ダイチとレフィアに宛てられた親書は、
ダイチとレフィアに宛てられた親書は、要約すると次のようなものだった。
――意図的ではないにせよ、我々は互いにまともな意思疎通すらしなかった。
――このままでは、いつか間違いが起こる。どうにか関係を改善したい。
――今後、何もなくとも定期的に手紙を送る。不測の事態を避けるためだ。
――あえてアナログ的な手段を用いるのは、場の空気感も重視しているから。
――そちらの返事は求めないが、できれば同じようにしてくれるとありがたい。
先程は申し分ないと言ったが、あえて文句をつけるなら一つだけ。
できれば返事が欲しいというのは、たぶん半ば方便だろう。中身も読まず事前に用意しておくわけにもゆかないから、書くとすれば読んでからになる。その間、アクとヘタはノアトゥン内で自由に探索できる――もしくは、できなかったことが情報になる。何を調べようとして止められたか分かれば、それが重要だということ。
(情報収集されるのはいい。隠したいのは黄金樹の苗くらいだから。どちらかというと、返事を書くほうが面倒なんだよね……)
とは、さすがに言えず。レフィアあたりは、長い付き合いで察していそうなもの。断る口実を考えてくれるか、代わりに書いてくれないかと。
「……………」
無言で視線を逸らされた。出会った頃のように、硬い文章で煙に巻いてくれればよいのだが。リゼの中では、あのことが黒歴史になっているのかもしれない。
「…AIでも作るか」
そんなことより、今は差出人の問題である。相手が誰かによって、おのずと中身も変わってくる。有利不利を言えば、ダイチ達が圧倒的に不利。
「幹事会メンバーなのは間違いないんだね?」
「リクおじさんがそう言ってたって、ソラおじさんは言ってました」
「伝聞かあ……リクは嘘つかないだろうけど」
幹事会メンバーは五人。議長役の執政官を筆頭に、空母艦隊司令、警察局長、配給局長、上下水道局長で構成される。建国当初から軍のトップが執政官に就く習わしゆえ、ヴァルハラは名実ともに軍事政権と言ってよい。
全員の歩調が揃っているなら、こんなまわりくどい真似をする必要はない。そのうち勝手に親書を出したことがバレ、幹事会内で犯人探しが始まるだろう。余所者への抵抗は全員が持っている。そのうえで地上探索に前向きな反応を示したメンバーが二人。
(…空母艦隊司令と配給局長?そんなに単純かなあ……)
今ひとつ確信が持てない。素直に賛同している場合のほか、権力闘争で負けているほうが勝ち馬に乗るという動機も考えられるからだ。この場合を考えはじめると、全員に可能性があるため判らなくなってしまう。
こういうときは直感に頼る。ダイチ自身のではなく……長年人々の間で生きてきて、利用されたり騙されたりした経験が豊富なリゼの。
「どうかな?」
「いいと思います。こちらも手紙を送りましょう」
用意していたらしく、即答だった。自分で書くつもりはないようだったが。
「少しは手伝ってよ?」
「…私は考えるのが苦手ですから」
「そんなことないよ。君の感性に期待してる」
「頭がよくないことは、否定してくれないんですね……」
「こう見えて僕、天才だから。否定する意味ある?」
信じてもらえない世辞は無駄だと思っているらしい。『世辞は人間関係の潤滑油』、そういう言葉も昔は存在したのだが。
「えっと、つまり……?」
「また来ていいってさ。返事も書いてくれる。成功」
じわじわと喜びがこみあげてくる。今にも赤いアンテナが踊り出しそうな気分だったが、ただのリボンにそんな機能はついていない。
「いやったぁ―――――っ!任務、達成っっ!!」
だが難しいのは、ここから。とりあえず内容は措き、定期的に連絡を取ることで合意したに過ぎない。次は遠話による直接対話、その次は対面……と、順次距離を詰めてゆくことになるだろう。いずれは匿名人物の素性を明かすことも。
「空きはあるから、好きな部屋を使っていいよ。泊まりもあると思うし」
今回は『ゆらかぜ』と一緒に帰るため、夜もそちらでということになった。別行動ばかりしていては不審に思われかねない。この任務を秘密にしている意味がなくなる。
初期設定の着信音を聞いて、レフィアが自らの携帯端末を取り出した。
「マルヨさんから。そろそろ夕飯だそうです。お二人が船にいないので、こちらに来てませんかと」




