目まぐるしい日々
主人公:山畑つくし
八月に入ってから、私は熊本と東京と群馬の三ヶ所を目まぐるしく動き回っていた。まず、大学の演習林が群馬にあるので成沢先生と他のゼミ生と一緒に群馬に行った。そして、いろんな木を見て回った。切り株を見るとどちらが北で、どちらが南かがわかる。また、木の生長過程で何があったか読み取ることができる。
データが集まったら東京に戻って、大学でデータの分析をしないといけない。それが終わったら去年までのデータとの比較をする。それを成沢先生に見せて、次に演習林に行くときに何を調べるか決める。
その繰り返しの中で「バイキングぺろり」から一次試験の結果が届いた。どうせ、今回もダメだろうと思いながら中身を見るとなんと「合格」と書いてあった。私は目をゴシゴシこすって、もう一度通知を見る。やはり、合格だった。私は喜びのあまり叫んでしまった。次は二次試験である。次は個別面接と集団面接だった。
合格したことを両親と武にはすぐに伝えた。どちらもとても喜んでくれた。まだ、内定が決まったわけではないけど、一つ一つの壁を越えるたびに喜んでくれる人がいる。そういう人がいるから私はどんなに苦しくても頑張ることができる。いつも、応援してくれる人のためにも二次試験に合格して内定をもらいたかった。
私は二次試験を受けるために成沢先生に熊本に帰ることを伝えた。すると、先生は「せっかく実家に帰るなら、少し休んできなさい」と言って一週間の休みを与えてくれた。少し遅めのお盆休みだった。
熊本に帰ると、すぐに二次試験だった。二次試験は個別面接と集団討論だったので、筆記試験のようなはっきりとした手ごたえはわからなかった。しかし、やれるだけのことはやった。
二次試験が終わってから何日か私は熊本でのんびりと過ごした。久々に何にも縛られない自由な時間を満喫した。高校時代の友達と一緒に遊んだり、飲みに行ったりした。それはとても貴重な時間だった。
そして、部屋で休んでいるときにふと思った。あの頃は毎日が自由だった。いつも、みんなと一緒だった。でも、今は違う。卒論だって、就活だって、全部一人で進めないといけない。当たり前のことなんだけど、急に一人でやらないといけないことが増えたから、ふとした瞬間にすごく心細くなる。
大人になったらわかると思ったことは、大人になってもわからないままだった。大人になったら強くなると思っていたのに、大人になっても弱いままだった。
そう言えば、川合さんが福岡ドームで会ったときに言ってたなあ…。
「自分を必要としてくれる組織や仲間がいないと自分の存在価値がわからなくなって、もうこの世からいなくなってもいいのかな…と思うようになる」
この世の中に他者の評価なくして、自分の価値がわかる人なんかきっといない。だから、一人で何か事を進めていくことには思った以上の不安と恐怖がつきまとうのだろう。
やがて、少し遅めのお盆休みも終わり、私は大学に戻った。また、研究室と演習林の往復の日々が再開した。忙しい日々は私から余計な思考を奪う。忙しい日々にどっぷりつかるのも悪くない。しかし、一人で食事を取るときや一人で自転車に乗っているときなど、わずかな切れ目の時間に余計な思考が私を襲ってくる。
あるとき、卒論について考えた。結論から言えば、卒論は大学教授と学生との密約である。先生から見れば、学生に「卒論」と称して自分の研究の下請けをさせる。学生はそれを知りながら「卒論」を書く以外に大学を卒業する手段がない。その上、自分でテーマを考えられるほどの力がないから、先生が提供してくれた「卒論」テーマをこなす。そうすれば、両方の利害が一致するから、先生も学生に対して熱心に指導するし、学生も気軽に先生に教えを請うことができる。残念だが、これが大学の現状だろう。
私が研究室と演習林を往復しながら、わずかな切れ目の時間に何の利益にならないことを考えていた頃、武は方研の合宿で江ノ島に行っていた。去年までは私も合宿に参加していたのに、今は卒論と就活に明け暮れる日々だった。
私は一年前をとても懐かしく感じた。特に最後の夜の出来事は鮮明に思い出せる。私が武のことをまだ「大津君」と呼んでいた頃の話…。許されるなら、あの頃に戻りたいなぁ…と思う自分がいた。




