第三十九話 魔王軍、復活
森の湖畔にそびえ立つ樹木網の城、封印魔王城。
その玄関先、樹木が絡み合う階段の上に、血塗れの男が倒れている。重傷、いや、重体だ。
そのような状態で、男は荷車を運んできた。その荷台の上にはバラバラに砕けた人形が乗っている。
凄惨だ。それ以外の言葉が閃かない。この光景を見ていると、涙が溢れて止まらない。
私、ウィルミア・デストランドは、血まみれの男――愛洲来寿様の隣で跪いたまま固まっていた。
一体、何が有った?
私の脳内は、現況に対する疑問ばかりグルグル巡っている。しかし、いくら考えたところで答えは閃かない。そもそも、これは私の想像を超える事態だ。
魔王軍、壊滅。その事実を目の当たりにして以降、私の脳に衝撃が奔り続けている。頭が割れそうだ。
痛みに耐え切れず、私は頭を抱えて蹲った。その際、私の視界に来寿様の姿が映り込んだ。
来寿様は、扉に向かって前のめりに倒れ込んでいる。その体、頭から足まで、赤黒い血に塗れている。
どうすれば、このような状態になるのか? 血の海で泳いできたとしか思えない。
来寿様の姿が目に入る度、私の脳が大きく震えた。意識が途切れそうになる。叶うならば、私も来寿様の隣に倒れてしまいたい。しかし、そのような甘えは、絶対に許されない。
私が倒れたら、誰が来寿様を助けるんだ?
私は気力を振り絞った。膝の震えを抑えながら、何とか立ち上がった。続け様に、来寿様の体を担ぎ上げた。私は、来寿様を城内に運び込むつもりであった。それが如何に危険な行為かは理解している。
しかし、止むに止まれぬ事情が、この世界に有った。
血の匂いに釣られて魔物どもが寄ってくる。そうなる前に、来寿様を中へ。
私は来寿様を担ぎ、急いで城内に入った。そのまま奥へと進み、中央広間にやってきたところで、私は来寿様の体を床に置いた。
来寿様を仰向けにして、目視で状態を確認。その行為を繰り返していく内、私の首が斜めに傾いだ。
来寿様――殆ど無傷では?
来寿様が負った外傷は、薄い切り傷、擦り傷ばかり。大量出血するほどの損傷は無い様子。だからと言って、このまま放置する訳にはいかない。
私は急いで台所に向かった。そこに有った桶に水を入れ、布巾を持ち出した。それらを持って、再び来寿様の許へと舞い戻る。続け様に来寿様の服を脱がして、全身を隈なく、丁寧に拭いた。その際、私の視界に来寿様の裸が映り込んでいる。
普段の私であれば、目が離せなかっただろう。しかし、今回ばかりは余計なことに気を取られる訳にはいかない。
私は来寿様の体を拭きながら、大出血に繋がる外傷は無いか確認した。しかし、それは杞憂に終わった。
来寿様の体に目立った外傷は無かった。ならば、来寿様の全身を朱に染めたものは何なのか? その正体は、直ぐに閃いた。
あれは――敵のものだ。
そもそも、来寿様を相手にして無傷でいられるはずが無いのだ。妖刀村正で滅多斬りされているはずなのだ。その様子は容易に想像できる。来寿様の勝利は確実であある。そのはずなのだ。それなのに、現況は真逆であった。
何故、来寿様が敗れたのか?
来寿様は、敵から逃げた。破壊された土人形の様子からも、その可能性が高いと思える。そこまで思い至ったところで、再び私の首が傾いだ。
何故、敵は来寿様達を追ってこなかった?
幸運か? 或いは、敵に負えない事情が有ったのか? 私の脳内に、幾つか可能性が閃いた。しかし、どれが正解かは分からない。
現況で分かっていることは、それほど多くは無い。分からないことだらけだ。それでも、ハッキリ分かったことが一つ有った。
相手は、今まで以上の強敵難敵だろう。
私の想像は、来寿様の体が実証していた。
来寿様には、確かに外傷は殆ど無い。しかし、それは表向きの話だ。
体を拭きながら観察したところ、筋肉の断裂箇所が確認された。それも複数、至る所に。
恐らく、来寿様は人の限界を超えて体を動かし続けたのだ。それを強いる相手とは何なのか? 考えたところで、直ぐには閃かない。そもそも、考え事をしている場合ではない。
来寿様の体を拭いた後、私は新しい服を取りに走った。それを持ってきて、来寿様に着せた。続け様に来寿様の体を担いで、私の寝室に運んだ。
中に入るなり、直ぐ様来寿様をベッドに寝かせた。これで、一先ず来寿様の治療は完了とする。
私は直ぐ様城外、そこに置きっ放しになっている土人形達の許へ走った。
城外に出て、直ぐに荷車を見た。
荷車は――有った。中身もそのままだ。私は荷車を押して、開きっ放しの玄関扉を潜った。
中央広間に入ったところで、私は荷車を止めた。続け様に荷台から土人形達を下ろして、先程来寿様が寝ていた場所に並べた。
土人形達の体は、粉々に破壊され尽くしている。欠落している個所も有る。人間であれば絶望的な状態だ。私も、最初見たときは「もう駄目」と思った。
しかし、希望は有った。
土人形達の砕けた胸部から、赤く輝く石が覗いていた。それは、土人形を形作る核となる部分、所謂「心臓部」である。
心臓部と言っても、元は只の石である。それに魔力を込めた私の血を吸わせることで、魔力を持つ石、即ち「魔石」と化している。
魔王の魔石は一般魔術師と同等か、それ以上の魔力を持つ。例え魔力が枯渇したとしても、時間が経てば回復する。人間の魔術師宛らである。
しかしながら、永久に回復する訳ではない。時間が経つ毎に回復量は少なくなっていく。故に、定期的に魔力を補充する必要がある。それを怠らなければ半永久的に稼働することができるだろう。
私が創ったものながら、とても便利だと思う。
因みに、他の魔法道具にも魔石を使用しているものが有る。
台所の魔力コンロと魔力保冷庫。先程造った全自動魔力湯沸かし器にも使用している。
魔石を使った道具は、これからも造り続けるつもりだ。そのアイデアが閃く度、造ってみたい衝動に駆られる。しかしながら、今は全て後回し。
破壊され尽くした土人形の体から、心臓部だけを取り出した。それ以外の部分は――残念ながら廃棄せざるを得ない。
もう一度、最初から創り直しだ。
私は新たな土人形の体を創造した。叶うならば造形に拘りたかった。しかし、今は三人を復活させることが最優先だ。
何故ならば、時間が経つほどに蓄積された情報が失われるからだ。有体に言えば、元の土人形に戻らなくなってしまうのだ。
私は、急いで土人形の体を三体分造った。残念ながら造形は適当だ。最初期のものより酷い。しかし、背に腹は代えられぬ。
私は適当人間の胸に魔石を埋め込んだ。すると、土人形達が動き出した。その様子を見た瞬間、私の口から大きな息が漏れた。
間に合った。
かくして、来寿様と三体の土人形が復活した。魔王軍、復活である。しかし、完全に元通りという訳ではない、
来寿様の体は治したものの、起き上がってくる気配はない。土人形達も、造形を整えるまでは真面な活動ができない。その事実を目の当たりにする度、私の眉間に深い皺が刻まれていく。
私が付いていれば、こんなことにはならなかった。
此度の失態に対する自責の念。それが、私の頭を重くする。その一方で、マグマのような熱い感情が、私の腸を焦がしていた。
何処のどいつか知らないが、臣下の仇はキッチリ取らせて貰うぞ。
ふと、鏡に映った自分の顔を見た。すると、そこには瞳に青い殺意の炎を灯した化け物――創世記に出てくる「鬼」が映っていた。




