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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
時の潜航者  ~第三暦28年~
114/210

「おい、起きろ」

「おい、起きろ」


「…ん……」


 カイとソラの寝言や鼾に悩まされず眠れたリクの目覚めは、硬い地面と頬に触れる金属の棒だった。


 薄目を開けて、それが何なのか確かめる――知らないものだが見覚えはある。取水筒の名前の元になったもの、『銃』。人に向けて撃つための、脅して言うことを聞かせるか場合によっては……殺して、自分がすることの邪魔をできないようにさせるもの。


 言葉を話すのも、こんな道具を使うのも人以外にはあり得ない。


「…いや。身体を起こすな……頭の後ろに両手を回せ。腹這いに伏せろ」


 状況が分からないまま、とりあえず命令に従う。鍛えているが、別にリクは戦闘が得意ではない。敵らしい敵がいないうえ、主な任務は時間遅滞空域の水資源探索。軍の所属とはいえ、そのあたり旧世紀の軍人と事情が異なる。


(何者だ?)


 普通に考えれば、このあたりに住んでいたのだろう。完全な時間停止を免れたところには、運よく生き延びた人がいるのかも。ただ……それにしては場慣れしているような。浮島にも警察はあるが、ここまで標準化された集団行動はできなかったと思う。


「質問に答えろ。回答は我々が指示しないかぎり『はい』か『いいえ』で行え。沈黙は認めない。他の言葉を口にしたら撃つ」


 どちらでもない回答だったら、どうするのだ――そう訊いた途端、撃たれそうな雰囲気だった。リクの命は、彼らの質問能力にかかっている。


「最初の質問だ。お前は、どこから来た。地名を答えろ」


 いきなりの例外である。しかし、これは正直に答えてよいものか。


「……………」


「沈黙は認めないと言った。次は当てる」


 轟音と共にリクの頭の近くが爆ぜた。見えないが、威嚇射撃されたのだと理解する。


「…ヴァルハラだ」


「ふざけるのもいい加減にしろ。お前は死人のエインフェリアだとでもいうのか」


「??…意味が分からない。地名を答えろというから、答えただけだ」


「不規則な質問をするな。余計な情報を与える必要はない」


 リーダーらしき男の声が、質問した男を制止する。任せられないと思ったか、あるいはリクが普通ではないと思ったか。次はリーダーが質問に立つ。


「お前の名を教えてくれ。ファースト、ファミリーの順だ」


「リク=ハラッカ」


「スオミ系か。故郷はどこだ」


「ヴァルハラだ」


「それは、この地上にあるものか?」


「いいや」


「言いかたを変えよう。この世にあるものか?」


「……ああ」


「そのうえで、もう一度訊く。それは地上にあるものか?」


「……………」


 部下達が無言で小銃を構える。リクは大きく溜息をついた。


「…ない。ヴァルハラは、浮島都市だ……」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 襲撃者達の間に動揺が走る。そのことにリクは驚く。


(どういうことだ?地上に残された人々は、伝手がなくて浮島に逃げられなかったわけじゃなかったのか?)


 知っていたうえで、逃げられなかった。逃げ込もうとしたが追い返された。既に国は機能しておらず、駐留部隊の司令官は軍関係者とその縁者のみ受け容れを認めた。全ては混乱を回避するためと、浮島を円滑に統治するため。そう教わっている。


 大多数の人々には、存在自体知らされなかった?ならば何故、外国人のブラント親方は助かった。優秀な個人を積極的に拾う暇などなかったはず。それに汚水処理技師が必要なら、自国民の原種人類で十分賄えたろう。


 彼らも浮島の存在自体は知っていた。何か別のことに動揺している。


「静まれ」


 リーダーが恫喝する。しかしなかなか収まりそうもない。それを見た男は、いきなり自らの小銃を振り上げる。


「黙れ!貴様ら!」


 最初はまた威嚇射撃かと思った。しかし血を噴いて斃れる男を見たリクは、それが間違いだったことに気づく。


 撃たれた。殺されたのだ。皆同じことをしていたのに、不安や疑問を口にしただけで。彼である必要はなかった。たまたま彼だった。自分の部下を容赦なく撃ち殺したこの男は、そういう理不尽さを頓着しない。


 雑音がぴたりと止む。そのやり方を批判する声はなく、またリーダーのほうも自分の威圧に恐れをなすことが心地よいとすら感じていない。それは当然のことなのだと。


 人間のやることとは思えなかった。忖度とコネの蔓延るヴァルハラが、いかに人情味溢れる場所だったか思い知らされる。況してやリクは、浮島の情報を持っている。ただでさえ危険なのに、この集団に捕まって無事でいられるとは思えない。


「今こいつが喋ったことは、他の連中には他言無用だ」


 どうやら他にも仲間がいるようだ。理由は先程の状況を見れば明らか。


「…連れていけ」


 左右から強引に引き立てられた。抵抗したいが、危険なことは解っている。ひとまず大人しくついていって、夜更けに隙を見て逃げだすか。リーダーの男は無理でも、他の人間なら話をして情報収集する余地があるかもしれない。


 ここで初めて、襲撃者達の姿を観察する。草臥れてはいるものの、全員同じような服装をしていた。半ば予想したとおり、元々軍隊だったのだろう。その意味では、地上でも浮島と同じことが起きている。終末時点の軍編成が、そのまま統治機構に。


(…それにしては横暴すぎるような気もするけど……?)


 リーダーの男の振る舞いだ。命令違反したからといって即座に射殺は異常。


 ついでに顔を見ておこうと思ったが、それはできなかった。すぐ目隠しをされたからである。普通は敵に拠点の位置を知られたくない。まあ当然の措置だった。


 ここではたと、リクは気がつく。


(…こいつらに『敵』がいるってことなのか……?)

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