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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
144/210

「ただいま」

「ただいま」


「おかえりなさい」


 ヴァルハラへ帰還したダイチが自宅ではなく研究所へ直行、そう挨拶するとレフィアは安堵したように微笑んだ。幸いなことに、怒っていないらしい。


「…どれくらい、経った?」


「四年です」


「四年、か。長いのか短いのか微妙だね」


 主観的な時間経過の差は、ライブラリを見ても分かりにくい。出かける前に西暦での現在時点を調べておけば分かったのだが、それをダイチが忘れた。


「今日は休みの日?誰もいないけど」


 閑散とした温室を見渡して訊ねる。この時間帯なら貧血で午前に弱いアメリア以外は来ているはず。ひとりも見当たらないゆえ、そう思ったのだ。


 レフィアが首を横に振る。


「いえ。今日は配給の日なので、物資の数量を確認に行ってもらってます。運ぶのはアメリアさんが出てくる午後からですね」


 相変わらずのようだ。レフィアとも対等の喧嘩をしたアメリアが、この研究所では一番腕力がある。もちろん理不尽な生体強化をしたダイチは除いて。


「政府のほうはどうなってる?港で止められたりしなかったけど」


 こっそり忍び込んでもよかったのだが、かえってややこしくなりそうだったのでやめておいた。ダイチにヴァルハラへの悪意はなく、リクがお偉方の説得に失敗して地上行きの許可が出ていなかった場合は謝り倒そうと。


「その点は、心配要りません。リクさんが上手くやってくれました」


 ダイチの地上行きは、リクのほうから頼んだ特別任務ということになっていた。


 何でもリクは、このヴァルハラで英雄的な位置づけにあるらしい。旧スオミ残党過激派のミサイル攻撃を迅速に伝え、避難体制を調える時間を作ったのがその功績。また唯一ヴァルハラへの攻撃がなかったことも、リクが関与したのではないかと。本人は黙して語らないが――同じく潜航士だった従兄が帰らなかったことも相俟って、それゆえ彼の言うことは、お偉方でも無碍にできないのだそうだ。


「そっか。じゃあ依頼主へ報告に行かないとな」


 お土産は何もないけど……と思ったが、悪い土産があった。ヴァルハラの人々は、地上が全滅したとまでは考えていない。投げ込んだ死体で衛生面が悪化したかも、くらいには思っているだろうが。そろそろ現実を知るべきかもしれない。


「明日行ってくるよ。今日はもう疲れたし……」


「清拭の用意、できてますよ」


「ありがと。でも要らない、下は水が豊富だったから」


 なんと持ってきたらしい。片手で運べるタンクひとつ分だが、軽い水浴びをするには十分だ。自分で取ってきたものゆえ、誰にも文句は言わせない。


 水が貴重な土地柄で、一度やってみたかったのだ。旧世紀の名作漫画で見たアレを……マジで怒られそうだから、屋内でひっそり見つからないように隠れて。


 しかし。


「…それ、使うの?」


「え?」


 素に戻ったレフィアが後退る、その様子でダイチも気がつく。


「……あぁああ……そうか」


 重金属などの放射性物質が入っているわけではないとはいえ、強力な放射線が降り注いでいた場所で採取した水だ。レフィアは放射性物質が生じているのではないかと心配しているようだが――ラジオアクティブな水酸化物イオンなどは一応――そもそも化学的に。水は放射線で分解されると、過酸化水素を生ずる。人体に有毒な。


「…捨ててくる。後で」


 混ざりものが多いため、試薬としても使いづらい。さも残念そうに呟いたとき、研究所のドアが大きく開いた。懐かしい顔が三つ、そのまま入ってくる。


「ただいま戻りました。問題なしです、午後またみんなで行ってきます……!?」


 無言で片手を挙げるダイチ。それに目を白黒させるパシとヘイノ。一瞬誰なのか分からず、鉢植え棚に隠れてしまったエイラは相変わらず。


「エイラ、大丈夫よ。ダイチだから」


「………?」


「もしかして……」


「…まさか」


 家を長く空けたら、猫に忘れられた。それは、こういう気分なのかもしれない。

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