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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
189/210

さて。淋しくなったとはいえ、

 さて。淋しくなったとはいえ、まだノアトゥンにも人がいる。


 市当局関係者と、ここを生まれ故郷にする若い世代の人々だ。彼らがここで何をしているのか、実を言うと分からないところがある。


 後者のほうは、まだよい。生まれ故郷なのだから、戻ってくるのはそれほどおかしなことではない――生産力が低いうえ交通の便が悪く物資が不足しがちでも、より豊かな地上への移住がほとんど制限なしに解放されていたとしても。またそういう住民がいる以上、社会を維持するために公務員が常駐するのは当然のこと……なのだが。


 その数がおかしい。もちろんそんな真似はしないが、石を投げたら本当に市当局関係者に当たるのではないか。馬鹿なことを考えてしまうほど、あまりにも多い。


「おはようございます。アトジマさん、エディルさん。お昼寝ですか、いいですねぇ」


「…ああ、うん。おはようって時点で、まだそんな時間じゃないけど」


「あははは。そりゃそうだ。じゃ、また」


 1時間後。研究所前の庭で。


「こんにちは。アトジマさん、エディルさん。いい天気ですね」


「…ここ雲の上だよ。毎日同じだろ」


「あははは。そりゃそうだ。じゃ、また」


 更に1時間後。町はずれの小公園で。


「こんにちは。アトジマさん、エディルさん。えーと、その」


「分かってる。分かってるから無理しなくていいよ」


「あははははは……すみません。じゃ、また」


「……………」


 常時こんな調子である。もはやマニュアルが存在しているのかと思うレベル。それでも向いていない者はいて、時折噛んでしまうことも。それだけの数を動員して、ダイチとレフィアの何を嗅ぎまわっているのか。


「いや……まあ。本当、分かってるんだけどね」


 レフィアも無言の溜息をつく。たぶん同意見なのだろう。


 ヴァルハラの現執政官、エドムント=バイガルの意思だ。二人の居場所を把握しておこうと――何のため?いざというとき、いつでも神頼みできるように。


 敵意は感じない。さりとて鬱陶しいものは鬱陶しい。協力するのは吝かでないが、こうも当てにされると困ってしまう。実のところ、ダイチが与えている技術はほとんどないのだ。黄金樹はブラックボックス化しているし、それ以外のものはエフリカ大陸に辿り着いたことで旧世紀のアーカイブが山ほど見つかった。ダイチが手伝ったのは、むしろマナ工学関連技術の禁止指定である。筆頭はミレニアムの総督達を封じた術式代行システム、これは凍結の解除すら禁じた。いずれダイチ自身が直接対応する。隠居に納得してくれればよし、もしもまたミレニアム時代のような権力を望むなら……そのときは。


 まだしばらくは関わるつもりだが、どこかきりのいいところで姿を消す。世界全体の時間凍結を解除し終えているとよいが、あと何年かかるか。できれば10年以内、最悪でも50年。あまり長引くと、クォーターなのにいつまで生きるんだという話になる。


 雲隠れする前に、必ずしておかなければならないこと――それは術式代行システムの解体。これがある限り、人類はマナに頼ることをやめない。プレゼンターの影響を断ち切り、元の地球に戻すためには避けて通れないことだ。


 だがそれは、ミレニアム時代の総督達を解き放つことと同義。彼らはプレゼンター技術の粋たる古代種エルフ、今の人類には荷が重すぎる。ヴァルマに対抗するためとはいえ、クリメアを量産した製造者責任はダイチにある。また本人の同意を得たにせよ、クリメアとなった者達の人生を狂わせた責任も。


 身体を起こし、まだ座ったままリゼに言う。


「これは僕のやらかしだから、僕ひとりでやる。まともな奴ばかりじゃないし、君は隠れてたほうがいいよ」


「……………」


 最悪、解放されるなり襲ってくる。ドーアとの戦闘中にそのまま封印されたことを差し引いても、裏切り者のダイチは相当恨まれているだろうから。


 術式代行システムの高度さは、それなりの者が見れば解る。すなわち法術王や創術王ではなく、他ならぬ聖賢王アトが関わっていることを。これは総督達に対する裏切りだ。彼個人の都合で事情も聞かず命を懸け、人間まで辞めたというのに。要らなくなったら捨てるどころか、骨の髄まで利用して未だ晒し者にされている。


 その不愉快な相手が、自分の知らない新しい仲間を連れていたらどう思うか?


 騙されるな、そいつは人間の屑だと叫ぶだけならまだしも。言い訳のしようがない事実だから。しかし思いつく限りの最悪は……憎い敵をさて措いて、その新しいお気に入りの人形を惨たらしく破壊して溜飲を下げようとすること。力では聖賢王に敵わないことを分かっているだけに、かなり高い確率でありそうなのが怖い。


「……………」


「正直、一割残ればいいほうだと思う。その選別が終わるまで、君はネオ・アンタークティカの家に戻ってて。落ち着いたら、アレクセイの末裔ってことにして紹介するよ。あいつは子沢山だったし、総督達はライブラリも真言法も知らないから大丈夫」


 仙人のことは言えない。歴史を調べれば神仙思想のことは分かるだろうが、実物を知らなければ伝説の類と考えるはず。エルフとは別の不老長寿の可能性を知られてはならない。


 証拠はないが、これもたぶんライブラリの力によるもの。旧文明の古代から受け継がれた民間信仰が乱世を生きる人々の願いと融合して創造された、プレゼンター技術と地球文化のハイブリット。隠す主な理由は、もちろんリゼ個人の平穏のため。


 これらのことを、ひととおり説明する。最後の恥ずかしい一点だけを除いて。


 ゆっくりと、ダイチの隣で身体を起こす。そして同じように座ったまま。


 今日は、いつにも況して空が高い。


「…リゼさんや。どうして、そんな怖い顔をしてるのかな?」


 レフィアは無表情のまま告げた。言いたいことはそれだけですか、と。

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