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あとぜき!  作者: あまやま 想
2年目
23/26

卒論終わって暇なのよ

主人公:山畑つくし

 二月に入ると何日かとても寒い日が続いたが、雪が降ることはなかった。雪雲は全部、九州に流れたようである。熊本では三センチ雪が積もったと母が教えてくれた。熊本では毎年一回は雪が積もった。もう、東京での冬も四回目になるが、カラカラに乾いた冷たいからっ風には未だに慣れていない。この風のせいで私は毎年のどを痛める。

 卒論の提出が終わった今、急に暇になった私はいろいろと考えることが多くなった。今まで考える暇がなかったのを取り戻すかのように、どうでもいいことばかり考えた。本当は一五日の卒論発表会に向けてパワーポイントを作らないといけないのに、まだ時間があるからまったく手をつけていない。今はただ休みが欲しかった。体が欲しがっている休み…それぐらい私は疲れていた。

 春休みに入った武はいつもよりのんびりとしていた。方研のある日と唐津先生の手伝いをする日以外は二人で一緒に過ごした。一年前、島崎という人間のせいでゴタゴタがあって大変だったことを考えると、今はとても平和だった。

 だからこそ、一人になったときにとても寂しくて、寒い思いをするのが目に見えていた。そのとき、離れ離れになった私達はどんな気持ちで一人の夜を過ごすのだろうか。そのことを考えると、それだけで胸が張り裂けそうだった。

 月日はどんどん過ぎていく。いつの間にか二月一〇日になっていたので、私は慌てて卒論発表会向けのパワーポイントを作っていた。他のゼミ生も同じように慌てて作っているようだった。

 何とか、卒論発表会に間に合わせることができた。発表会では一定の評価を得ることができた。私は成沢先生の言う通りにわかりやすいパワーポイントを作ったのがよかったと感じた。この先生のおかげでここまで来れたんだと言う喜びをかみしめていた。

 夜はそのまま、ゼミの打ち上げと追い出しコンパが行われた。成沢先生は一人一人にねぎらいの言葉をかけていた。私達卒業生五名も今までの苦労を振り返っていろいろな話をした。暑い日も寒い日も何度も演習林に行ったことも、研究室に何日もこもって卒論を仕上げたことも今となってはいい思い出である。

 卒業発表会も終わって、私は本当に暇になり、これから何をして過ごそうか考えていた。三月に武と旅行をすることに決めたもののお金が全くなかったので、バイトでもしようと思い、バイト情報誌を読み漁っていた。そんなとき、突然電話がかかってきた。

「やあ、山畑さん、元気にしてたかな? 喫茶店マリーアントワネットの店長の島田だよ」

「あっ、店長お久しぶりです。店長も元気そうでなによりです」

 私はこの店で大学一年の夏から四年になるまでの二年半バイトをしていた。そこからの突然の電話に期待がかかる。

「山畑さん、もう卒論発表会も終わって暇なんでしょう? あのさ、突然で悪いけど二週間でくらい助っ人で入ってもらえないかな? 新田さんがインフルエンザにかかってね…十日ぐらい仕事に出れないんだ。山畑さん、なんとかなりませんかね? もちろん、給料もはずむよ」

 これほどありがたい話はなかった。長年勤めたバイト先の助っ人ほどおいしい話はない。ここで二週間ほど働けば、旅行代金ぐらい何とかなるだろう。武も旅行に向けてコンビニのバイトを頑張っているから、私も早く頑張らないと彼に申し訳ない。

 私にとっては約一年ぶりのバイトであったが、喫茶店は昔と変わらずにのんびりとした時間が流れていた。そこではかつてと同じように営業で疲れたビジネスマンが一杯のコーヒーと安らぎを求めてやってくる。また、恋人がいちごサンデーやらチョコパフェなどを二人でおいしそうに食べながら、楽しい時間を過ごしていた。

 でも、まったく変わらないようで一年過ぎた分だけ変化しているようだ。私の知っている常連の何人かがここに来なくなっていた。代わりに見知らぬ常連が来るようになっていた。もともと白髪交じりにの店長の髪はすっかり白髪になってしまった。私の知っているバイト一人が辞めて、新しい人が代わりに入っていた。コーヒーカップや皿も新しいものがいくつか増えた。その分、古いものがいくつか消えていた。きっと、皿洗いのときに割れてしまったのだろう。

 こうして、同じような日々を繰り返しながら、毎日少しずつ変わっている。でも、私達はそれをなかなか気付くことができない。それが一年ほど積み重なって、私達はやっとその変化に気付くことができる。そんなことはお構いなく、月日は止まることなく流れ続ける。子供は大人になり、青年は老人になる。そして、いつかは死んで土に返る。バイトの帰り道、そんな哲学的なことを考えた。

 最近、武がとても生き生きしている。会うたびにそう思う。一時期、方言を研究する理由がわからなくなって、自分を見失った時期もあった。しかし、方言を学ぶ本当の楽しさを発見した彼はもう迷うことはなかった。毎日のように唐津先生の所に通い、方研の研究も熱心にやっている。今年に入ってから方研では六〇年前の方言と今の方言の違いを各都道府県別に比較すると言う取り組みをしているようだ。

「つくっちゃん、俺、方研の次期会長になることが同級生との話し合いで決まってしまった。後は三月の定例会で承認されたら、もう正式決定だよ。会長の仕事、きちんとできるかな…」

「武ならきっとできるよ。それにしても早いなぁ…。私達が引退してから、もう一年が経つんだね」

 二月は短い。日付が変わったので、日めぐりカレンダーの「二八」をめくると…もう三月。残された時間はあと一ヶ月だけになった。

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