僕はパシといいます。その……
僕はパシといいます。その……最近、仕事を始めました。昔の先生の勧めで、遠くの島から避難してきたばかりの人がやってる研究のお手伝いを。今日も仕事ですが、近所の人達からいろいろ頼まれて遅れそうになりましたけど。どうにか無事着きました。
このことではもう、責任者のレフィアさんに迷惑をかけてしまっています。僕がいつも断れないのを知って、ちょうど頼まれている現場に現れて話をつけてくれました。今は自分が頼んだ仕事中だから、それともあなたは彼に報酬を支払っているの?――と。
それ以来、用事を頼まれることが減りました。足腰の弱いお年寄りのお遣いとかは。まだありますけど。でもそういうのをやってるときは、何故か現れないんですよね。
仕事そのものは……結構大変。研究所があまり人の住んでいない地区にあるせいで、最寄りの輸送ステーションが遠い。それで物資を運んでくるのが力仕事の苦手な僕には。いつも午前にやってるんですけど、アメリアさんの体調がよくなる午後にしたほうがいいかもしれません。そもそも彼女だけ勤務時間をずらしてもらったりとかできないかな……
アメリアさんがいないときを見計らって、レフィアさんに話しかける。
「その……ちょっと、いいですか」
「どうしたの?」
「相談が。アメリアさんの体質のことなんですけど」
生まれつき重度の貧血で朝は弱いこと。なのに身体を動かすことは好きだったせいか、身体能力自体は高くて貧血が落ち着く夕方には元気すぎるくらいなこと。それでいつも夜更かししてしまい、余計に朝が弱くなってしまっていること。
「そういうことだったのね……気づけなくて、ごめんなさい」
「僕のほうこそ、すみません。勝手にアメリアさんを作業から外したりして。でもやっぱり彼女の力を借りたほうが、運搬作業もスムーズになると思うんです。だから……」
アメリアさんだけ出勤時刻を二時間遅らせ、11時から昼休みを挟んで17時までの勤務にしてみたらどうか。そして物資の運搬も午後からにする。他の全員がやってるんだからと、隠れてサボりがちなエイラさんにも言いやすくなる。
「……なるほど。いいわね、そうしましょう」
あっさり通ってしまった。すると次の悩みはアメリアさん自体になってきて。
「あの……実は。怒らないで聞いていただきたいんですけど」
リベンジのことだ。最初の日に帰ろうとして押さえ込まれたことを根に持っていて、いつかやり返してやろうと機会を窺ってる。アメリアさんの体調がいい日は休む間もなく次の作業に誘ったりしてきたけど、つきあう僕の体力のほうがもう限界。
「あっ、でも闇討ちとかじゃなくて、決闘を申し込むつもりなんだそうです。それで勝ったら、勤務時間の変更を要求するって」
レフィアさんはきょとんとした。そうですよね、誰だってそうなりますよね……
「…どういうこと?別にそんなことしなくても、普通に要望は聞くけれど」
「彼女の癖なんです。有利な条件は戦って勝ち取るもんだ、とも言ってましたし。喧嘩が得意ですから、単純に負けて悔しかったというのもあるかもしれません」
そこで話を切ると、やがてレフィアさんはうん、と頷いた。
「受けましょう」
「え?」
「決闘。もちろん命のやり取りはしませんけど、本当の彼女がもっと強いなら私のほうも興味があります……さっきの話とは別だから、そこは心配しないで」
……ここにもいました。喧嘩を趣味にしてる人が。
でも僕の悩みは、これで杞憂になりました。あとは二人が怪我しないでくれることと、終わったら後腐れなく仲よくしてくれることだけが心配です。
何が楽しいのか、レフィアさんはさっぱりした様子で言います。
「いつやるのかは、アメリアさんに任せます。ただし勤務時間が終わってからにしましょう。仕事に差し支えるといけませんから」
そのほうが夜型のアメリアさんは全力を出せるでしょうけど……仕事に差し支えるくらい本気でやるつもりですか?…相談する人、間違ったかも。
レフィアさんより上の人と言ったら、もうひとりしかいない。
「…喧嘩?いいじゃんやらせときなよ」
こっちはこっちで、全く関心がなかった。
「どうせ大丈夫だから……あ、念のためアメリアは次の日休暇にしとくね」
「…それはまたレフィアさんが勝つ、ということですか?」
ダイチさんは意味深に笑うと、首を横に振った。
「まあ、見てなよ」
それからの毎日は、僕にとって戦々恐々。仕事明けにレフィアさんがどこかへ行くようになって、一緒に帰っていたダイチさんも夕飯までには帰ってくるんだよー、なんて小さな子供の母親みたいな言葉をかけるようになった。闇討ちするような人じゃないことは分かってるけど、アメリアさんが時々それを尾けてるらしい。怖い。
アメリアさんが夜の街に消えていくのはいつもどおり。レフィアさんは多分トレーニング、でもアメリアさんはどこに行ってるんだろう?そういえば知らない。聞いたら教えてくれるような、普通の場所に行ってるならいいんだけど……
そして、ついに当日。アメリアさんはレフィアさんに決闘を申し込んだ。
レフィアさんから遅番の希望を訊かれて、挙手したのがアメリアさんだけだった日の夕方のこと。誰のためのルールか、どう見ても丸分かり。
レフィアさんがすんなり決闘を承諾したことも、疑いを助長したみたいで。
「てめーかパシ!言いやがったな」
「ご、ごめん」
「いい提案は受け入れます。そのほうがあなたは働けると聞いたから採用しました。もちろん、あなたの希望を確認したうえでのことだけれど」
「…貸し一つ、ってワケか。勝って取り戻す!」
「大事なことだから言っておくけれど、今後も喧嘩や仕事上の実績で貸した借りたと言うつもりはありません。必要があればする、いいですね」
「分かってるよ。これはあたしの気分的な問題だ。でも絶対、勝つ!」
ここからは僕の気分的なことですが。決闘なんて、とても見ていられませんでした。
「行くぞおりゃ―――ッ!」
「!?…前のときと全然違う」
二人が傷だらけになった時点で帰宅。エイラさん以外の皆さんは最後まで見てたらしく、次の朝に辛うじてアメリアさんが勝ったことを聞きました。その割にはレフィアさん、傷が一つもなくてピンピンしてるんですけど。
「…こういう体質なの。家族にも内緒よ」
さすがに無理があると思いましたが、黙っておきました。今頃になってヴァルハラへ避難してきたことと、何か関係があるのでしょうか。
「…う、嘘だろ……!?」
「おはよう、アメリアさん。傷の具合はどう?」
ボロボロで出勤してきた彼女が、ひどく驚いたのは言うまでもありません。




