第9.5話:「※それでも、空はつながっていた(前編:声のない放課後)」
いつもオタク友達との談笑を終えた
放課後の教室。
プリントの束が置かれた机の上に、見慣れた手が伸びてきた。
「落ちてたよ。蓮くんの分」
「...ありがと」
涼子は笑っていた。
けれどその笑顔は、どこか手順のようで。
マニュアルの中に収まった“好意の形”に思えた。
手を伸ばして受け取る。
指先は触れなかった。
目は合った。けれど、次の瞬間には逸らされていた。
(ああ、俺はもう、ここにはいないんだ)
(まぁ、拓真の彼女だし、「元に戻った」だけ....)
言葉にはならなかったけれど、
背中のあたりがひやりとしたのを、たしかに感じていた。
下駄箱に向かう途中の音楽室前
ドアを開けるほどの勇気は、なかった。
ガラス越しに、音楽室の中をちらりと覗く。
クラリネットの音。
美鈴が吹いている。
部員たちの音が混じり合っているのに、
なぜか彼女の音だけがはっきりと聴こえる気がした。
(……入る理由も、話す理由も、見つからなかった)
美鈴は譜面に目を落としながら、
誰にも気づかれず、でも確かに音を届けていた。
ガラス越しの空気が、少しだけ温かく感じた。
靴を履き替えていた時、ふと気配を感じて顔を上げる。
制服姿の男子と、風紀の腕章をつけた女子がすれ違っていた。
ふたりとも、視線を交わすことはなかった。
けれど、歩幅が妙に合っていたのが気になった。
何かを知っている者同士の距離感――そんな空気だけが残った。
(……俺の気のせいか)
誰の名前も思い浮かばないまま、
ただ靴ひもを締め直して、外へ出た。
グラウンドの声が遠くから聴こえる。
笑い声、掛け声、ボールを蹴る音。
フェンス越しに見えたのは、拓真だった。
誰かと肩を並べて走りながら、部員の名前を呼んで、笑っていた。
それはまるで、俺がかつてそこにいた記憶をなぞるような光景で――
でも今、その中に俺の居場所はなかった。
拓真がこちらを振り向く前に、俺は家に向かっては歩き出した。




