俺、ヘイノ。今、生まれて初めての経験をしてる。
俺、ヘイノ。今、生まれて初めての経験をしてる。
何かって?そりゃ秘密だよ。とりあえず長年の努力が実ったってことだけは言っとく。
まあ、それはそれとして。一昨日から仕事を始めることになった。
笑っちゃうよな。この世の中で。働かなくても生活できるから、みんな自分のやりたいことをやってる。必需品以外は不足がちで、時間だけはあるって状態だけど。俺みたいな出会いを求める男にとっては、いいような悪いような感じ。
だって、そうだろ?働かなくてもいいから出会い探しに集中できる半面、働かなくてもいいから女性がみんな自分のコミュニティから出てこない。かといって強引に近づいてったら嫌われる。どうすればいいっての。
何か共通の趣味でも見つけろって?…俺も最初はそう考えたよ。でも実際やってみると長続きしない。俺って堪え性なかったんだな……
途方に暮れたとき、高等科の元担任が仕事の話を持ってきた。鉢植えの世話だけど、特別配給券が貰えるちゃんとしたやつだって。そんだけ条件がいいなら女の子も集まってくるかもしれないよねってんでOKした。落ち着いて考えれば、子供が大きくなって暇を持て余してるマダムとかが来る可能性もあったんだけど。
実際、いたのは見慣れた顔だけ。よりにもよって全員が同級生とか。まあそれでも?植物なんちゃら実験の責任者だっていうレフィアさんが超美人だから問題なし。黙ってて綺麗、喋ればカッコいい、笑うとカワイイ。この人、女神なの?
怒ったときも最高。気持ちは昂ってるんだけど結局「仕方ないわね」って許してくれそうな感じが最初からする。鉢の中身を落としてこぼすマルヨとそれを雑に片づけるイスモがよく叱られてて羨ましい。
基本、優しいんだろう。他人に命令したり何かをさせたりする柄じゃない、他人を期待するよりは全部自分でやろうとする……それって優しい、のか?
何にしても、繰り返すと嫌われそうだから俺はまだ鉢を落としてない。
仕事の内容は大きく二つ。毎日決められた時刻、決められた量の水やりと肥料の瓶を鉢に挿すこと。もう一つは時々奥の部屋からレフィアさんが出してくる新しい鉢を、棚の古い鉢と取り換えること。小さいのばかりだから、まあ楽な仕事だよ。
ただ問題は……部屋の真ん中を棚が占拠してるせいで、好きなときにレフィアさんを見て愛でられないこと。まあそんなときは仕事そのものをサボって、新しい出会いを探しにいく。そうすればレフィアさんが探しにきて叱ってくれるから一石二鳥。そういう日は週に一度もないから、一応特別配給券は貰えそう。俺的には全然アリ。
あんま真面目にやっても構ってくれないから、もう少し工夫が必要かな?たとえば熱出してみるとか。レフィアさんに優しく看病されたい。
それと一度くらいは、褒められてみたいよな。俺達なんかじゃ褒めるトコないのかもしれないけど、まだ見たことがない。レフィアさんデキる人だから、やっぱ基準が高いトコにあるのかな。俺には無理かな?
肥料アンプルの挿し方とか工夫してるって言ったんだけど、まず言われたとおりやってみてって困ったように笑ってた。道はかなり遠い。
今日は初めての残業だった。水の在庫が切れたのを忘れてて、午前に運ぶ指示出すのを忘れたとか。見かけによらずうっかりさんのレフィアさん。
俺以外には真面目なパシ、二人一緒にいる口実ができたイスモとマルヨが残った。エイラはいつの間にか消えてる。アメリアは力いっぱい堂々と帰った。
その結果、俺達四人だけが知ることになった。ここ植物生産研究所の、本当のボスについて。大量の水入りタンクを輸送ステーションから研究所へ荷車で運んでると、中等科くらいのガキが同じ道をついてくる。こっちは誰も住んでなかったはずなのに。
「おーいガキんちょ。こっちに何の用だ?」
「…?僕はダイチ。お兄さん達、研究所の人だよね」
この年代にしては珍しく、ガキんちょ呼ばわりしてもキレなかった。それに新しくできたばっかの研究所のことを知ってる。マジで一体どういうガキんちょだ。
「もしかしてレフィアさんの知り合い?一緒に避難してきた、とか」
マルヨが訊いた。それを見てイスモの目が据わる。ガキんちょ相手にガチ嫉妬とかヤバいだろ。こいつのほうを早くどうにかしないと。マルヨの勘は当たりだった。
「うん、一緒に来た。家は違うけど、放課後いつもこっち来てる」
「仲、いいんだねえ。別々ってことは、弟さんじゃないんだ?」
「……何だろうな。友達……とも違うか。仕事仲間、が一番近いかも」
随分と雰囲気出しながら俯いた。そういうのは十年早い……って言いたいトコだったけど、これが妙にハマってる。それと仕事仲間って言ったか?もしかしてこのガキんちょも、レフィアさんの研究を手伝ってるのかよ。
「…伝えてないのか。そういえば顔合わせも、まだだったもんね」
「やっぱりそうなんだぁ。うわぁー、うわぁー。それにしても君、ホンっト可愛いぃぃ……!…あ、わたしマルヨ。こっちは彼氏のイスモくん。カッコいいでしょ!…でね、ものは提案なんだけど……ダイちゃん♪(はぁと)って呼んでいい?」
「…他人の話、聞いてる?」
なんか大事なことを言いそうな気配、でもマルヨはいつもどおり。イスモはその殺気立った視線怖いからやめろ。パシは重労働に息も絶え絶え。
不本意だけど、ここは俺が。
「全員揃ってからでいいんじゃない?ダイチ……ダイっち?」
「……いいよもう、それで」
十三歳には見えない、ふてぶてしい溜息をついたんだ。




