反応は大きく二つに割れた。
反応は大きく二つに割れた。大規模に調査すべきだ、いやもっと慎重にすべきだ――前者は空母艦隊司令と配給局長、後者は警察局長と上下水道局長。
配給局長と上下水道局長の違いは理解できる。配給の仕事は一朝一夕になくならないし、水を出し渋らなくてよくなればクレームが減る。一方の上下水道局にとって水は権力の源泉。下手をするとこの幹事会から追い出されるかもしれない。
警察局長は、単純に彼個人の慎重な性格。一番危険な最前線にいる空母艦隊司令が積極的なのは、リクから見て少し意外だった。
「太陽光すら危険、か。時期尚早ではないかね」
「防護服があれば大丈夫だそうだが……」
「その防護服を作れないから言っておるのだよ。そうですな、配給局長?」
配給局長が唸り、無念そうに頷いた。時間が完全に止まっていないのは、十数年前からリクの報告で分かっていたこと。マナ濃度の平準化が多少進んだとしても、大きな意味で状況に変化はない。今回の報告の目的自体、そもそも別のところにある。しかし空母艦隊司令と配給局長の二人は、まだ諦めなかった。
「そのアトジマ君とやらは、無事だったのだろう。放射線を防ぐ方法を知っているのではないかね」
空母艦隊司令の言葉に配給局長が頷く。滞在時間が短ったリクは、今のところ病気など出ていないが。将来どうなるのかまでは断言できない。
「自作の鉛コーティング服を着用したそうです」
「……一応、理には適っているか……」
とはいえ、普通の人間が着たら重くて動ける代物ではない。ダイチが使ったような軽装ならともかく、またそれでは防御性能が不十分。遺伝子修復機能が強化されている彼だからこそ、こんな付け焼き刃の装備でも無事だったのである。
ダイチからは、クォーターエルフだから多少の加護があるとの説明をされている。しかし、この説明にリクは納得していない。ならばなぜ、明らかに荒事や探検向きのレフィアが行かなかったのか。ダイチのほうが研究者向きで、役割が逆ではないのか。
ゆえにダイチの防護服がどんなものか、それ以上の説明を避けたのだ。況してや即興で作ったなど、そこまで詳しくは聞いていない。
「…そもそもの話だが」
今まで黙っていた議長、執政官が発言する。
「なぜ君は、アトジマ君を地上へやろうと思った。十年以上平凡な暮らしに甘んじていたにもかかわらず。変わったことといえば、件の避難民二人が現れたことくらいだ。それとて三年ぶりで、十年も昔のことではない」
「……‥……」
すなわちダイチとレフィアだから、ということになる。とはいえクォーターエルフの加護は弱く、言われるほど特別な存在ではない。死ぬ直前まで歳を取らず、原種人類の倍ほど寿命があるというだけだ。個人レベルで見れば破格の恩恵があるものの、数人いたからといって社会を変えてしまうほどの力があるわけでもない。
「彼らは、何者だ?」
再び執政官が訊ねる。だがリクは、本当に二人の素性を知らない。ならなぜ、許可を待たずに勝手に地上へ向かったダイチをとりなすような真似を?…分からない。何となく信じられるような気がした、としか。正直に話せば、軽い叱責だけで済むだろう。しかしそれでは、ダイチとレフィアが召喚されて質問責めということになる。
「…食糧生産の研究者です。穀物栽培や保存食を中心に、成果を挙げたと聞いています」
「先程聞いた。配分計画に余裕ができたと、担当部署も喜んでいたからな」
と配給局長。上下水道局長も続けて言う。
「ジョウカソーに使う微生物を品種改良したと。肥料用の排水をコンポスト化して水の抽出にも成功したとか……あれを飲む気には、さすがになれんが」
透明かつ見た目がきれいでも、元は生活雑排水と汚物。用途は限られるものの、潤沢に使える工業用水を得られたことは大きい。
そう――ダイチとレフィアがしたことは大きい。あまりにも影響が大きすぎた。
「ビフレストから最近来た、それはいい。だがビフレストのどこからだ?家族は?友人は?…ヴァルハラには今、ビフレストから避難してきた人々もいる。彼らのことを知る者が、誰ひとりいなかったら?」
熱に浮かされているような、早口の執政官の言葉。やや暴走気味に思える、しかし遮る者はいない。この場の全員が共有しているのだ、二人に対する違和感を――厳しい問いを向けられているリク本人も含めて。
(……そうか。俺は無意識に蓋をしていた……危険かもしれなかったのに)
ヴァルハラの利益になる技術を持っている。暇な若者を集めて生き甲斐を与えようとしてくれている。それらとは別に、話してみて好感を抱いたからだろう。国境警備隊長としての資質を疑うに足る。
結果的に判断が間違っていたとは思わない。しかし他人を納得させるには、結果だけでは不十分なのだと。最初の判断に根拠はあったのか、そしてこれからも大丈夫なのか。ダイチとレフィアを好きにさせていてよい、執政官はその合理的な理由――もしくは積極的に排除すべき理由を求めている。
どちらに傾くか。いずれ考えていることは想像できた。そして次に発せられるだろう言葉も。やがて執政官は、おもむろに口を開いた。
「……エルフ、ではないのか。それも古代種……ミレニアムの神に連なる者」




