さて夕飯、どうするか。
さて夕飯、どうするか。疲れていて面倒だし、何か簡単なものがよい。四年も家を空けていたが、配給品のレトルト食品はまだ賞味期限が残っているはず。黄金樹を草本化する研究の傍ら、保存食の長寿命化にも協力して一定の成果を挙げていた。
収納を調べるためキッチンへ行き……そこでダイチは、とある品に目を奪われる。テーブルの中央に鎮座まします、紙で蓋をされた縦に細長いプラスチックの器。
「……こ、これって……!」
文字や絵など説明の類はない。しかし旧世紀どころか西暦生まれのダイチには、これが何なのか分かる。少なくとも何を目指して作られたものなのか――お湯を入れて三分待つアレと同じようなものが、数十年前の旧世紀にも存在した。
思わず、ごくりと喉が鳴る。
このようなものを交換してもらった記憶はない。そもそもヴァルハラでは、カップ麺を作る技術など失われていたはず。必ず少なくない水を使うのが、その主な理由だ。人口が減り、採水効率も向上した今でこそ水の貴重さは軽減されているが。まだまだ贅沢品であることに変わりはない。こんなものを誰が?ダイチの日本製ジャンクフード押しと、それに飢えていることを知っている者となると一人しかいない。
「…リゼ、か」
湯を沸かそうと思ったが、長年留守にしていたこの家のタンクは空。矢も楯も堪らずマナで水を生成する。今日くらいはセレスも許してくれるだろう。許してくれるはず……たぶん、きっと。それをポットに入れて沸かす。
紙の蓋を破らないよう丁寧に開け……目印の線がない器に湯を入れて待つ。こういうところの気遣いはあの国ならではだな、と妙に懐かしく思いながら。漂ってきた香りは、なんと醤油。リゼも中原暮らしが長く、大豆の量産に成功すれば醬油をというのは自然な流れ。禁欲的な雰囲気に反し、彼女は食への執着が凄い。
三分経った。紙の蓋が湯気の圧で開く、うまく剝がれないなどの微妙な点は今後の改善点として。細い縮れ揚げ麺に乾燥ネギ、見た目は悪くない。香りも醤油が漂う。
いよいよ実食。箸は……さすがになかったので、麵をフォークですくいあげる。期待と不安を胸に、最初のひと口を含んだ。
「む……」
続けてスープも少し、飲む。
「…………ん」
二分ほどで食べきると、最後にスープをふた口。残りは捨てた。少し悩み、結局またカップ一杯分の水を作って流し込む。それでやっと落ち着く。
「ま、最初はこんなものかな」
かなり努力しただろうリゼ達には言えない本音だった。次は自分も参加して、もっとよいモノを作ろうと思う。
「ダイチ、いるんですか?」
呼び鈴もなしにドアの開く音がして、リゼが入ってきた。
地上へ出かけるとき、掃除などの管理をしてもらうため家の鍵を預けていた。彼女に見られて困るものはないし、他の人から隠したいものは全て研究室か旧オーストラリア上空の家だ。ここまで遠慮を忘れてもらうのに、何十年かかったことか。
「いるよ。コレ、さっそくいただいてる」
空になったプラスチック容器を持ち上げる。
「残念ながら、飲み干すとはいかなかったけどね」
「そう……みんなは美味しいと言ってくれたのだけれど。ダイチの舌は特別なのかしら」
「そんなことないと思うよ。レフィアは味覚的には中原の人だし、広い意味ではアメリア達と同じエウロペ人。僕だけ日系アメリカ人だから」
つい正確に、自分のことは昔の言い回しをしてしまう。レフィアの目がほんの少し細められたように見えたのは、気のせいだろうか?
「改善の余地アリ、だね。とはいえ地元の人達の味覚を優先しよう。量産できなかったら意味ないし」
「そのうえで、ダイチの口に合うものも作りますよ。あなたに喜んでもらえなければ意味ありません」
「塩も作ろう。そのほうがレフィアはいいんじゃない?」
「ええ。それでいつかは……カレーとシーフード?」
「そうそう。イタリアントマトまであれば完璧かな」
「ラーメンにトマトというのが意外ですが……ところで」
笑顔のレフィアが、自分の携帯端末を差し出してきた。ここまで分かりやすいのは珍しい、何か特別なよいことでも……
「現地妻って、なんのことですか?」
全身に、ぶわりと冷や汗。
改めて、差し出されたものを覗き込んでみる。
表示されていたのは、テキストとタイムスタンプのみで構成されるリレー形式のアプリ。
――じゃっじゃーん!お待たせしました!
――明日からわたし、マルヨも研究所のお仕事に復帰します!
――わたしだけじゃないのです!なんとイスモくんも戻ってくるよ!
――どんどんパフパフどんどんパフパフぴいひゃらー。
――みんなにはホント、心配かけたね。
――でも、これからは大丈夫。また一緒に頑張ろう!
――じゃあ、また明日!
「…これに、どんな問題が……?」
「もうひとつ、マルヨが私個人宛に送ってきたものがあるんです」
件名 ど、どどどどうしよう
ダイくん先生がわたしのことカワイイって!ゲンチヅマにするんだって!でもわたしにはイスモくんという人が ところでゲンチヅマってなんですか?
「……………」
口から出まかせは禍の元。当たり前のことゆえ、そんな諺はない。




