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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
148/210

さて夕飯、どうするか。

 さて夕飯、どうするか。疲れていて面倒だし、何か簡単なものがよい。四年も家を空けていたが、配給品のレトルト食品はまだ賞味期限が残っているはず。黄金樹を草本化する研究の傍ら、保存食の長寿命化にも協力して一定の成果を挙げていた。


 収納を調べるためキッチンへ行き……そこでダイチは、とある品に目を奪われる。テーブルの中央に鎮座まします、紙で蓋をされた縦に細長いプラスチックの器。


「……こ、これって……!」


 文字や絵など説明の類はない。しかし旧世紀どころか西暦生まれのダイチには、これが何なのか分かる。少なくとも何を目指して作られたものなのか――お湯を入れて三分待つアレと同じようなものが、数十年前の旧世紀にも存在した。


 思わず、ごくりと喉が鳴る。


 このようなものを交換してもらった記憶はない。そもそもヴァルハラでは、カップ麺を作る技術など失われていたはず。必ず少なくない水を使うのが、その主な理由だ。人口が減り、採水効率も向上した今でこそ水の貴重さは軽減されているが。まだまだ贅沢品であることに変わりはない。こんなものを誰が?ダイチの日本製ジャンクフード押しと、それに飢えていることを知っている者となると一人しかいない。


「…リゼ、か」


 湯を沸かそうと思ったが、長年留守にしていたこの家のタンクは空。矢も楯も堪らずマナで水を生成する。今日くらいはセレスも許してくれるだろう。許してくれるはず……たぶん、きっと。それをポットに入れて沸かす。


 紙の蓋を破らないよう丁寧に開け……目印の線がない器に湯を入れて待つ。こういうところの気遣いはあの国ならではだな、と妙に懐かしく思いながら。漂ってきた香りは、なんと醤油。リゼも中原暮らしが長く、大豆の量産に成功すれば醬油をというのは自然な流れ。禁欲的な雰囲気に反し、彼女は食への執着が凄い。


 三分経った。紙の蓋が湯気の圧で開く、うまく剝がれないなどの微妙な点は今後の改善点として。細い縮れ揚げ麺に乾燥ネギ、見た目は悪くない。香りも醤油が漂う。


 いよいよ実食。箸は……さすがになかったので、麵をフォークですくいあげる。期待と不安を胸に、最初のひと口を含んだ。


「む……」


 続けてスープも少し、飲む。


「…………ん」


 二分ほどで食べきると、最後にスープをふた口。残りは捨てた。少し悩み、結局またカップ一杯分の水を作って流し込む。それでやっと落ち着く。


「ま、最初はこんなものかな」


 かなり努力しただろうリゼ達には言えない本音だった。次は自分も参加して、もっとよいモノを作ろうと思う。


「ダイチ、いるんですか?」


 呼び鈴もなしにドアの開く音がして、リゼが入ってきた。


 地上へ出かけるとき、掃除などの管理をしてもらうため家の鍵を預けていた。彼女に見られて困るものはないし、他の人から隠したいものは全て研究室か旧オーストラリア上空の家だ。ここまで遠慮を忘れてもらうのに、何十年かかったことか。


「いるよ。コレ、さっそくいただいてる」


 空になったプラスチック容器を持ち上げる。


「残念ながら、飲み干すとはいかなかったけどね」


「そう……みんなは美味しいと言ってくれたのだけれど。ダイチの舌は特別なのかしら」


「そんなことないと思うよ。レフィアは味覚的には中原の人だし、広い意味ではアメリア達と同じエウロペ人。僕だけ日系アメリカ人だから」


 つい正確に、自分のことは昔の言い回しをしてしまう。レフィアの目がほんの少し細められたように見えたのは、気のせいだろうか?


「改善の余地アリ、だね。とはいえ地元の人達の味覚を優先しよう。量産できなかったら意味ないし」


「そのうえで、ダイチの口に合うものも作りますよ。あなたに喜んでもらえなければ意味ありません」


「塩も作ろう。そのほうがレフィアはいいんじゃない?」


「ええ。それでいつかは……カレーとシーフード?」


「そうそう。イタリアントマトまであれば完璧かな」


「ラーメンにトマトというのが意外ですが……ところで」


 笑顔のレフィアが、自分の携帯端末を差し出してきた。ここまで分かりやすいのは珍しい、何か特別なよいことでも……


「現地妻って、なんのことですか?」


 全身に、ぶわりと冷や汗。


 改めて、差し出されたものを覗き込んでみる。


 表示されていたのは、テキストとタイムスタンプのみで構成されるリレー形式のアプリ。



 ――じゃっじゃーん!お待たせしました!

 ――明日からわたし、マルヨも研究所のお仕事に復帰します!

 ――わたしだけじゃないのです!なんとイスモくんも戻ってくるよ!

 ――どんどんパフパフどんどんパフパフぴいひゃらー。


 ――みんなにはホント、心配かけたね。

 ――でも、これからは大丈夫。また一緒に頑張ろう!

 ――じゃあ、また明日!



「…これに、どんな問題が……?」


「もうひとつ、マルヨが私個人宛に送ってきたものがあるんです」



件名 ど、どどどどうしよう

 ダイくん先生がわたしのことカワイイって!ゲンチヅマにするんだって!でもわたしにはイスモくんという人が ところでゲンチヅマってなんですか?



「……………」


 口から出まかせは禍の元。当たり前のことゆえ、そんな諺はない。

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