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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
124/210

ヨエル=ラウタサロは、爆弾を

 ヨエル=ラウタサロは、爆弾を握りしめていた。


 それを狙った場所に放ち、爆発させて壊すのが今の彼の目的だ。火を見るのが好きとかそういうのではなくて、本当の願いはちゃんとある。


 同じ役割を振られた仲間は、何人かいた。他の全員が失敗しても、一人が成功すればいいように。失敗のときは死んでいるから――成功したときも死ぬ可能性が高いから、あまり何度も試みたくはないのだが。


 似たような編成の班は、二つの基地へ踏み込んだ主力の他にもう一つ。ヨエル達遊撃隊は、一度基地に入って再び出た自走式のミサイル発射台を攻撃するよう命じられていた。故郷のヴァルハラ以外には正直関心も薄かったが、どれがどれを狙っているか分からない。終末論にかぶれた狂信者どもは、確実に一番大きな目標を嬉々として狙う。


 当然のごとく遊撃隊に志願し、これまた空から落ちてきた従弟リクの戦果を待つ。二人は上空数千メートルに浮かぶ、巨大な浮島の出身だった。それぞれ不運な事故と空中湖に何度も受け止められるという幸運に見舞われ、地上へとやってきた。スオミ大公国生き残りのうち穏健派の助けを得てリクは浮島へ帰還、ヨエルはその援護をすることになった。


 そしてヨエルは今、二つの炎上する発射台と無事な一つの前にいる。激しく鳴りやまない銃撃の雨の中、虎の子の手榴弾を握りしめて。最終チェックを怠らない、これを雑にしていると作戦の失敗どころか実行すらできず死ぬ羽目になりかねない。


「鉄帽、よし。防弾チョッキ、よし。靴紐、よし。背嚢置いた……って水筒外すの忘れてる!?…背嚢と水筒、よし!準備できました!」


 ヨエルで最後だったらしい。自らも攻撃に参加する班長が、全員に指示を伝える。


「揃ったな。では作戦どおりだ。まず牽制チームが全員で突撃する。それからきっちり三秒後に爆破チーム。抜け駆けしたり出遅れたりするなよ。抜け駆けした奴は確実に蜂の巣だし、出遅れたらその分だけ仲間の死亡率が上がるからな」


 外れて嬉しい宝くじ、だが当たってもそれなりに満足できる宝くじ。そんなことを誰かが言い、みんなして笑った。しかしヨエルだけは、全く意味が分からなかった。彼が生まれ育った浮島には、宝くじなるものが存在しなかったからである。


「じゃあ行くぞ。牽制カウントダウンは5からだ。5、4、3、2、1。Mennä!」


「Mennä!」


「Mennä!」


 口々に同じ掛け声を叫び。逸る気持ちを抑え、同時に3、2、1、と別のカウントダウンを始める爆破チーム。次はいよいよ自分達の番――置いて逝かれた気持ちの差を埋めるように。こちらは声を揃えて叫ぶ。


「「「「「Mennä!」」」」」


 しかし飛び出す先はバラバラ。そうしないと一網打尽にされてしまう。


 読まれていたのかもしれない。爆破チームの誰かが撃たれて倒れ、二呼吸後に自爆した。仲間はどうせ近くにいないから、虎の子を拾ってくれる後続もいないから……そう思うと、目晦ましでも多少怯ませられれば。そいつは一番、肩がいい奴だった。


「くそっ」


 遠ければ届かないし、近づきすぎても投げる前に殺られる。かといって、慎重に考えている時間などない。牽制チームがいるうちに、そもそも弾道ミサイルの発射準備が調ってしまったら。思考の袋小路――だからこそ、この作戦ではなかったか。


 怯える足を叱咤して突き進む、あえて仲間の様子は顧みない。二番目に肩がいいと言われたヨエルは、彼にとって一番幸先のいい言葉――否、名前を叫んだ。


「ヘリュ―――――――っ!」


 全身に力が漲り、爆弾から手を放すタイミングも完璧。無論、ピンを抜くのも忘れていない。これを忘れたら完璧に無駄だ。一挙手一投足が練習どおり、結果はそれ以上と言えるだろう。一番に死んだ一番の奴がいなければエースだ何だと、過剰なリップサービスを受けた使い道がないヨエルの才能。球技なんて贅沢なもの、彼は知らない。


 発射台も周りにいた兵士達も、木っ端微塵になっていた。ヨエルのファーストヒットが成功し、二発目と三発目を抵抗なく直撃させられたことも大きい。


 四発目はなかった。そして爆破チームの生存者は二人、牽制チームも二人。二発目か三発目を当てた片方は、死なば諸共だったらしい。班長の姿も見当たらなかった。


 近くに敵の姿はない。しかし、いつどこから現れるか。元は訓練を受けた正規軍人達、国の形が崩れても心を失わなかった彼らは『勝って兜の緒を締める』。そもそも戦いはこれからなのだ――豊かな文明を取り戻す、人類の未来を背負う彼らの戦いは。


「よし、退くぞ!散開して近いほうのミサイル基地周辺へ移動。なるべく戦闘は回避、本隊へ発射台破壊成功の報を届けること。ワカレっ!」


 指揮を引き継いだ最先任下士官の命令に従い、各員森の中へ散る。その間、爆破成功から僅か13秒。実に見事だった。


 仲間の姿が見えないところまで走ってきて、ヨエルは唐突に足を止めた。


 そのまま地面に寝転がる。伝令など本物の軍人に任せればいい。ヴァルハラを狙うかもしれないミサイル群を一つ破壊した、その情報を伝えても基地のミサイルを止める直接の役には立たない。彼にとっての戦いは、ある意味もう終わっていた。


 絶対やるなと言われていたこと――太陽の姿を追いかけて見つめる。暑苦しい日除けの白布を払う。すると膚が刺すように痛い。


「…十年、か」


 今朝リクと一緒に聞いた、指導者アードルフの言葉を思い出す。


 浮島に向けてマナ収束弾が発射されれば、到着するのは恐らく十年後。地上のマナ欠乏による時間速度差が、斯くもおかしな状況を生み出しているのだと。


 いずれ空に逃げ場はないから、どうにかして防ぐか撃ち落とすか。どちらも不可能に等しい――雲海を抜けて元のスピードで動き出してからの対処時間は無きに等しく、それまで浮島側はどこからミサイルが飛んでくるのか分からない。銃声を聞いてから銃弾で銃弾を撃ち落とすようなもの。


 今の世界は、その失敗を前提にしている。


 旧世紀の軍人達は、時間と距離に余裕がある大陸間弾道弾すら対処できなかった。最も高度な技術を持つ、両陣営の大国や先進国でさえ。


 絶望的な話だった。しかし……


「…ま、似たようなもんだよな。こっちも」


 暑くて払いのけた白布を、また首筋に巻く。


 これもマナ欠乏の副作用だった。天から届く光の振動が時間の不連続面で渋滞を起こし、より振動数が多い高エネルギーの光――紫外線やX線に化ける。既に大気の中を通ってきた後ゆえ、大気のフィルター作用は期待できない。


 これを浴び続けると、どうなるか。即死レベルのものもあるそうだが、幸いそこまで強力ではないらしい。とはいえ癌などを患って死ぬまでに生きられるのは十年ほど。おまけにこちらは長くじわじわと、病に苦しめられながらの最期ときている。


(楽になりたかったのかな。あいつらも)


 小川を見つけて、今やありがたみのなくなった冷たい水を一杯。


 先程戦っていた敵の、気持ちが何となく分かるような気がした。

プロットも大まかな全体しかできていません。

ここからは本当に更新が遅くなります。

ただ、ヨエルの話でないことだけは伝えておきます。

主役級の人外ふたりの顛末です。

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