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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
178/210

約束の日が来た。

 約束の日が来た。ダイチ、レフィア、ユホの三人がヴァルハラへ行く日である。


 あれから数回、手紙を往復させて日時と場所が決まった。議題についても何か話したいことはあるかと訊かれ、一応預かっている市民のことと提案した。会談当日、いきなり連れてゆこうと考えていることは伝えずに。ここまで一か月。


 それから更に一か月。ヴァルハラ側が準備に手間取ったのだ。招くほうはいろいろ用意することがある。警備体制の確認、対応する人員の選定。饗応そのものも――暗殺の準備に手間がかかったとは思いたくない。


(ま、そう簡単には死ねないんだけどね)


 心臓や脳を壊されれば死ぬが、それ以外の部位だと再生されてしまう。古代種エルフの全員がそうなのではなく、ダイチは特別製だ。母ユルハが同僚のシライシマコトに頼んで造らせたのである。プレゼンターの設計に従いエルフやドワーフ、ホビットを量産したのも、ワンテとニャッテの獣人族を設計したのも彼女だった――少年好きとは聞いていないゆえ、やたらと若返ってしまう体質は事故なのだろう。たぶん。きっと。


 思考が逸れかけたが、いずれ問題なのは他の二人。不老不死だが危害を加えられることに関しては常識的なレフィアと、全く普通の人間であるユホ。当人達が気をつけるのはもちろん、ダイチも注意しておく必要がある。


 危害を加えず監禁、という手に出てくる可能性も。まあそちらの場合は、どうとでも取り返しがつくのだが……


「では皆さん、まいりましょうか」


 ユホが出発を告げる。ヴァルハラ訪問団の団長は、言うまでもなくノアトゥン復興会議の議長だ。今日の主な議題は三つ。ノアトゥン復興会議の法的地位と、彼らが――実際にはダイチが持つ技術のヴァルハラへの提供条件。現在ノアトゥンで預かっている人々の扱い。その重要性を思えば、首脳会談に持ち込まれるのは当然。


 ほぼ日本育ちのダイチとしては「へい、御隠居」とか「はっ」と返したくなる場面だが、あれは大団円を迎えた後のお約束である。これから難しい交渉に臨む状況では、あまり相応しくない。代わりにルーツをノアトゥンに持つ若者達が威勢よく応じた。


「待ってましたっ!」


「準備はできてます、先生!」


「航海中はお任せください!」


 そう。今回『ゆらかぜ』を運行するのは、ユラネシアの風のメンバーではない。復興会議の創設前からこの船を整備してきた、その中でも比較的若い者達である。皆ヴァルハラ育ちだが、親世代の祖国復興に協力したため板挟み状態に。せめて家族に会わせようと、そういう者達を優先して選んだ。


 操船技術のほうも、年長者だけあってパシ達より優れている――と言いたいところだが、実を言うと変わりない。何故なら船を貸し出す時点で、ダイチが完全自動航行システムを導入したから。決まった座標へ行くだけなら、乗組員は何もしなくとも待っているだけで目的地に着いてしまう。不測の事態が起こらなければ。


「空賊、出ると思いますか」


「ないんじゃないかな。分かりやすすぎる」


「お話し中のところ、失礼します」


 ダイチとレフィアに生真面目な声が話しかけた。振り返ると、平服の機敏そうな三十代の男がひとり。後ろには同じような雰囲気の若者達が十数名。軍隊式の『休め』の姿勢で整然と列を組んでいる。まあ台無しである……いろいろと。


(こんな不器用な奴に、何やらせてるのさ)


 内心呆れつつ、にこやかに挨拶する。


「アランさん。おはよう」


「おはようございます。ダイチ殿」


 まずダイチに挙手の敬礼、それから上体を横にずらしてレフィアへも。完全に軍隊式であり、素性を隠すつもりがあるのか疑わしいほど。アメリアに捕まったとき、我々は空賊などでは……と思わず口走ってしまったのも頷ける。


 階級はたぶん、大尉か少佐。十数人のパイロットを率いており、元々彼の飛行中隊だったのだろう。エリート部隊であれば、中佐という可能性もあるが。


 いずれ真面目な人物である。ノアトゥンでの働きぶりをみる分には……いささか真面目過ぎると思うくらいに。


「それで、どうしたの?やっぱりまだ、帰ることに不安があるのかな」


「…はい。あれだけのことをしておきながら、お恥ずかしい限りですが……」


 ただ、と話を繋いで付け加える。


「我々の中には、ノアトゥンにルーツを持つ者もいるのです。認めていただけるならば、家族ごとこちらへ移りたいと考える者もいるかもしれません」


 立場に邪魔されて、あるいは上から極端な情報を与えられて攻撃に加わったと。秩序に仇為す犯罪者と言われれば、いや疑いを持ったとしても真面目な軍人であればあるほど命令に従わざるを得なかっただろう。


「そもそも、おかしいでしょう。難民として保護されていたノアトゥン市民が自立の道を見つけた。ようやく肩の荷が下りると喜ぶべきところ、よもやそれを妨害するなど。ヴァルハラの支配下で復興が進んでいたならともかく、そのような力も事実もない」


「…まったく、そのとおりだね。僕は毎日、肩が凝って大変だよ」


 力。それがないヴァルハラは、要するにノアトゥン市民から見限られたのだ。難民として受け容れられたことは感謝している、だから争いにはしたくないが。祖国復興の邪魔をするなら、全て打算だったのかと憎悪に早変わりする。何としても戦い抜き、再び独立を勝ち取る――そのために必要な力が、ダイチの持つ知識。


 自分達が思うよりも、ヴァルハラは窮地に陥っているのではあるまいか……?


 この隊長はもしかしたら、クーデターくらいのことは考えているのかもしれない。現幹事会を総辞職に追いやり、新たな指導者を選出。そのうえでノアトゥン市民と和解する。ユラネシア共和国をどうするかは、その後の交渉次第だろう。


「揉めごとには関わらないよ。条件を満たすなら、ヴァルハラにも他の浮島を復興する人達にも同じ技術を供与する」

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