歴史的な会談と和解から5年。
歴史的な会談と和解から5年。すっかり淋しくなったノアトゥンで、ダイチとレフィアは中央広場の花畑に寝ころびながら雲ひとつない空を見上げている。
二人の長い生からすれば、たったの5年。だが、いろんなことがあったと思う。
まずユホが亡くなり、復興会議の老人達も順番に後を追い。ヨアキム執政官が現職のまま亡くなった――といっても過労死の類ではない。周囲からの慰留が強く、辞めるに辞められないままその日を迎えてしまった。仕事自体は新設の次官に引き継がれていたため混乱なし、次官を昇格させて無事完了。これが事務引継のスタンダードになる。
他の幹事会メンバーは普通に引退。推定黒幕の上下水道局長も、最後まで多忙を極めていた。辞任後はユホ達と一緒に楽隠居、それなりに満足していたと思う。
ヘタとアクは成人。ヘタは望みどおりパイロットに、アクはメカニック志望だったがメカニック兼ヘタ機のナビに。単座もあるのに複座を選んだヘタが、無理矢理引きずっていったらしい。まあ戦闘機ではないゆえ、さほどの危険はないのだが。
ミラが潜航士でいたのは、旧スオミ領に最初の復興拠点を作るまで。地上の再開発が課題になると、あっさりそちらへシフト。退官した父リクとスオミ出身の母ウルスラを呼び、一緒に暮らしている。ノアトゥンで学んだ公園整備に従事しながら。
『ゆらかぜ』メンバーは何も変わっていない。ただし船の運航範囲は劇的に拡大したが。浮島と地上の復興が進み、単なる移動だけでなく観光需要も急増したからだ。
何より大きかったのは、エフリカ大陸の人々が生きていたこと。マナ枯渇による時間停止にこそ見舞われていたが、熱核兵器による攻撃はなかったことが幸いした。スオミのように中途半端な遅滞で放射線により滅ぶことも、スオミ以外のエウロペ地方のようにマナ収束弾と熱核兵器の飽和攻撃を受けて一掃されることもなかったのである。終末戦争時点における後進国と先進国、その違いが明暗を分けた。
ダイチからの助言に従い、ヨアキム執政官はエフリカ諸国との接触に細心の注意を払った。ユラネシアの人々は、かつてエフリカの人種を奴隷にして植民地支配した人種である。その証拠が、両地域から西の海を渡ったイーリカ大陸にいるエフリカ人種達。文字がひとつ欠けてイーリカとなる前の名前すらなかった時代――侵略と開拓に必要な人員を奴隷として買い付け、劣悪な環境の船で大量に送り込んでは使い潰した。
新しい執政官も、エフリカ支援には難儀している。過剰な支援はよくないし、さりとて少なければ技術の独占と不満を持たれる。そのくせ微妙に自助努力が足りない。何かを貰えば奪いあいに明け暮れ、その種を蒔いて増やそうという動きが薄弱。
ダイチが生まれた時代ほどの格差はないものの、やはり一度破壊された文化は戻らない。経済発展に必要な自立心というか気概が、エフリカ諸国には欠けているのである。
とはいえ独裁の継続には、愚民化政策が一番。やるまでもないのはやるせないところだが、敵対勢力がいなければ優秀な人材を育てる必要もない。そこそこ程度なら、放っておいても若干名は育つのである。その芽を潰しさえしなければ、然るべき立場に配置すれば。ヨアキムの後継者は優秀だが、大衆社会を知らない世代の人間だった。
(このままじゃ、マズいか……?)
いずれ不満が爆発する。再開発が上手くいって、経済成長できるうちはよいが。世の中が停滞したときも、安定するようにならなければ。さもないと苦労して築きあげたものが、その都度瓦解する社会になってしまう。それでは復興が他の大陸へ波及しないし、活動人口が戻らないためマナ濃度も低いまま。統制者の三人を目覚めさせることはできない。
性質の悪いことに、現政権は他の大陸を復興する動機がなかった。今の流れで緩やかに発展を続ければ、盤石な支配体制を維持できるのである。
「焦りは禁物よ」
「え」
「時間をかけるの。外敵がいないと分かれば、どこかで線引きしたほうが私腹を肥やすのも楽だって気づけるはず」
今この時代に、マナ収束弾も熱核兵器もない。通常兵器だけで全てを灰燼に帰すほど、愚かではないということか。それにしても。
「私腹を肥やすって……」
「立派なことを言っても、争いを起こす人は大抵がそうでした」
どちらが口火を切ったかではなく。日頃の言動が火種を生むという意味で。
リゼ教をでっちあげてセレスティア教団に仕掛けた連中も、組織を挙げてリゼ教徒を弾圧したセレスティア教団の幹部達も、本質は同じ。富と権力を奪いたかったか、既得権益を守りたかったか。巻き込まれるほうにとっては大差ない。
「ゆっくりでいいんです。その間に、私達は自分のしたいことをしましょう」
今の人類は、内部に小さな対立をたくさん抱えている。しかし経済は好調であり、人口が増加して勢いもある。大虐殺が起きるような状況ではない。徐々にではあるがマナ濃度は回復しつつあるのだ――自然回復が消費を上回って。
人類への義務感とは関係なく。ダイチ自身がしたいこと。
それは。
「…アルフと少佐を迎えに行く。一緒にドーアとイシュカを……暴走してイシュカを殺したクライヴ達のことも弔いたい。元はと言えば、僕達三人のせいだから」
ダイチに責任はなかったが、狂った哀れな魔女のことも。




