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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
175/210

翌朝、ヘタとアクは

 翌朝、ヘタとアクは『ゆらかぜ』に乗って帰った。


 返事の手紙も持たせている。今回は最初ゆえ、親書の遣り取りに合意したことだけは形にしておいたほうがよいという判断から。二人が実際、どれくらいの頻度で来るようになったかというと……


 ほぼ毎週。これは『ゆらかぜ』の周遊イベント全部に相当する。学校が休みの日にやっていることもあり、その気になれば欠かさず参加できてしまうためだ。


 とはいえ、イベントが徐々に周知されてきて希望者も増えている。何度も参加しているうえ幹事会の親書もないとなれば。遠慮してくださいと言わざるを得ないときも。


「…えぇええ。なんで~」


「仕方ないでしょう。未経験者優先ですよ」


 優柔不断に見えて、こういうときのパシは容赦がない。よくも悪くも委員長気質というか、公務員に向いているのだろう。


「そもそも手紙預かってないのに、行く必要ないだろ」


 ヘタが涙目の一方、アクは冷めたものだ。姉貴分ミラの行方が判明した今、何が何でもという状況ではなくなっている。匿名人物からの親書は基本、月に一度。


 無論、ヘタには下心がある。こうして足繁く通い詰めていれば、いつか飛行艇に触らせてくれるのではと。乗るのは無理でも整備を見せてもらったり手伝わせてもらったりとか。あわよくば年齢制限のお目こぼしをしてもらえちゃったりとか……?


 そういうところ、ダイチもレフィアもドライなのをヘタはまだ知らない。二人とも何かを決めるにあたっては、明確な根拠を求めるほうだ。


「…いいもん。来週も再来週もそのまた来週も。毎回ずっと通い詰めるから。それで委員長さんが乗せてくれなかったから、緊急連絡できなかったって告げ口するから」


「そうやって飛行艇を借りようという魂胆でしょう?ミラさんから全部聞いてますよ」


 そんな日々が何となく続いて。


 ノアトゥン復興会議とヴァルハラ幹事会が奇妙な小康状態になり数か月。


 パシとアメリアが結婚。二人の親類縁者をノアトゥンへ招き、盛大に祝った。アメリアが世話をしていたというストリートチルドレン達も、それこそ人攫いのように攫って。そのままノアトゥンで働きたいなら、残ってもよいと甘言を弄して。


 それから間もなく、アメリアの妊娠が明らかになった。


 本人達とそれぞれの両親はもちろん、同窓生の『ゆらかぜ』メンバーも喜んだ。加えて長年の貧血体質を心配したユホから、身体によいお茶を飲まされる毎日。これにはさすがの健啖家アメリアも音をあげてしまう。


「…腹タプタプで、これじゃ飯食えねえんだけど……」


「産休に入ればお留守番ですから、それまで我慢してください」


 苦笑するパシ。その言葉の思わぬところに噛みつくアメリア。


「いや休まねえよ?出産日まで船長の仕事続けるぜ」


「え……」


 愕然とする。さすがに、それはないと。


 アメリアの場合、船長の仕事には空賊退治も含まれる。こんなときに格闘などして、万一のことがあったらどうするつもりなのか。


 ここは艦橋。今はノアトゥンに着いたばかりで、乗客は全員上陸している。聞き耳を立てていた『ゆらかぜ』メンバー全員が集まってくる。


 先陣を切ったのは、結婚してしばらく経つのに未だ子を授からないマルヨだ。


「ダメだよっ!アメリアちゃん!後悔しても遅いんだから!」


「そうだぞ。パシの気持ちも考えてやれよ」


「自称空賊は心配すんなって。俺達も慣れてきたし」


「わ、私も産休賛成かな~……べべ別にアメリアちゃんいないほうが気楽とか、そそそんなことは思ってないし?」


「お前ら……エイラは後で絶対泣かす」


 とりあえず自称天才、何でもできるダイチ先生の健康診断を受けてみることに。急ぐことはないゆえヴァルハラに戻ってから正規の医師に診てもらえばよかったのだが、なおもアメリアは休むことに激しく抵抗。ノアトゥンへ寄港した直後の空き時間なら、ということで渋々了承した――久しぶりに本気で怒った夫の目が怖かったから。


 その結果、とんでもない事実が発覚する。


 アメリアが実は、クォーターエルフだったと。


「……そう、だったのかよ」


 普通の人間ではないと言われて、さすがにショックだったらしい。自分の努力だけで築いたと思ったものが、実は遺伝によるものも大きいと分かれば。


「どおりで他の奴より鍛えた効果が出やすいと思ったんだよな……それにしちゃ貧血なんてダセえ持病があるのはなんでだ?」


「エルフの血は万能じゃないんだよ。むしろクォーターまで薄まったことで、総合的にバランスとれてたのが乱れてしまった。人工進化の弊害というか、生物として不自然なところのほうが目立ってきてる」


「……………」


 想像以上の反応に、ダイチも失言だったと理解する。長く人外をやり過ぎて、人としての常識は壊れていると。だが今は、自分のことなどどうでもよい。


「いや……その、なんだ。命に関わるような障碍は少ないから、あまり心配しなくてもいいと思う。原種の人間だって、一定割合で貧血とかはあるだろ。同じ」


 もっと世代交代が進めば、寿命や能力など優れた点もなくなる代わり原種の人間に近づいてゆくという。だから子供のことも心配には及ばないと。


「…なんだよ、それ。あんたいつも、自分達エルフのこと余所から来た害虫みたいに言ってたじゃないか。こんなときだけ、ンな優しいこと言うのかよ……」


 せっかくの子がエルフの血を引いていたら。障碍があったら申し訳ないと。パシやその両親に何と言えば?アメリアの声は震えていた。


「……悪ぃ。もう大丈夫だ……このことはパシには内緒な。クォーターってことじゃなく、あたしがみっともなく泣いたってほうだぞ?」


「さて、ね。とりあえずレフィアには教えとく」


 呆気にとられ、やがて弱々しく笑う。


「ホントに、なんだよそれ……」


 それから9箇月と13日後。アメリアは無事、原種人類の子を出産する。


 ルカと名づけられる、普通の女の子だった。

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