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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
201/210

もう始まっていた。

 もう始まっていた。ランディとレフィアが元アーキルを見つけたときには。


「目標、正面の敵!総員一斉射!」


 怪物を進ませたくない方向から、現地政府の部隊が集中砲火を浴びせる。そういえばあちらの方角は人口密集地域、指揮官の意図するところは分かるのだが。


「弾着!…も、目標こちらへ……うあぁぁぁあっ!?」


 当たっている。観測員の兵士は正確な仕事をした。


 だが、効かなかっただけだ。鉄の塊ではなく、しっかり炸薬も入った近代的な砲弾を使ってなお。プレゼンターの化物は、この時代より先を行く西暦の技術すら歯牙にもかけない。自然科学を捻じ曲げてくる法創術とは、元より相性が悪いのである。


 倒せるとしたら、熱核兵器くらいか。もう少し火力が低くてもやれるかもしれない――いずれにせよ一撃。一定以上の体組織を残せば、どの部分からでも分化全能性を発揮して……いや違う。全く異なる形であれ同じであれ、より脅威となって何度でも人類の前に立ちはだかる。ようやく立ち直りかけた文明を、惨めな姿に戻すまで。


 幸か不幸か、この地域に熱核兵器はない。無論のことマナ収束弾も。法創術と真言法の奥義を駆使すればランディが即席で作ることはできる。術で同じ効果を生み出すこともできる。だがそれは、現生人類のいないところで秘かに為されるべきもの。こうも目立っては、使える手段が限られてくる。


「…やはり『断絶』か」


 離れたところから見下ろしつつ、ランディが呟く。


「結局、封印なのだな。違いはマナを吸い取れないことと、本人に意識があることくらいか……」


 厳密には違う。むしろマナを消費する。怪物が『断絶』を中和しようと――そんな知性が残っていればの話だが――したとき、強制力で押し負けないために。今も他の総督達が繋がれている術式代行システムは、統制者システムの劣化版だ。歴史を書き換えるほどの性能はないが、魂を持つ者なら誰でも統制者適性と関係なくマナを汲み出す礎にできる。


「ランディ、これ以上は。急いだほうがよいかと」


「ああ。では、行ってくる。今度こそ後始末をつけるよ」


 ここへ来るまでの間に議論した。原種人類並みの身体能力しかないレフィアでは、さすがに変異の魔獣の相手は無理だと。足手まといになれば、かえってランディを危険に曝す。その結論に至り、渋々ながら留守番を受け容れた。


「はい。お気をつけて……」


 顔が見えない見送りの言葉に、様々な思いを込めて。


 球形の移動端末から身を躍らせ、即座に端末をマナへ変換。それを軟着陸するための重力操作術式に充てる。後方に位置する軍の本営へ降り立った。突然現れた不審な男に、簡素な机を囲んでいた幕僚達が色めき立つ。


「何者だ!どこから現れた!?」


 騒ぎを聞きつけ、直掩の歩兵から一個分隊が即座にランディを照準する。訓練されており、身体能力任せで素人丸出しのランディとはだいぶ違う。アーキルを拘束するために使った合氣や柔術も、サイトバルマサオ謹製のバイオメモリから読みだしたもの。何度も繰り返せば、いつか身になるのかもしれないが。


「待て」


 指揮官らしき壮年の男が制する。おもむろに席を立つと、戦場では場違いなほど優雅な儀礼をしてみせた。軍人というより貴族の様相である。


「ミレニアムの『神』とお見受けする。我が名はレアンドル=グラネ、エフリカ民族同盟の連合師団長だ」


 古式ゆかしいフランス語。ダイチから見れば、外国に感化されたアフリカ人。


「丁寧な挨拶、痛み入る。お初にお目にかかる、私はランディ。貴君が考えるものとは、少し違う存在だ」


 こちらはアメリカ流の簡素な目礼。近代的に接することで、相手の想像を否定したつもり。しかしレアンドルは、最初の慇懃な態度を崩さない。


「…ミレニアムの末裔が、ユラネシアに手を貸しているとは聞いていた。時間凍結から救ってくれたことには感謝するが、お客人の手を煩わせるつもりはない」


「他の人類がいなかったゆえ、そうしたまで。要らぬ警戒を呼ぶのなら、ヴァルハラ国籍も放棄しよう」


「そして我が国へ来てくれるのか?」


「それをしては意味がなかろう」


 レアンドルは破顔一笑した。


「そのとおりだ!エフリカは人類の故郷!外来人種のいない世界を、あるべき本来の姿を、我らはここからやり直す!」


 声高く宣言する。周りの将兵へ聞かせるように。応えて気勢を上げる者も多い。そこにはどういうわけか、排除すると宣言されたドワーフやホビットも含まれていて。気になったものの、今それを詳しく訊いている余裕はない。


(エフリカの民が自立心に欠けるというのは誤りだったようだ)


 自分の先入観だったと、彼らに対する評価を改める。が、それはそれとして。プレゼンター技術もない通常兵器だけの軍隊で、変異の魔獣を相手取るのは難しい。


「…グラネ師団長」


 歓呼の声が落ち着くのを待ち、改めて呼びかける。


「覚悟は、理解した。しかしあの怪物は、我が先祖の残した不始末。せめて協力なりともさせてくれないだろうか。少しばかり私情も含まれるが、あなたの指揮下にいるホビットやドワーフ達と同じだ」


 あくまで主体はエフリカ軍。ランディの仕事は、彼らが変異の魔獣を討伐できる状況を作り出すこと。具体的には戦場を周囲から隔離し、マナを取り込んでの再生に限りを設ける。犠牲は出るだろうが、いつかは通らねばならない道だ。


 レアンドルは大仰に頷き、それから再び将兵達に告げる。

「聞いてのとおりだ!エルフの末裔ランディ殿は、これより我らが同志となった!先祖の過ちを認めて正そうとする、その勇気に最大限の敬意を!」



 ――ぉおおおぉおおっ!



 割れんばかりの気勢。今度は落ち着くまでに数分かかった。


 だが大半は、未知の敵を前に戦力が増えることへの期待とみえた。レアンドルの理想に賛同するなら、その者にとってミレニアムの首魁たる古代種エルフの血筋は戦犯である。ただ外来人種というだけの、現生種エルフとは立場が違う。


(赦されたわけじゃない。これからも)


 「時にランディ殿。確認なのだが……」


 戦場を隔離するにあたって、その範囲。飛び道具を主体とする近代的な軍隊は、戦場が広くないと十全に力を発揮できない。近接戦闘は強靭な肉体を持つ敵側が有利なことから、あまり狭い範囲で区切られても逆効果。この点は、どうなのか。


「問題ない。今ある戦場くらいは、結界で包んでみせよう。そのうえで内部のマナは、再生力がそういう能力持ちのダオシイ並みに落ちるまで私が支援の術式に消費する」


「…ダオシイ、とは?」


「知らなければ、いい」


 もちろん、ランディの周囲には濃いめに残しておく。そうしないと時間凍結の海に閉じ込められる惧れがあるからだ。レアンドルと幕僚はランディの傍にいれば、ほんの僅かだが時間の流れが相対的に速いため、部隊を指揮するうえで有利にもなる。


 作戦は決まった。あとはランディが、ダイチが……聖賢王アトが、なるべく危険から遠ざけてきた人々を自分の戦に巻き込む覚悟を決めるだけ。


 ヴァルマ=ルースアのときとは違い、人工進化をしていない原種人類のまま。

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