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あとぜき!  作者: あまやま 想
2年目
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24/26

二人だけの卒業旅行

主人公:大津武

 三月になると少しずつ暖かい日が増えていった。まだ、朝夕の冷え込みが強いが、少しずつ春が近づいてきているのがわかった。道端ではタンポポが春の日差しを浴びて、目を覚ましたかのように咲いていた。その頃、つくっちゃんの勤務先が正式に決まり、辞令が届いたらしい。

「武、私、川内店での勤務が決まったの。できれば、鹿児島ではなく熊本がよかったんだけど…。でも、今は九州新幹線があるから新幹線に乗れば、熊本にはすぐ帰れるし…それで我慢するしかないね」

「その辞令、間違っているんじゃないの? どうして、仙台が鹿児島にあるの? 仙台は宮城県でしょ」

「武、鹿児島県には川に内と書いて『センダイ』と読む地名があるの。今では合併によって薩摩川内市になったけどね。宮城の仙台と鹿児島の川内の違い、わかった?」

 僕はうなずいた。彼女はその後も二つのセンダイの話をずっと続けていた。南九州ではセンダイといえば、普通「川内」を指すらしい。もう一つの仙台は「宮城の仙台」と言って区別するらしい。関東で普通、センダイと言えば「仙台」を指す。鹿児島の川内のことは知らない人が多い。僕も今日まで知らなかった。そんなことを話している間も二人の時間は確実に減っていた。

 とうとう、旅行の日がやって来た。僕らにとって、きっと最初で最後の旅行になるだろう。二人で過ごせる時間はもう二週間しかなかった。今回の旅行はきっと大きな思い出になるだろう。たとえ、僕らの関係が続こうとも、終わろうとも、生きている限り大切な思い出として扱いたいと僕は思った。

「武…武、羽田空港にもう着いたよ。」

 僕は我に返った。それにしても、もう空港に着くとは京急は早い。

「わかっているよ。それにしても飛行機に乗るのは高校の修学旅行で北海道に行ったとき以来だから、なんかドキドキするなぁ…」

「そうなんだ。私はこの四年間で実家に帰るたびに飛行機に乗っているから、もう数え切れないぐらい飛行機に乗っとるよ」

 そんなたわいのない話をしながら、僕らは一一時発の熊本行きの飛行機に乗った。やがて、飛行機は滑走路から空に飛び出した。すごい圧力がかかった。彼女はすっかり慣れているみたいで平然としていた。あっと言う間に東京の街はどんどん小さくなり、飛行機は雲を簡単に突き破った。もう、飛行機は雲のはるか上を滑るようにまっすぐ飛んでいた。

「熊本に着いたらレンタカーだけど、どっちが先に運転しようか?」

「僕が運転するよ。つくっちゃんがきちんとナビをしてくれれば、大丈夫だよ。お嬢様のためなら、私はどこへでも運転しますよ」

 僕はわざとハイヤーの運転手みたいな口調でおどけてみせた。

「わかった。武がそう言うなら、今日の運転は武に任せようかね。よろしく頼むばい、運転手さん」

 約二時間後、僕らは熊本に着いた。その後、早速レンタカーを借りて、最初の目的地である白河水源へと向かった。僕にはどこがどこだか全くわからなかったが、彼女が丁寧に道を教えてくれたので、無事に白河水源に着いた。

「熊本の水は阿蘇山の地下で何千年、何万年とかけてろ過されて、湧き出た地下水をそのまま水道水として使っているから、とてもおいしのよ。特にこれは今湧いたばかりの水だから本当においしいのよ。これを一度飲んだら、もう東京の水はとてもじゃないけど飲めんよ」

 そう言いながら彼女はおいしそうに水源の水をゴクゴクと飲んでいた。試しに僕も一口飲んでみた。これが本当に水なのか…ほのかに甘くて、とても深い感じがした。そのうえ、とても冷たくておいしかった。こんなものを一度飲んだら、しばらくはカルキ臭い水は飲めないと思った。

「どう、おいしいでしょう?」

「こんなおいしい水、生まれて初めて飲むよ」

「そうでしょう。こうやって、湧き出た地下水を使って作ったものはおいしいものばかりよ。米、スイカ、みかん。それに米焼酎。阿蘇山が生んだ地下水が全てをおいしくしてくれるのよ」

 少し誇張しすぎな感じもしたが、つくっちゃんの言っていることはまんざらでもないなと思った。こんなおいしい水を飲んで、この水で育った作物を食べて暮らしている熊本の人がうらやましかった。

 その後、草千里に向かった。阿蘇山の手前には広い平原がどこまでも広がっていた。今の時期はまだ草が枯れていたが、夏には草が青々と茂ってとてもきれいだと言うことだった。至る所で草を焼いた後があり、僕はそれが気になって仕方なかった。つくっちゃんに聞いたところ、これは野焼きと言って、枯れ草をわざと燃やすこと新芽が出やすくするのが目的らしい。夏になると、ここにとても緑深い草原と赤牛を放牧する風景が広がると彼女は言っていた。

 しばらくして、僕らはこの日泊まる黒川温泉へと向かった。もうすっかり、日が落ちてしまい外はどんどん暗くなっていた。すっかり暗くなった頃、僕らは黒川温泉に着いた。そこにはいくつもの温泉と宿があった。僕らが泊まったのは清流屋と言う小さな宿だった。ここでは温泉手形を買ったら、違う旅館やホテルの温泉に三回まで入ることができる。そこで僕らはそれを買って、いろんな温泉に入った。その後、僕らは宿に戻って夕食を食べた。このとき、僕は生まれて初めて本場の馬刺しを食べた。口に入れた瞬間、そのおいしさが口の中いっぱいに広がった。言葉では言い表せないうまさだった。

 二日目、この日はつくっちゃんが運転することとなった。黒川温泉を出た僕らは宮崎の高千穂に向かった。ここでは深い谷と山の緑がとてもきれいだった。二人でボートを借りて、清流の上を三〇分ほどたたずんでいた。この日はとても天気がよくて気持ちよかった。それから大分の由布院へと向かった。ここは温泉地としても有名だが、最近はドラマのロケ地としても有名である。

 二日目の宿泊地、別府に着いたのは夕方六時過ぎだった。ここは温泉地としても有名だが、ふぐの水揚げが多いことでもとても有名である。つくっちゃんが一生に一度はふぐを食べておきたいと言ったので、この日の夕食はふぐを食べることになっていた。二人ともふぐを食べるのは生まれて初めてのことで、とてもワクワクした。

「ふぐって、本当にうまいね。このうまさは言葉で言い表せんよ。今ならこのまま、死んでも悔いはないね」

 彼女が不思議なことを言い始めた。確かにふぐのうまさは言葉では言い表せないが、このまま死んでも悔いはないと言うのは言い過ぎであった。その気持ちもわからなくないが…。

「そこまで言うのは言いすぎだと思うよ。でも、このおいしさを一度知ってしまったら、もう二度と忘れられないなぁ…」

 酢じょうゆに大根おろしと辛子を入れたものにふぐのさしみをくぐらせてから口に入れると、口の中にふぐのうまさが広がる。昨日、食べた馬刺しもおいしかったが、ふぐもそれと同じぐらいうまい。ふぐのから揚げも白子焼きも本当においしかった。

 その後、僕らは宿に戻った。この宿は各部屋に露天風呂が付いているというのが売りだった。僕らは一緒に風呂に入って、きれいな星空を見上げながらいろんなことを話した。その後、部屋に戻って、一緒に一夜を明かした。今まで数え切れないほどの夜を一緒に過ごし、数え切れないほど体を重ねた。でも、この夜は特別だった。最初で最後の旅行…もうすぐやってくる別れの日…そんな思いが頭にかけめぐった。それは彼女も同じだったに違いない。

 旅行最後の日、僕らはアフリカンサファリパークに行って野生の動物を見た後、鯛生金山にむかった。ここは江戸時代に金の採掘で栄えたらしい。ここの近くに自然の家があり、かつてつくっちゃんの高校時代にそこで宿泊訓練があったらしい。なんでも、日韓ワールドカップでカメルーン代表のキャンプ地であったすごい場所だ。

 その後、熊本空港に向かい、僕らは一七時半の羽田行きの飛行機に乗って東京へと帰った。あっと言う間の三日間であったが、全てが一生忘れることのできない思い出である。この先、僕らがどうなろうともずっと心の宝物としてしまっておこうと二人で固く誓った。


 四月に入り、僕は三年生になった。方研会長として方言研究会を引っ張っていかないといけない。それからゼミでは唐津先生に鍛えてもらいながら、卒論を書くのに必要な力をつけないといけない。バイト先では誰かが辞めていくたびに新しい人が入ってくる。気がつくと僕はバイトの中では一番上の立場になっていた。コンビニでは自分の仕事だけでなく、後輩の面倒も見なければならない。こうして、責任だけがどんどん大きくなり、忙しい日々に埋もれていった。そうすることで僕はつくっちゃんがいなくなった寂しさをごまかしていた。そうでもしないと寂しさのあまりに気が狂いそうだった。彼女がいなくなってから改めて、その存在の大きさを知った。

 僕は毎日、つくっちゃんに電話した。彼女も同じように電話してくれた。彼女も新しい環境で必死に頑張ることで、僕と会えない寂しさをごまかしていたようだった。僕らは互いの気持ちを共有しあった。そして、お互いに励ましあい、ときにはお互いになぐさめあった。冗談を言ったり、笑い話をしたこともあった。しかし、何かが足りない。声だけでは相手のぬくもりまで伝わらなかった。

 そんなとき、つくっちゃんが五月中旬に連休を取って、東京に遊びに来てくれると言う知らせが入った。僕はとてもうれしかった。ただ、会えると言うことがこんなにうれしいとは思わなかった。

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