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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
時の潜航者  ~第三暦28年~
118/210

飛行艇一号機も、

 飛行艇一号機も、外国製の化学式だった。敵から鹵獲した年代物で、そのパイロットに選ばれたのがウルスラの父アキ=ユハナである。


 歴戦のエースである彼が、メッセンジャーとして浮島へ向かったこと。誰も危険はないと思っていたこと、それゆえ子供ならもう一人乗せられると考えたこと……


 赤子以外で、一番軽く幼いウルスラが選ばれたのは必然だった。アキの娘であることも、母親のウルプがその時点では生死不明だったことも関係していよう。


 ところが事態は急変した。過激派がロケット砲で飛行艇を攻撃したのである。


 外国製だったことが災いしたのかもしれない。このとき使った製造元のライン連合王国は、スオミ大公国の旧宗主国でありながら魔導連合を離れて科学枢軸についた。既に航空機自体が珍しく、敵味方の識別信号を受信する設備もほぼなくなっていることから、横着してしまった油断が招いた事故だった。今も過激派側からの謝罪などない。


 しかしどういうわけか、飛行艇一号機の残骸は見つからなかった。アキとウルスラは死んでいて、それに触れられないよう過激派が隠匿しているのではとの噂も流れたが根拠はない。結局うやむやになり、両派のわだかまりが深まってこの件は終わった。


 ここから先は、半ば想像になる。誰も当事者からは聞いていない。


 まずアキ=ユハナは死んだ。ウルスラが浮島に辿り着いたところをみると、砲撃で直接殺されたのではない。とはいえ普通に着陸できていたら無事だったろうし、墜落または不時着などの危険なものだったはず。恐らく彼は、その時点で命を落とした。


 当然、現場は大騒ぎになる。その混乱に紛れて、小さなウルスラは見落とされた。意識があって逃げだしたか、それとも気を失って冷たい路地に投げ出されたか。いずれにせよ普通の子供だ。見つけた時点で飛行艇に乗っていなければ、誰も気に留めない。


 この事故のことは、先に軍に入っていたヨエルが多少なりとも知っていた。住宅街への不時着は深夜、最初は訓練生も駆り出されたもののすぐ帰投を命じられた。そして翌朝の現場には何もなく、この件は文明遺産の実験事故と公表された。無人の浮島から革新的な技術の発見が相次いでおり、表立って疑問に思う者はいなかった。


「そういうことだったのか……」


 リクは、ウルスラと初めて話したときのことを思い出す。


 ウルスラは、父親を待っていると言った。また母親はいないとも。


 父親の遺体を見なかったのかもしれない。そして忘れるほど顔を見なかった母親は、六歳の子供にとって最初からいないも同じだったと。


 掃除用具をはじめとした、浮島の水を使わない日用品に対する戸惑い。技術遺産の整備場で焼け焦げた飛行艇の修理を見たとき、ウルスラは確かに息を呑んだ。それらのことに気づいた者がいれば、ますます納得がいったろう。


 ヴァルハラの戸籍もなかった。あのときは単純に他の浮島から来たのだろう、くらいに考えていた。よくあることだったのと、リクのほうがウルスラの昔に触れるのを過度に恐れていたことが原因である。幼い子供の心を傷つけまいとして。


 本人に訊ねたわけではないゆえ、正確なところは分からない。ただ何となく、そうだったのだろうと。三人の知っていることをまとめると、そんなふうに思えた。


「…あの子は生きていたんですね。それだけでも、よかった……」


 ウルプは飛行艇を操縦できない。子供ではないゆえ、リクに便乗してゆくこともできない。あるいは一生会えないだろう。そして娘は親の歳を追い抜き、この世から消えてゆく。いや、たとえそうなのだとしても。ウルプは深い感謝をリクに伝えた。


「ウルスラを助けてくださって、ありがとうございます。それと御迷惑でなければ……これからも娘を、よろしくお願いします」


 帰る理由ができてしまった。そのことを負担に思わない、むしろ喜ぶ自分がいる。


「分かりました。あなたのことは、必ずウルスラに伝えます」

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