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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
196/210

空港跡地を出ると、

 空港跡地を出ると、挨拶要員がすぐさま接触してきた。


 いつもの陽気さや笑顔がなく、これが素なのだろう。どこへ行っても現れる交替要員の多さから、個人特定はできないが。


「……アトジマさんは、どちらへ?」


「別の用件ができた。彼の仕事と立場は、私が引き継ぐ」


「ランディです。ダイチと同じ御先祖の本家筋に当たります」


「……………。左様で」


 疑問がある様子だったが、とりあえず呑み込んだ。


「地図と座標を送ります。必要でしたら、移動手段も手配しますが……?」


「不要だ。どうせもう、知っているのだろう」


 空間に縮小格納していた移動端末を展開する。レフィアと己の分を二つ。間近で見られることに一瞬驚くも、それ以上の反応はなかった。興味を持っていると知られるだけでも情報になる、そのあたり挨拶要員達は防諜においてもプロ。


(大抵のものが二千年前のフィクションのパクリだって知ったら、どう思うんだろうな)


 心の中で素の呟きを洩らす。『ゆらかぜ』の甲板もそう、この移動端末もそう。何なら一つ目巨人の機械人形を考えてもいる。浮島にいた頃は試験運転する場所もなくて中断していたが、終末戦争前の旧南極ではやり放題だった。時々目撃されてしまい、おかしな都市伝説のネタにされたりはしたけれど。


 ふっと自嘲の笑いがこみあげ、挨拶要員改め連絡員殿が息を呑む。この外見になると、ティーンのときとは違ってそんなことも威嚇になってしまうらしい。


「いや、気にするな。昔のことを思い出しただけだ」


「…ランディ、急ぎましょう」


 詰まって聞こえるのは、名前を言い間違えそうになったため。襤褸が出る前に、この場を離れることとする。


 携帯端末の位置情報を転送、口頭で発進を指示。ほぼ真球の一人乗り移動端末は、揃って勢いも音もなく静かに飛び立った。


 眼下には、再開発の進んだ市街地が広がっている。一方で遠くには手つかずの原野も。かつてこの国の大半を占めた砂漠は、今や存在しない。


 ライブラリの三体問題によって最初の滅びが訪れたとき、死を免れた人々は生き延びるために砂漠の消滅を願った――豊饒な実りが、家畜が、漁獲があればいいのにと。三柱の統制者のうち最も適性レベルが高かったセレスティアは、唯一神のごとき己の立場に戸惑いつつも、憐れな仔羊達の悲愴な願いを受け容れた。


 ダイチはアーキルの生まれについて、人伝にだが聞いたことがある。


 貧民の出であり、しかし優秀だったため必死に努力したこと。その甲斐あって国の官僚になり、将来を嘱望されていたこと。時には汚職もしたが、周りの同僚に比べて特別悪くはなかったこと。そして三十代前半、ようやく遅い子供ができたというとき。


 総督としてのアーキルに、正式な妻はいなかった。


《この場所でアーキル様は何を……?》


 レフィアの声がして、ふと我に返る。


 座標を地図に落とし込み確認するも、目ぼしい情報は見つからない。旧トリポリ行政区の中だが、特別な場所ではなく。どこかへ行く途中で現地の軍に捕まったのか?だとしたら単に、大勢の戦力を展開しやすい場所という可能性も。


「どうだかな。そもそも、まだ意識があるのか」


《……………》


 沈黙が下りる。しばらくして、レフィアが唐突に呟く。


《……申し訳ありません》


「どうして君が謝るのさ?」


 思わず素で返し、すぐに言いなおす。


「…何故謝る。決めたのは私だ、責任を感じる必要などない」


《ですが》


「すぐ殺しておけば楽だったのは事実だろう。だがそうしていれば、アーキルの叛意は不確かなままだった」


 ダイチも仲間に申し開きできない。レフィアがアマンダに申し訳ないと思うのと同様に。厄介なことだが、必要な儀式だったと割り切るより他ないと。


「正しさとは面倒なものだ……が、それでもつきあってゆくしかない。本物の外道に堕ちたくなければ」


 らしくないこと――同じ感想を抱く。言われたほうも言ったほうも。ダイチは既に変わりはじめていた。言葉とは、そこまで強い力を持つものか。


 正しさに疑問を持つ、その姿勢は昔から変わりない。しかしあえて言葉にするところが、今までのダイチやアト、巡察視のランディとは違っていた。


《それもアルフレッド様の言葉でしょうか?》


「いいや。少佐の……ライオネルの言葉だよ」


 ヒトは大人のふりをして、少しずつ大人になるのだと。誰かが言ったような台詞を思い出す。ダイチにとってはアルフと少佐だった。サイトバルマサオは……比較的歳が近いこともあり。『おおきなおともだち』――いろいろな意味で。


(なら、リゼにとっての大人は誰だったんだろう?)


 豊かな緑の絨毯を見下ろした。


 そんなことを、思いながら。

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