荒々しい雰囲気があり、それが方言にかなり表れている。
やはり、「方言は一日にしてならず」である。それぞれの県の風土、成り立ち、歴史などが方言や県民性を作り出していることをまたしても痛感させられた。さらにそれぞれの県民が方言や県民性を作り出し、方言や県民性がそれぞれの県民を産み育てていると思った。
結局、県民性と方言の関連性については簡単に結論を出すべきではないと言うことで一月まで調査を続けていくことが決まった。そうして、この年の方研の活動は締めくくられることとなった。やがて、講義も冬休みに入り、大学は静かになった。
僕らは付き合いだして最初のクリスマスイブを迎えた。最初、つくっちゃんは僕の家で一緒に過ごしたいといっていた。しかし、亀池のことを考えるとそれは難しい。そこで僕は彼女に同居人のことを話して、彼女の家で一緒に過ごすこととなった。
この日の朝、僕は珍しく亀池と一緒に朝食を食べた。二人で同じ家に住んでいても、ルームシェアだから一日一回会うか会わないかくらいであった。最も、亀池が朝早くから夜遅くまで弓道の練習で家にいないことが大きな理由であった。別に僕らは仲が悪いわけではないので、一緒に食事できるときは一緒にご飯を食べるようにしていた。
「亀池、今日も弓道の練習があるのか?」
「いや、全体練習はないけど、それでもできるだけ毎日練習しないとね…。年が明けたら、また大きな大会があるから、今頑張らないと…。それに、来年の一〇月にはもう現役引退だし…」
やれやれ、こんな日まで弓道の練習をするとは…今の彼には弓道以外何も見えていない。とても大学生の発言とは思えない。
「夜も弓道をするの?」
「馬鹿言うなよ。それじゃ、俺が弓道しか知らないみたいじゃないか。今日は弓道部の一人者が集まって飲もうと言うから、それに行ってくるよ。大津こそ、今日どうするの?」
しばらく、本当のことを言うべきかどうか迷ったが、親友同士で隠し事をしても仕方がないと思って、全てを話すことにした。つくっちゃんと初めてデートした後、そのまま彼女の家に行くことも話した。すると、亀池は財布から何を取り出して、僕に渡してくれた。
「お前も男ならわかるだろう。コンドームがあるのと、ないのでは全然違うからな。じゃ、頑張れよ!」
彼は意味ありげににやけながら、そのまま大学へ行った。余計なお世話だと思ったが、少しだけありがたく感じた。僕はそれを財布に忍ばせてから、デートの待ち合わせの場所へと向かった。
待ち合わせの場所に着いてすぐ、彼女はやってきた。僕らは電車に揺られて三〇分ほどかけて渋谷へと向かった。一〇九やセンター街に向かうと多くの恋人達が同じようなことをしていた。みんな考えることは一緒だなと思った。でも、これだけたくさん人がいるのに周りのことが全然気にならなかった。となりにつくっちゃんがいてくれるだけで、二人の世界がどこまでも広がっていくような気がした。
夕方、電車で家の近くへと戻った。その後、大学の近くにある店に入った。この日のために二人で予約した店であった。小さな店ではあったが、評判通りに店の雰囲気がとてもよくて、素敵なクリスマスイブの夜を過ごすことができた。コース料理が全部終わった後、僕らは店での余韻をそのまま残したまま、外に出てきた。
「つくっちゃん、この後、どうしようか?」
「外で飲むのもいいけど、今日はずっと外にいたから…もう疲れたよね。コンビニでビールとカクテルを買ってから、そのまま帰ろうか?」
「そうだね。そうしよう」
僕らはつくっちゃんの家の近くにあるコンビニで酒やつまみを買ってから、彼女の家に初めて入った。家に入ると彼女は気持ちよさそうにタバコを吸い出した。彼女はデート中、一本もタバコを吸わなかった。僕に気を遣ってくれたのかな…。
「武も一本どう? 酒を飲んだ後のタバコはうまいと以前言っとったよね?」
僕は彼女に勧められるままに、タバコを吸った。今日は自分でマッチの火をつけてみた。思ったより難しい。彼女は慣れた手つきでマッチに火をつけてくれた。そのしぐさがまたかっこいい。
「つくっちゃんはなんでこのタバコが好きなの?」
「味も私好みだし、このピンクのパッケージにタバコが入っている意外性が好き。私は外見と中身のギャップが激しいものに惹かれるのかもしれない…。」
ピンクのパッケージのタバコと僕が同じだなんて、かなり不思議な気がした。僕は彼女が吸っているタバコに特別な親近感を覚えた。
タバコを吸い終えた彼女はそのまま風呂に入った。彼女が上がってから僕も風呂に入った。僕が風呂から上がると部屋は真っ暗になっていた。僕が電気をつけようとすると…
「武、電気をつけたらダメ。そのまま、こっちに来て…」
と、彼女が言うので、そのままベッドの中に入った。
朝、目が覚めるとそこには裸のつくっちゃんがいた。ウェーブした黒髪が肩まで伸びていて、それだけでもとてもきれいなのに、その下体が無防備になっているなんて…。それだけで昨日の夜の出来事を思い出してしまう。僕がそっとベッドから出て服を着ようとしたときだった。いきなり後から抱きしめられた。
「ねぇ、もう少しここにいてよ。まだ、朝七時前だよ。できれば、ずっとこうしていたい…」
そう言われると僕の体は魔法をかけられたようにまったく動かなくなって、彼女の腕の中でされるがままだった。前を向いてと言われたら彼女と向き合い…お互いに見つめあう。そして、そのまま唇を重ねた。彼女の甘い香りが体中に広がる。僕はあまりの甘さにむせ返りそうだった。