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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
172/210

「…もうヴァルハラは持たないって、パパが……」

「…もうヴァルハラは持たないって、パパが……」


 再会してすぐ、ミラが語ったのは幼子のような言い訳だった。誰に似たのか、高身長の長い手足をいたたまれない感じに折り畳む。


「それで?まだ他に言うことはない?」


 仁王立ちのヘタ。かなり不穏な内容を含む発言だったが、そこはスルー。彼女にとっては、世界がどうとか国がどうのより姉貴分の抜け駆けのほうが重大である。


「…え?ていうか……な、なんで怒ってるの?」


 筋としては、ミラの言うことが正しい。一緒に来たかったから誘おうとしたという、ヘタさんの尊いお気持ちを無視すれば。アクが頭を抱える。


「…そのへんにしときなよ、二人とも。まあ……ミラ姉がいるなら、僕達は来なくてよかったんじゃないかってのはあるけどさ」


 ヘタのお守りに苦労させられた側としては、もっともな言い分。


 しかし、それについては異論があるらしい。


「……偉い人のお手紙、持ってるでしょ。わたしは飛行艇乗れないし、ヘタちゃんはそのうち覚えるだろうって。そうすれば二人も、こっち来られるから」


 ミラの言葉は、端的すぎて分かりにくい。詳しく訊いて、最初の話と合わせて要約すると、だいたい次のとおり。


 まずミラは、当面ヴァルハラへ戻らない。政治的な動きがキナ臭くなってきて、かつ民衆の変化を求める気持ちが押さえられなくなってきた――主にダイチの情報工作によるものだが。採水部隊へ入れるより、変革の最前線であるダイチの元へやったほうが安全であり本人の希望も叶えられるのではないか、と。両親の一致した考え。


 翻ってヘタとアク。二人の父親カイとソラは、ダイチとそこまでの繋がりはなかった。今も監視対象とその監視者であり、どちらかといえば敵同士だ。


 それはさておき、ヘタのほうは飛行艇を餌にすればどこへでも行く。しかしアクのほうにそういうものはない。親馬鹿のカイが愛娘を手放すとは思えず、ヘタとアクを引き離すことも躊躇われる。振り回されるアクとソラにも申し訳ない。ならばせめて上層部のメッセンジャーに仕立て上げることで、ダイチ達との接点を作ろうとしたのである。


「つまりは全部、リクおじさんの掌ってこと?」


「半分くらいママかな。パパ、変なところで人の気持ちに疎いから……」


 ダメ出しをしながら顔が綻んでいる。父親が好きすぎて、もう手遅れかもしれない。そんな娘のことを、母親が問題視していないところも。


 英雄の娘なのに陰気、かつ同級生男子より頭ひとつ大きいミラ。いつもイジメの対象にされ、それを庇ってきたのがヘタとアク。ヘタは時に、物理的報復すら伴って。


 この人は、あたしがいないとダメ。そう思ってきたのに。潜航士絡みとはいえ、肝心なところで先を越されたのが悔しかったのかもしれない。


 幸せそうなにへら顔――見慣れていないと気持ち悪いそれが出て、ヘタはとうとう溜息をつく。そういえばこの人は、別の意味でもダメだった……と。


「…もういいよ。それでミラ姉、肝心の海には潜れたの?」


「う、うん。『潜雲艇』っていうのに乗せてもらった。飛行艇みたいに飛ぶだけじゃなくて、マナ濃度を均しながら飛べるんだって。だから原理的には、不連続面に嵌まることがないって言ってたよ」


「うそっ!それって軍が研究中のやつじゃん!もうできたの!?」


 喰い気味に訊ねるヘタ。その勢いに気圧されるミラ。


「試作機が完成して、これから量産に入るみたい。ヘタちゃんもこっち来れば、ひとつ任せてもらえるんじゃないかな……あ、パイロットは18歳以上だった。ごめん」


 大きく上げて激しく落とす。気持ちの頂点からどん底まで叩きつけられたヘタの顔を見て、相変わらずの無自覚な達人芸にアクは心の底から感心する。しばらくは立ち直れないかもしれないが、静かになって丁度よいので放っておく。


「…ところでさ。アトジマさんっている?その手紙の配達先」


「いるよ。呼んでこようか」


 気安く話す間柄のようだ。リクから直接頼まれているゆえだろう。もしかしたらアクとヘタのことも言われたかもしれないが、油断は禁物。手紙の内容次第で敵認定されるおそれはある。ただのメッセンジャーとして丁重に扱われるとしても、あからさまに自分達は関係ないという態度をとったら嫌われる。


(そのあたり、ヘタは心配要らないけどな)


 感情過多なくらい、誰に対しても感情移入する。正しくないことは正しくないと、はっきり言える。言わなくていいときまで言えてしまう。


 一方のアクは、相手の求めるものを察して動く。祖国への義理を欠かさず、それでいて是々非々――月並みではあるが、こんなところか。不興を買えばアクだけ追放なんてことも考えられる。それだけは断固回避、ヘタはアクを絶対見捨てないだろうから。


「……15歳だって逆サバ読んで、訓練生にしてもらえないか頼んでみるとか……」


 真顔でそんなことを呟いていた。他人が真剣に悩んでいるときに。


 思わず噴いてしまう。ミラとアク、二人一緒に。


「え、なに」


「ダメだよ、ヘタちゃん。嘘なんかついちゃ」


「どうせすぐバレるだろ。てか逆サバって……ぷくくく」


 どちらかといえば、サバを読むほうが成功率高いくらいまである。具体的には……2歳分ほど。そしてそのことは、本人も大いに気にしていた。


「…アぁ~クぅ~!」


 この年頃の2歳差は大きい。加えてアクのほうが誕生日も早く13歳、身長は至って普通だ。すなわち怒られても全然怖くないわけで……それなりに面倒だけれど。


「そこに直りなさーい!」


「やだよ。何も言ってないし」


「言った!態度で言った!声で言った!目でも言ったっ!」


 事実だからこそ、世の中には言ってはいけないこともある。

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