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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
202/210

ダイチ達の姿が忽然と消え、

 ダイチ達の姿が忽然と消え、どこか違和感を覚える歪んだ景色が現れる。


 どうやら始まったようだ――見慣れない光景を、リゼはまじまじと見る。元アーキルを逃がすまいと動いたとき、一度見ているもののあのときは無我夢中だった。落ち着いて観察するのは、これが初めて。


 『断絶』の結界は球形だ。しかし、そこに立体物が隠れている感じはしない。自然の光が通っているような自然さなのに、一枚絵として見えるものが不自然。長年見慣れてきたものとの違いかたのおかしさが、頭と心に拒絶を生む。


 見ているだけで気持ち悪くなりそうだが、そこでダイチが命を懸けて戦っていると思うと。少々のことでは、なかなか目が離せない。


 上空に静止した移動端末は、広く周りが見渡せる。これなら戦況が把握しやすくて、何も分からないまま不安を抱えることはないと思ったのだが。


(やっぱり、ただ待っているのは苦手……)


 大きな溜息がこぼれる。


 前回のときは、離れて待っているよう言われたが結局勝手に参戦した。今回はそれができないよう、フルスペックの断絶結界を張ったものと思われる。法創術と真言法に精通したダイチなら、マナの出入りだけがない空間も作れるのではないか?そして変異の魔獣だけ閉じ込め、エフリカ軍の人々は閉じ込められないようなものを。


 これはリゼの過大評価なのだが。彼女に対する姿勢という意味では、そう思われても仕方ないような過保護な態度を繰り返してきている。怪我が早く治る無為自然の特徴はあれど、身体能力は常人のそれ。そしてその常人達が、自分達の暮らしを守ろうと命を懸けて戦いを挑んでいる。ならば何故、自分はそこに加わっていないのか?


 一度は戦わないことに納得したが、そのときはエフリカ軍が参戦するとは聞いていなかった。ダイチも予想外だったのだろうが、結果として騙されたような形に。今から追いかけようにも、この高さでは飛び降りるわけにもゆかず。


 眼下の景色の違和感には慣れてきた。何の変わり映えもせず、ただ時間が過ぎること30分。あの怪物を相手によく持っている――緊張が緩みかけてきた頃、突然リゼの携帯端末が鳴った。一瞬迷うも、他にできることがないゆえ応答する。


《あ、レフィアさん?俺オレ》


 特殊詐欺のような語り口だが、間違いなく知人である。それもこの時代に生きる人々の中では、まあまあ親しいほうと言ってよい。


 人類最後の砦だったユラネシア共和国、その最大都市ヴァルハラに身を寄せたとき知り合ったのが彼らだ。黄金樹の栽培を擬装するカバーとして作った植物生産研究所のスタッフに恩師の紹介で入り、ヴァルハラを引き払うため解散する際には新しい事業を手伝う団体を立ち上げて関わり続けてくれた。


 そのことには、はっきり口にしないがダイチも感謝している。武闘派と頭脳派のおしどり夫婦、共依存バカップル、年齢不詳引きこもり女王とキャラの濃い同僚達に押されて、イマイチ存在感の薄いチャラ男が彼――ヘイノ。


(そういえばみんな、どうしているのかしら)


 ノアトゥンにいた時点で毎日会うことはなくなっていたが、それでも遊覧船運航に合わせて毎週か隔週は顔を見ていた。それが地上の時間凍結解除でお互い活動範囲を広げ、またノアトゥンの再独立運動という共通点を失くしてからは、急速に会う機会が減っていった。


《もしもーし?レフィアさーん?斬新なリアクションを追求してくれるのは嬉しいけど、無視はさすがの俺っちも堪えるんじゃないかなぁ?》


「…ごめんなさい、考えごとをしていて。それで用件は何?」


 考えごとどころではない。まさに今、ダイチとエフリカ連合軍が人類の存亡を賭けた戦いをしている。普通の民間団体となった『ユラネシアの風』メンバーのヘイノが知らないのは、無理もないというか当然のことだが。


《なんか忙しそうだね。じゃあ要点だけ……今度休みが取れたら、俺っちと二人でBBQに行きませんか!》


「ごめんなさい。今、東のほうへ旅に出る途中なの。だから、あなたのいるエウロペに戻るのは難しいわ」


《レフィアさんのいるところなら、どこだって迎えに行くよ?俺にはこの『ゆらかぜ』がある!エイラのことなら大丈夫!あいつは艦橋に引きこもれれば、船がどこにあっても全然気にしない奴だし!》


「……そういう問題ではないのだけれど……」


 頭痛が痛い、とでも言えばよいか。いずれヘイノは、昔からこういう奴である。リゼの周りにもレフィアの周りにもいなかったタイプ。思えば市井で不特定多数と関わることをしてこなかった、最初に教え導いてくれた老師にも言われたことだというのに。


「五十年早い、か……」

 ただ千年生きても、それは考えなしと一緒だ。老師もそうだが、今のリゼを見たらシィベィタァレンはどんな皮肉を言うだろう?一番弟子の彼は、ただ静かに笑って友人ができたことを喜んでくれるはず。


《…レフィアさあん。また無視なの?俺っち今度こそ泣いちゃうよ。あと空耳かもだけど、五十年早いって聞こえたような気がするんだけど……?》


「ごめんなさい。でも、そうね。たまには行ってみようかしら」


《そうだよね忙しいんだよね。じゃあまた次の企画考えるから、そのときも一応相手にしてくれると……え?》


「場所と日時を教えて。必ず」


 行くから。最後まで言いきることができなかった。


 爆音に包まれたからである。移動端末を吹き飛ばされ、リゼは落ちた。身体能力に優れ、致命傷でなければ治りも早い彼女が飛び降りるのを躊躇する高さから。


「……うぁっ……!?」


《ちょ、レフィアさん?どしたの……レフィアさ》


 即死はしない。ミレニアム製の堅固な外装が護ってくれたから。それでも重傷である――普通の人間なら、かなりの確率で死ぬ。リゼは仙人ゆえ、最も無為自然を極めた人間ゆえ。命の天秤を少しずつ生へと傾けられる。応急処置を施し、安静にしていれば。


 だがここには、この状況を作り出した悪意ある者が存在する。


「…あなた、たちは……?」


 無言の銃口が、いくつもリゼに向けられていた。

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