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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは縋る彼女の物語


 しーちゃんは裕福な家庭に生まれた。

 父親は娘を溺愛し、母親は過保護気味に彼女を愛した。

 そんな2人は決まって同じセリフを繰り返す。


「「お兄ちゃんのように立派になりなさい」」

 

 何度も言い聞かされた言葉は、見えない鎖となって彼女の自尊心を縛り付けた。


 ――――――――――――――――――――

 

 憧れの父のようになりたい。

 そう願って剣へ触れれば、使用人達が慌てて彼女を咎めた。


「刃物に触れては危険ですよ」

「こちらで一緒に遊びましょう」


 幼い頃のしーちゃんは、彼等の歯の浮くような優しい言葉が嫌いだった。

 大人達から逃れる為に従姉妹の元へと1人で赴けば、年上の従姉妹はそれを非難した。


「お母様に心配を掛けてはなりませんわ」


 しーちゃんは従姉妹に手を引かれ、母の待つ部屋へと連れて行かれた。

 母は娘の入室に気付かぬまま、天上(ヒメル)へと祈りを捧げている。

 真っ白な机に置かれた小さな花瓶が、花弁を落としているが、母はそれを知っているのだろうか。

 時の変化から目を背けた彼女は、ただひたすらに祈りの文言を「ブツブツ」と繰り返した。

 その光景が気味悪いと感じ始めたのは、母の瞳が自分を見ていないと思った時からだ。


「あらあら、私の可愛いしーちゃん。ほっぺに土が付いてるわ。ふふっ、私と一緒にお兄ちゃんの無事を祈りましょう」


 母は自分の袖が汚れる事も気にせず、しーちゃんの頬を優しく撫でた。

 三日月状の微笑みは、愛おしい我が子を見る瞳に違いない。

 そう自分へ言い聞かせるも、吐き気を催したしーちゃんはその場に(うずくま)った。

 背を(さす)る母の手の温もりが、返って彼女の気分を悪くさせる。


 ――私を見て――


 小さな願いを込めて伸ばした手を振り払って、しーちゃんを抱き上げた母は父の元へと急いだ。

 震える母の声と、取り乱す父の声。

 2人だけではなく、しーちゃんと関わりのある全ての人々が揃って彼女を心配した。

 その空気に耐え兼ねたしーちゃんは、次第に我儘な娘へと変わって行く。


「見なさい! 私がやったのよ!」


 ある日、ナイフでカーテンを引き裂いたしーちゃんは、自慢気に宣言した。

 その場に居合わせた侍女は、しーちゃんからナイフを奪い、幼子の気を落ち着ける為に温かい飲み物を用意した。

 マグカップを両手に持ったしーちゃんは、憤慨する母を想像して「クスクス」と楽し気に笑う。

 しかし、母は彼女の予想から180度外れた行動を取った。

 裂かれたカーテンを見た母は驚きの表情を見せたが、すぐにいつもの優しい顔へと戻る。

 そして、しーちゃんの頭を撫でた母は、「上手ね」と心にも無い事を言った。


「怪我は無い? ……貴女は私の大切な娘なのよ。痛い気持ちにはならないでね」


 娘を諭す透き通った声音は、今のしーちゃんには逆効果だった。

 娘は衝動的にマグカップを母へ投げ、その衝撃で椅子から転げ落ちる。

 湯を頭から被った母は滴る前髪を振り払って、最愛の娘の身を案じた。

 母の優しさは毒だ。

 どれだけ暴れ、どれだけ拒絶しようとも、母親は娘を愛し続けた。

 恐怖に飲まれたしーちゃんは、自分を叱る存在を求めて家中を駆け回った。

 侍女は主人を叱るはずもなく、庭師すらも彼女を好意的に扱った。

 唯一、しーちゃんに呆れた表情を向けるのは、従姉妹の父親――彼女から見て叔父に当たる人物だけだった。


「さっさと帰りなさい。仕事の邪魔です」


 自分の書斎に度々忍び込むしーちゃんを、叔父は心底嫌っていた。

 だからこそ、彼女にとっては居心地が良い。

 仕事道具を枝へ結び、勝手に調印した書類を父へと提出した。

 そんな幼子の度の過ぎたイタズラは、本気で叔父を怒らせる事となった。


「そちらは危険ですわよ」


「ふふん、知ってるわよ。だから行くのよ」


 「今日こそ叔父の雷が落ちるぞ」と期待したしーちゃんは、従姉妹の静止を振り切ろうとした。

 だが、従姉妹は力尽くでしーちゃんの身体を押し留めた。

 しーちゃんの腕を後ろ手に回し、裾を掴んで完全に動きを封じ込める。

 「怒りの表現方法が罵倒だけではない」と、しーちゃんは学んだ。

 最後の砦であった叔父の元から離されたしーちゃんには、常に従姉妹の監視が付く事となった。

 優秀な従姉妹は父親の命令を完遂しながらも、今まで通りしーちゃんと友人の様に接する。

 だが、監視されているという先入観が、更にしーちゃんを孤独へ押し上げた。

 この環境を変える一手は、何処にあるのだろうか。

 追い込まれた彼女が最後に縋ったのは、『兄の存在』だった。

 しーちゃんは生まれてこの方、兄に会った事がない。

 もしかしたら物心付く前に会って居るのかも知れないが、少なくとも彼女の記憶には兄の顔がなかった。


「お兄ちゃんは、女神様を守るお勤めに出てるのよ」


 両親に聞けば同じ答えが返ってくる。

 「女神様は何処にいるのか」と問えば、「ここではない所よ」と曖昧な返事が返ってくる。

 両親は居場所を濁すが、兄を褒め称える言葉はハッキリとしていた。

 勇敢で立派な兄。

 何故、一度も姿を現さない息子を立派だと言い切れるのだろう。

 きっとそれは、両親だけが兄の現状を知っているから。

 その考えに至ったしーちゃんは、両親の秘密を探ろうと、家中の情報をひっくり返した。

 書庫にある埃を被った分厚い本を捲り、使用人部屋へ忍び込んで隠された日記帳を読み漁り、母が大切にしているドレッサーの引き出しを無理やり引っ張る。

 「バサッ」と勢いよく開いた引き出しの奥には、整理の苦手な母の手によって無理矢理仕舞われた化粧品が、「ぎゅうぎゅう」に詰まっていた。


「これって……」


 しーちゃんは化粧品の隙間に隠された『一冊のノート』に目を付けた。

 表紙に家紋がある、秘匿魔法で護られたノート。

 よちよち歩きの小さな頃に、一度だけ見た厳重な冊子がドレッサーの奥底へ眠っていた。

 この中身がきっと兄へ繋がっている。

 そう確信したしーちゃんは、従姉妹に頼み込んで数ヶ月振りに叔父の書斎を訪れた。


「馬鹿者! ()()()()を持ち出すとは……一体どんな教育を受けてるんだ!」


 しーちゃんの望んでいた罵声は、予想よりも冷たく、痛みを伴った。

 頬を叩かれた衝撃で床へ倒れ込んだ幼女は、腫れたほっぺに血の気の引いた手を当てる。


「何とも短絡的な……本当にアレの娘か?」


 叔父の視線はしーちゃんと交わる事無く、そっぽを向いたままで、痛がる彼女を顧みぬままノートへと視線を落とした。

 厳重な冊子を拾った彼は、表面に付いた埃を掃うと、それを懐の奥へと仕舞い込む。


「ここまで愚かだとは、考えが及びませんでした。少しは兄妹の勤勉さを見習いなさい。親元で暮らす貴女は恵まれているのですよ?」


 女神の下で務めを果たす優秀な兄は、叔父からの評価も高い。

 いつだって兄、どこへ行こうとも兄が付き纏う。

 叔父も両親とグルなのだ。

 大人達は優秀な兄だけを(かくま)って、無能な妹を差別している。

 味方のない家は、しーちゃんにとって牢獄と変わりなかった。

 家屋を囲う立派な塀は、彼女の目には頑丈な鉄格子として映る。


「お兄ちゃんなら、私に期待してくれる……よね……?」


 彼女の中で兄の存在は肥大し、理想の人物像を形成した。

 お兄ちゃんなら、絶対に私の味方をしてくれる。

 お兄ちゃんなら、絶対に私を理解してくれる。

 お兄ちゃんなら、絶対に私を頼ってくれる。

 数年後、周りを信用出来ぬ環境で、高飛車で傲慢に育ったしーちゃんは、とある予感を元に家から逃げ出した。


 ――――――――――――――――――――


 泣き腫らした(まぶた)に濡れたタオルを押し当てたしーちゃんは、「ドロドロ」と揺れるハフグファの内臓に座って話を続ける。


「叔父に叱られたのはあの時だけだったわ。その後は私の存在を無視する様になって、話す機会なんて一度も無かった。お兄ちゃんへの手掛かりはたった2つしかないの。叔父が隠した『家の秘密』と、両親の言う『兄のお勤め』。どっちもダンジョンが関係してると私は思うわ」


「ダンジョンを生み出したのが神だから、兄がそこに関わってると?」


 シロの質問にしーちゃんは深く頷いた。


「町の人達は皆、お兄ちゃんを知っているけど、その姿を見たって話は私の耳に入ってない。パパは視察だと言って頻繁にダンジョンへ訪れてるけど、それはお兄ちゃんに会う為でしょうね。そうとしか考えられないわ!」


 しーちゃんは憤慨しながら、腕を組んで肩を強張らせた。

 頬を膨らませる彼女を尻目に、シロはダンジョンの不自然さに思考を回す。


「家の秘密って言うのは? 内容に心当たりがあるから、ダンジョンに疑惑を向けたんだよね。んー……ダンジョンに必要な人材……魔力の供給源かな」


 ぶつくさと不穏な発言を語尾に足したシロの肩を、しーちゃんが必死になって揺らした。


「供給源って何よ!? 違うわよ! 私が言いたいのは……その……私の、家系はちょっと複雑……というか、真っ直ぐで……」


 言い淀むしーちゃんの態度は、誰の目にも怪しく映る。

 1つの仮説を立てたシロは、訝し気に彼女の瞳を「ジロッ」と凝視した。


「それって、君の固有魔法が――」


「と・に・か・く! ダンジョンの何処かにお兄ちゃんが閉じ込められてるの! 私はお兄ちゃんに会って……それで、ちゃんと家族でありたいの……」


 弱々しいしーちゃんの言葉に思うところがあるのか、目を細めたシロは「そっか」と彼女の意志を肯定した。

 その横から、今まで黙って話を聞いていたとある人物が口を挟む。


「……お前の事情は分かった。だが、それは今話す事じゃないと思うんだが……」


 話に(ふけ)るしーちゃんとシロの傍で、1人モンスター群と格闘するマゼンタは迫り来る攻撃を受け流した。

 ここはエリアボス『ハフグファ』の腹の内。

 確かに話し込むには向いていない場所だろう。


「何よ! あんた傷心の私に戦えって言うの? ただでさえブサイクなんだから、ブサイクはブサイクなりに、気遣う態度を見せなさい!」


「……お前みたいな妹と血の繋がってる兄貴が、可哀そうでならないな」


 この場であまり強く言い返すとキリがない。

 そう判断したマゼンタは、彼女への悪口を最小で留めた。

 ハフグファとの戦闘において、一番の難所である幻影を突破した彼等は、作業的な後始末に追われている。

 モンスターの体内に複数あるイボのような肉塊を順序立てて破壊するマゼンタを、しーちゃんはおろか、シロすらも手伝う気が無さそうだ。

 時間を掛ければ掛けるほど、ハフグファが飲み込んだ魚モンスターの影響で、ハフグファのレベルが上がる。

 レベルが上がれば肉塊の硬度が増す為、素早く対処する必要があったが、2人は素知らぬ顔で世間話を続けていた。


「猫シロは兄弟と仲良いの? あんた性格キツイから、喧嘩が絶えなそうね」


「何で兄弟が居る前提なの……まあ、居るけど……。喧嘩はした事無いよ。僕が病気がちだったから」


「え、一人っ子だと思ってました」


 会話に加わったマゼンタの(すき)を狙って、モンスターが突進を繰り出す。

 青年は見向きもせずそれを避けると、着地を狙って木刀を突き立てた。


「姉が1人。仲の良さは分からないね。ただ、さっきの幻影は気持ち悪かったな」


 会話の内容から察するに、ハフグファがシロへ魅せた夢には姉が登場したのだろう。

 シロの最も大切な人物は記号だと思い込んでいたマゼンタは、驚きで後退(あとずさ)る。

 一方、白猫の交友関係を知らないしーちゃんは、「そうなのね」とあっさりとした言葉を返した。

 そして、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くすマゼンタを「キッ」と睨み付けたしーちゃんは、両手を鳴らして彼を急かした。


「ほーら、さっさと雑魚を片付けなさい。私のポーションの効果が切れたらどう責任取るのよ!」


「ぐっ……そう思うならお前も戦えよ……」


 木刀を振り上げたマゼンタは、肩越しのモンスターを的確に仕留めた。

 目視せずとも、モンスターの位置を把握している。

 教え子の小さな成長にほくそ笑んだシロは、残るハフグファの急所を指折り数えた。

 しーちゃんの飲んだポーションの効果時間は、討伐が間に合うかどうかの瀬戸際だ。


「……少しくらいなら、助けてあげようかな」


 小声で呟いたシロの邪悪な気配に身震いしたしーちゃんは、「やっぱあんたって怖いわ」とツインテールで口元を覆う。

 シロの助けがただの善意では無いと見抜いた彼女は、重い腰を上げて伸びをした。


「仕方が無いから私も手伝ってあげるわ。感謝しなさい」


「要らねぇよ。1人で十分だ」


 へそを曲げたマゼンタと口論しながら、しーちゃんはモンスターとの戦闘を開始した。

 彼女が動いた甲斐あってか、彼等が水中ダンジョンから戻ったのは、丁度ポーションの効果が切れるタイミングだった。


 ――――――――――――――――――――


 これは(すが)る彼女の物語。

 兄を探すしーちゃんと、解呪の書を求めるマゼンタとシロ。

 冤罪を掛けられたローレットを加えたパーティは、王都へ向かう準備を着々と進めた。

話が一区切りついたので、次回は閑話休題です。

章は続きます。


次回更新は2026/05/04を予定しています

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