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あとぜき!  作者: あまやま 想
2年目
20/26

迫り来る空白…

主人公:大津武

 一一月になった。方研では大学祭の展示物の製作に向けて大忙しだった。今年は現国研との共同研究と言うこともあり、現国研との打ち合わせを毎日のようにしていた。今回はそれぞれのデータを持ち寄るので、いつもより調査は少なかった。しかし、現国研のデータの読み込みや分析が大変だった。あちらも方研のデータに悪戦苦闘をしていた。同じ言葉の研究・調査をしているといっても、つい最近までそれぞれが独自にやっていたのだから、相手のやっていることは未知との出会いであった。このような近接分野間での提携が見られるようになったのはつい最近のことである。これも時代の流れである。それまでは方研も現国研もお互いに見向きもしなかったのである。

 それにしても、最近のつくっちゃんを見ていると心配になってくる。「一人でいると空白の時間が怖い」と毎日のように言う。そして、僕らはいつも一緒にいた。一時期、恋人同士でありながら、まったく会えなかったときがあったから、その反動なのかもしれない。しかし、それにしても違和感があった。彼女にかつてのような勝気なところがすっかりなくなってしまった。

 彼女は「何もかもうまくいっているのに、どうしてこんなことにおびえないといけないのかわからない」とよく言う。確かにそうかもしれない。外から見れば、彼女は順調に何もかもうまく進めているのだから…。しかし、彼女は自覚症状のないまま少しずつ自分を見失っている。僕がそのことに初めて気付いたのは、彼女の内定祝いをしたときだった。あのとき、内定がもらえてすごくうれしそうにしていたのに、急に僕と離れ離れになることを考え出して、今にも泣き出しそうな悲しい顔をしていた。だが、九州の地元企業で就職を決めてしまえば、二人は離れ離れになってしまうことはわかっていたはずだ。

 つまり、彼女が急に「空白の時間」が怖いと思うようになったのは、来年四月から二人が離れ離れになることからの現実逃避としか考えられなかった。しかし、今の彼女にとってはそれすらも受け入れがたいものであったのだろう。だから、その原因がわからないなんて言うのである。今はそれでいいかもしれないが、月日は確実に流れていく。すぐに別れの日はやってくる。その日までに彼女が現実と向き合わないなら、今よりも自分を苦しめることになるだろう。

本当は僕も少しずつ自分を見失っているのかもしれない。これが学生の恋の限界だと言えば、それまでかもしれない。

 一一月の中ごろに入り、朝晩のみならず昼間もからっ風が吹くようになって寒い。そんな中、つくっちゃんは群馬の演習林に行ってしまった。彼女の話では卒論のデータを取るために演習林に行くのは、今回で最後とのこと。そのため、いつもより長くかかるらしくて彼女は一週間ほど戻ってこなかった。

 僕は久々に自分の部屋で寝ることとなった。ここ二週間ほどはずっとつくっちゃんの家に寝ていた。家に帰るのは勉強道具と着替えを取りに行くときだけだった。こんな生活が来年の三月まで続くのだろうか…。僕はベッドの上に寝転んで、天井を見ながらボーッとしていた。そのとき、ふとつくっちゃんのことが頭に浮かんだ。今の彼女にとってはこんな時間が怖くてたまらないらしい…。そしたら、いつ自分を見つめなおすのだろうか。一人でボーッとしている時間がなかったら、逆に自分を見失ってしまいそうな気がする。この時間があるからこそ、せわしなく変化する世の中で、何とか自分を保っていくことができる。僕は自分を見失ったら、彼女とは逆に引きこもりをすると思う。どこまでも対称的な二人。

「おやっ、珍しいね。大津が自分の部屋で寝ているなんて…。最近、ずっと帰ってこないから、この部屋を他の人に貸そうかと考えていたのに…」

 同居人の亀池と会うのは二週間ぶりとなる。久々の再開なのに、彼はきつい皮肉を僕に浴びせた。ふと、時間を見ると夜一〇時を過ぎていた。僕はいつの間にか寝ていたらしい。彼はゼミを終えて帰ってきたようである。

「おかえり、亀池。ところで夕飯はもう食べたの?」

「いや、いまからだけど…」

「じゃあ、今からどこか食べに行かない? たまには男同士で熱く語らないとね…」

「別に熱く語る必要はないけど、どうしてお前がここにいるかだけは聞きたいね。山畑さんとケンカでもしたか?」

「そんなのではないよ。つくっちゃんは群馬の演習林に行ったから一週間ほど留守にしている」

 その後、僕らは二人で近くの定食屋に行った。そこで二人で一緒に夕食を食べながら、久々にゆっくり話した。亀池とこうやって話をするのは約半年ぶりだった。僕が方研の追い出しコンパで酔いつぶれた後、彼が作ったシチューを一緒に食べたとき以来の出来事になる。あのときは島崎加与のことでいろいろと問題になっていた頃であった。

 その後、亀池は三年生になり、弓道部の中心となってみんなを引っ張っていくために毎日欠かさず練習をしていた。僕も方研の活動に夢中になっていた。二人とも同じ家に住んでいるのに、お互いのことがまったくわからない状態だった。だから、半年ぶりに一緒に食事をすれば、こうやっていろいろな話が出てくる。

 弓道部は十月末にある関東地区大学弓道選手権を最後に引退することになっているので、彼もそれを最後に引退したようであった。三年後期ともなれば、ゼミや実習で忙しいようである。僕はまだ二年生なので勉強はそれほど忙しくなく、サークルにうつつを抜かすことができた。しかし、少しずつ社会の現実と向き合わざるを得なくなってきた。それに合わせて大学でもゼミや卒論、就職活動などに追われていくことになる。一足先を歩いている高校の同輩や自分の恋人を見て、次は自分の番だと思った。


 一一月後半を過ぎると大学は学園祭一色になった。この頃になると現国研の人々と一緒に調べていたものが形となり、それをポスターにまとめる段階となった。見出しは「新方言が若者に与える影響」であった。これなら多くの人がポスター展示に食いついてくれるだろう。

 一方、群馬から帰ってきたつくっちゃんは朝から夜遅くまでゼミ室にこもって演習林で取ってきたデータの整理と分析で大忙しだった。僕はつくっちゃんの家に帰る生活を再開させられた。でも、以前と違って、週に一回は自分の部屋に戻るようにした。そうしないと亀池に心配をかけてしまう。ある意味、参勤交代の生活であった。

 学園祭の朝、初霜が降りた。赤土が出ているところでは霜柱ができていたので、それを僕は踏みつけた。サクサクした感触が心地よかった。もう、冬は目の前まで来ていた。

 今年の学園祭は実行委員会が人気歌手グループ「WX」を呼ぶのに成功したこともあって、いつになく学園祭は大盛況であった。その恩恵を受けてポスター展示にも多くの人々がやってきてくれた。例年、二百人ぐらいしか来ないのだが、千人もポスターを見に来てくれたのである。これにはみんな大喜びである。

 また、今年はつくっちゃんと一緒に模擬店を見て回った。早いもので僕らが付き合いだしてから一年になる。この一年を振り返ると本当にいろいろな事があった。それらが二人の結びつきをどんどん強めていった。でも、もうしばらくすれば二人は離れ離れになる。僕らは無力だ。ただ、見えざる手にほんろうされているだけなのかも…。

「武、こっちに来てよ。早くしないとタコ飯がなくなるよ」

 僕ははっと我に返った。そして、つくっちゃんといる今を楽しんだ。学園祭が終われば、彼女はまた卒論に追われることになるだろう。つかの間の休息…。

 学園祭が終わってから、現国研と方研は合同で学園祭の打ち上げをした。ポスター展示の大盛況をみんなで喜び合った。

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