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あとぜき!  作者: あまやま 想
2年目
16/26

共通語と方言

主人公:大津武

 七月に入った。毎日降る雨にうんざりする。雨の降る中であじさいだけが生き生きとしていた。あじさいは雨の中でこそ、その美しさと素晴らしさを感じ取ることができる。梅雨のジメジメとした暗い空気を明るくしてくれるあじさい。しかし、目立ち過ぎることはない。雨の中でこそ引き立つその素朴な美しさ。僕は雨の中であじさいを見るたびにあじさいのような存在を目指そうと思うのであった。

 先月の方研の活動は「方言のうりやすさ」「方言のぬけやすさ」の視点で三回ともおこなった。一ヶ月前、僕は図書館で方言に関する資料を探しているときに、井上史雄氏著の「日本語は年速一キロで動く」を発見した。その題名に惹かれて、早速その本を借りて読むことにした。思った通り、この本には「方言の移りやすさ」「方言のぬけやすさ」を解くのに必要なヒントがたくさん書かれていた。

 六月は珍しく唐津先生が三回ともいらしていた。何でも先生が今取り組んでいる研究テーマと偶然にも一緒だったようである。先生とみんなで協議した結果、一番うつりやすい方言は大阪弁と言うことでみんなの意見が一致した。また、一番ぬけやすい方言は共通語である。これを方言として扱っていいのかと言う問題を別にして考えれば、これほど癖のない言葉はない。

 うつりにくい方言としては鹿児島弁や出雲弁などの独特のくせを持っていて、未だに共通語の影響をあまり受けていない言葉であると考えられた。これらの方言は同時に抜けにくい方言である。また、大阪弁や京都弁もぬけにくい方言に上げられた。

 唐津先生はそれぞれの方言を縦割りにして考えると見えないことがあるとして、それぞれの方言のデータを文法的に分析するよう勧めてくれた。すると、同じような言葉でも文法表現は広まるのが、他の表現よりも早いことがわかった。例えば、「~みたく」は「牛みたく見える」と文章中によく出てくるので、聞き手に与える影響が非常に強いことがわかった。

 また、現在問題になっている「食べれる」「見れる」などの「ら抜き言葉」、「飲れめる」「聞けれる」などの「れ足す言葉」などは元は一地方の方言であったとされる。それが全国的に広がり、共通語化したと言うことがわかった。これは方言が共通語に影響を与えている証拠して、近いうちに方研の研究対象に取りあげる事となった。


 半月ぶりにつくっちゃんに会った。来週の就職試験の話やら川合さんの話やら六月の方研の話やら、いろいろな話をしていた。そのうち話が思わぬ方向に発展した。

「『違かった』って、あれは方言だってこと方研で初めて知ったよ。共通語では『違っていた』と表現するらしいね。みんなが普通に『違かった』と使うから、それが共通語だと思ってた」

「『違かった』と言う表現は明らかに方言でしょ。そう言うの聞くとなんか面白いね。九州や東北の人ならきちんとした方言と共通語の対立概念を持っているから、そう言った混同はなかなか起きんよ。それは君達が共通語を普通に使っていると言う思い上がりからうまれているんじゃないね」

 確かにつくっちゃんの言う通りだった。僕はずっと埼玉で育ってきたせいか、自分の話している言葉はくせのない共通語だと言う意識が心のどこかにある。これは首都圏で生まれ育ったものに共通する意識ではないだろうか。まさか、自分の話している言葉に知らず知らずのうちに方言が紛れ込んでいるなんて、思いもしないだろう。

「もしかすると、共通語と言う概念自体が幻想にすぎないのかも…」

「武、いいこと言うじゃないの。でも、誰もが自分の使っている言葉は一人でも多くの人に通用して欲しいと思うものよ。九州の人が共通語と思い込んでいる言葉として『はわく』と『からう』があるけど、これらは本来『掃く』と『背負う』なんだけど、そのことを知らない人が意外と多いのよね…」

 つくっちゃんの「自分は方言と共通語の区別をしっかりつけている」という考えこそ思い上がりのような気がしたが、僕はそのことには触れないことにした。少なくとも首都圏に住んでいる人よりか九州や東北の人の方が、方言と共通語をまだしっかり区別していると思ったからである。

 その後は話が他の事に移った。外は雨が止むことなく降り続いていた。梅雨が早く明ければいいのにと思った。梅雨だけでなくうっとうしいもの全てが早く明ければいいのに…。

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