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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
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「『変わりゆくもの』。彼のものを虚空の力に還せ」

「『変わりゆくもの』。彼のものを虚空の力に還せ」


 アーキルの頭上に滞留する煉瓦をマナ変換、これで直撃は免れる。少しくらい残してみたかったが、本格的にレフィアが怒りそうだったのでやめておく。


(…う~ん……でもなぁ……)


 改めて、いかにも獰猛そうな生きた彫像を確認する。


 古代種エルフは、現生種エルフと違って後天的な施術によるもの。よって外見はさほど変えられず、耳の形を除けば原種人類。現生種は全て淡い金髪と翠緑の瞳に抜けるような白い膚だが、古代種は元々地球にいた人種の特徴を備えている。


 アーキルはラテン系の白人種で、やや膚の色が濃い。明るい金髪碧眼の筋肉質、そこそこの高身長と暑苦しい……はずなのだが。俗にいうイケメン細マッチョで、傲慢さを頼もしさと誤解できる女性からはモテる。それがファドワ達庶子の大量誕生に繋がった。


 要するにダイチ達、陰キャの敵。傲慢チャラ男なパリピで権威主義独裁者。オマケにアルフと少佐ら民主主義者の敵。マッチョイズムの≪ピ――――≫野郎。世の堅実賢明な女性達の敵であり、アレクセイのような地味でつまら……もとい、真面目な男達の敵。さほど残念とは思わないが、永遠に分かりあえそうもない。


「はぁ……」


 溜息がこぼれる。


 仙人リゼ隠蔽計画は、早々に失敗した。今から隠れろと言っても、彼女は絶対に聞かない。闇から闇へ葬るのも……甘えさせてもらえなくなるから、絶対に無理。


 憂鬱だ。こんなのを目覚めさせないといけないなんて。


「………?」


 逡巡するダイチを不思議そうに見るレフィア。何を心配しているのか、彼女は全く解っていない。そのうえ始末にも反対するなど。八つ当たりに近い苛立ちを覚える。


(誰のためだと思ってるんだよ)


 長く生きていても、レフィアの……リゼの精神性はどこか幼い。十四、五歳の女の子といったところ。あれでアメリアのほうが大人っぽく、結婚して娘までできてからは会うたびにからかわれている。よもや騙されはしないだろうが、力でこられたら分が悪い。


(でも確かに、このまま消すのは不義理か)


 煉瓦と同様、マナに還して。そうすれば楽だったのだが、さすがに。


 意を決して、解呪のパスフレーズを唱える。


「…『人類よ永遠なれ。我らが母なる大地と共に』」


 統制者セレスティアに聞かせるため、文章は英語で作られている。ゆえに自分の名前を大上段に構えて唱えるという、ハイレベルの恥辱を受けずに済んだ。もっとも術式代行システムを設計した法術王アルフも日系人、大真面目にそういうことを考えてくれていても不思議ではない――お前は生きろ、と。


 セレスが考えたのなら『父なる』だったのだろうなどと、余計な雑念を払いつつ。アーキルの出方を窺う。彼の主観では戦闘中だったのだから、いきなり攻撃してきてもおかしくない。ほとんど面識はないが、血の気も多かったと思う。他の総督府が全て陥落しても、ドーアに最後まで抵抗するくらいには。アレクセイに感化されて、戦わずに隠れようとした総督は結構いたのだ。民のためではなく、単なる保身だったとしても。


 周囲のマナが流れ込み、急速に平準化して落ち着いた。範囲を非常に狭く限定していたため、これによる空港近辺の時間遅滞は地球の裏側と比較しても誤差レベル。さすがは法術王の面目躍如といったところである。


「おはよう。気分はどうかな」


 牽制の意味も込めて、先に声をかける。こちらがドーアではないと伝われば、少なくともいきなり襲ってはこないだろうと。最期の瞬間ドーアが空中にいたのか、睨みつけるように見上げていた視線が正面へ戻る。そして二千年ぶりに聞く彼の言葉は、かつて忘れ去ったはずの忌まわしき古の記憶を呼び醒ます。


「……ランディか。よもや貴様に助けられるとはな……」


 ランディというのは、まだ幼かったドーアを見守るため、その口実として就いた巡察視として動くときの名前。思えば聖賢王アトとして会ったのは、アーキルがエルフ化する前とヴァルマとの決戦に出陣したときの二度きり。その後、歳を取ったり若返ったりしたが……何度も顔を合わせた小うるさい巡察視のほうが記憶に残ったのかもしれない。


「今、何年だ?あの若造はどうなった?」


 封印される直前のことは理解しているようだ。ただ今この状況――ドーアの師だったランディが自分を救ったという事実。それに気持ちが追いつかない様子。


 巡察視ランディは、両手を広げて宥めるように押し下げた。


「ドーアなら死んだよ。でもミレニアムも滅んだ。これから僕の話すことを、黙って最後まで落ち着いて聞いてね」

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