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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
時の潜航者  ~第三暦28年~
120/210

即席の発着場へ行くと、

 即席の発着場へ行くと、スタッフ全員がリクを待ち構えていた。


「来たな。よろしく頼むぜ」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 総勢四人、ひとりひとりと握手を交わす。運搬担当など技術者以外も含めれば十数人はいたのだが、今残っているのはこれだけ。虎の子の重火器を運搬するため、増援の攻撃部隊に合流したという。火力が少しでも大きいに越したことはないから。


(なるほどな……)


 言われて頷きつつ、周囲を見渡す。このあたりにはまだ、様々な整備機材が無造作に置かれていた。これらを使って、もう少し何かできないか。


「上から物を落とせば……多少なら軌道を変えても」


「…おっ。こいつなんか面白そうだな」


 リクの思惑を察して、ヨエルが乱雑に積まれていた箱から透明な液体が入った瓶を引っ張り出す。やたら数が多く、使い道があれば広範な影響を及ぼせるかもしれない。


 小銃や様々な機械部品の滑りをよくするための油。引火性は低めに抑えられているが、名前に油とあるとおり火を点けたらちゃんと燃える。


「…嬉しいねえ。自分の命も分からないってのに」


 整備班チーフが鷲摑みにするのは、その油をつけて磨いたり余分を拭きとったりするのに使う襤褸布。これも実に量が多い。


「ちと待ってろよ……すぐ終わるかんな」


 四人が手分けして、何やら作業を始める。油が入っている瓶の倍ほど空のものを用意、小分けにしたら襤褸布で栓をする。上と下をそれぞれリボンのように伸ばし、下のほうは底に溜まった油と触れるようにしておく。それらの他に。


 完成した四十本全部が入る大きさのコンテナ、ワンタッチで撥ね上げられそうなバネ底。被覆付きの銅線、照明用らしきスイッチ、油を浸み込ませた糸……何を作るのか分からないが、使えるものだろう。四人の動きには迷いがない。


 パンはパン屋に任せ、リクは最後の気がかりを解しにかかる。


「ヨエル兄」


「あ?」


「ラウタサロ家と義姉さんには、このことを話そうと思ってる」


 無論、ありのままにではない。直接会ったとは言わず、地上で助けてくれた人々から間接的に話を聞いたと。浮島を攻撃しようとする連中に戦いを挑み、その後行方が分からなくなったようだ――そういうシナリオ。先に打ち上げられるリクは、ヨエルが生き残ったかどうかまで確かに自分では調べられない。


「最後まで故郷と家族のために戦おうとしてたって。そうみんなに伝えるよ」


「そんなのお前も一緒だろうが……」


 聞いたヨエルは、呆れた様子でひらひらと片手を振る。


「んなことよりさあ。もっと考えておかないとマズいことがあるだろ」


 リクが浮島に戻るのは、恐らく四年ぶりになる。新婚の妻を諦め、自分が死んだことにすると決断したときのヨエルとちょうど同じである。彼が何を言いたいのかというと。


「…修羅場になるぞ。間違いなく」


「はは。まさか」


「いや本当に。お前は変なとこで鈍いからな」


 何やら確信している様子だったが、リクの人間関係における具体的な最新事情を知らない彼が助言できるのはそこまでだった。


「……っし。できたぞ……じゃあ始めるか」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 カウントダウンは十からだった。旧世紀の宇宙ロケットはもっと多かったらしいが、リクの緊張を高めるだけゆえ短くした。発射角度も、打ち上げという言葉とはイメージが違う。直線のカタパルトで仰角30度。スキーのジャンプ台に近いかもしれない。


「……一。発射!」


 もう十分挨拶は済ませており、誰も余計な言葉を発しなかった。急激な加速がリクの内臓を背中のほうへ押しやり、それが落ち着いたときは風に耳を塞がれていた。


 眼下は森に覆われ、カムフラージュの甲斐あってヨエル達の姿は見えない。どこの国も航空戦力らしいものはほとんどなくなっているそうだから、誰に対してのものなんだよと言いたくもなるが。


「国……か」


 慣れない言い回しを、あえて口にしてみる。


 リク達で言えば、ユラネシアがそうなのだろう。浮島ごとの独立性は強いが、結局のところまとまっていた。どこも単独では生産力が足りないからだろう。最も大きいヴァルハラでさえ、全ての品目を押さえているわけではなかった。


 浮島生まれのリク達はこうだが、一方で地上から避難してきた世代は。学校で歴史を教える教員が、今でも自分はスオミの国民だと話していたのを思い出す。あの先生は幾つになってしまったろうか。まだ存命なのだろうか。そして……


(……ウルスラ。13歳のはずだったけど……)


 地上に滞在したのは二日足らず。浮島時間にしておよそ四年、たぶん15歳になっているはずだ。もしかしたら16歳の記念日直前。最後に会ったのは11歳だから、今度こそ本当に気づけないかも。万一そんなことにでもなったら。


(嫌われるな。決定的に)


 ぶるり、と大きく身震いする。その寒気は、リクに緊張感を思い出させた。航路の変更が計算どおり行われ、あっという間にミサイル基地上空へ到達したことを知らせる。


 牽制の対空砲火を、かろうじてかわす。狙ったものではない。今は半年前から続く戦時下ゆえ、味方の識別信号がないものを自動的に撃っただけ。


 ここからは一部マニュアル操縦だ。自分で攻撃を見切り、適切な場所へ『荷物』を届けなければならない。最も大きな効果が得られそうな場所に。


 それが終わったら、パイロットの手動切り替えで再度打ち上げ用のオート操縦に戻す。浮島の高度まで上昇し、ユラネシアの識別を発信しながら港へ着陸する。


「見えた。あれだ」


 出発前に見た図面のとおり、基地を囲む四角い壁。地上からでは視線も通らず、配置を変えられていたら見当違いのところに戦力を集中してしまう惧れが。リクの支援攻撃は、目標の位置を明らかにするためのものでもあった。


 固定式の位置については、図面で最初から分かっている。リクが探すべきは移動式。長さ8m以上で翼がついていないミサイルを載せた車両、とのことだったが。


(どういうことだ……!?)


 見当たらない。偵察隊員の話では、この基地に運び込まれるのを見たそうだ。あるいは点検のためにそうしただけで、この短時間にまた持ち出したのか。移動式の利点は、撃つ場所を直前まで隠せること。その使い方は正しい。


 鬱蒼と繁る森は、格好の隠れ蓑だ。これなら地上を探したほうが効率的。飛行艇の機動力を活かしつつ、しっかり観察も行う。そのための選択肢はひとつ。


 飛行艇の高度を下げ、木々の梢すれすれを飛ぶ。リクの技量では危険だったが、やむを得ない。燃料の残量的に、支援活動を行えるのは七分。その間に弾道ミサイルの発射台を見つけ、火炎瓶をバラ撒き、戦場を離脱しなくてはならない。


「ひ、飛行艇だ!墜とせ!」


 生身の声も聞こえるようになってくる。この飛行艇に普通の機銃などは積まれていない。人を撃たなくてよいのが、せめてもの救いだった。

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