こういうときは、しっかり
こういうときは、しっかり泣いたほうがいい。聞きかじりの知識に基づいて、ウルスラが落ち着くのをカイとソラは気長に待った。
「……すみません」
「大丈夫。それでウルスラちゃんは、これからどうしたい?」
漠然とした問いかけだった。
リク本人がいない以上、彼の養子になることはできない。学校に通っている以上、戸籍は回復した。水の配給を受けられないのは、未成年が世帯主になれないから。リクの場合、死亡認定を拒める同居家族もいない。いずれ嗜好品の配給券も途絶えるだろう。
ウルスラは決断しなければならなかった。養護院に入り、国の保護下で生活の面倒をみてもらうか。このままここにいて、何か別の仕事をしながら糊口を凌ぐか。
後者は当然、怪しげなものになるだろう。大した稼ぎにならない雑用ならまだよく、後ろ暗い家業に手を染めさせられる危険性が高い。
そこで呼び鈴がピンポンと鳴る。大切な相談に入れられた横槍を、むしろ三人は歓迎した。どうしても重くなるうえ、これといった解決策の持ち合わせもなく。いっそどちらかの養子に――玉砕覚悟の提案をするべきか思い詰めていたところ。
「…おう。ちょいと邪魔するぜ」
「あ……どうも」
訪ねてきたのは、浄水塔の親方だった。
あれから何度も見学しているウルスラだが、浄水塔以外で会うのは初めて。行くとすぐ地下にこもり、技術の基礎となるいろんな知識を教わっている。そもそも彼が外に出ること自体、もしかしたら珍しいことなのかもしれない。
そのブラント親方が、わざわざ他人の家を訪ねてくる。まずもって只事ではない――もしかしなくとも、今話題にしていたことと関わりがある。
「なんだお前ら。子供が弱ってるのをいいことに、家まで上がり込む痴れ者か」
「「ちょっ」」
カイとソラを見るなり、警戒心も露わに呟く。藪から棒に言われた二人はドワーフ親父の存在感に気圧されてしまい、否定の意思を輪唱するのがやっと。自分の隣に座らせつつ、ウルスラが誤解を取りなす。
「違いますよ親方。お二人は潜航士でリクの友達。湖に落ちて帰れなくなったことを、わざわざ伝えにきてくれたんです」
「ああ……その話は俺も聞いた。それで今日はここに来たんだ」
耳が早い。何かしら遠征隊と繋がりがあるのだろう。分野は違えど技術屋同士、機材の調達や同じ現場に入ったことなど。これまでにも時々、市内の水管工事や空母の貯留槽を担当しているらしい技師が訪ねてきたのを見たことがある。
原種の人々からも信頼厚い親方は、またしても藪から棒に言い放った。
「ウルスラよ。お前さん、俺の養子になる気はねえか」
唐突な申し出に、ウルスラは反応できない。それも織り込み済みだったのだろう、ブラント親方が更に言葉を続ける。
「といっても形だけだ。今までどおり、この家に住んでくれて構わん。俺の世帯に食い扶持が増える分を、お前さんが使う。どうだ」
ウルスラがリクのアパートに住んでいることは役所へ届けてある。問題なく住み続けられるはず。いずれは時効取得さえ可能かもしれない。
「い、いやいやいや!待てってオッサン!」
「そうですよ。いきなり何言ってんですか」
「…あぁ?」
最初のときより厳しい視線をお返しする。話の邪魔をするなら叩き出すぞ――そんな意思が感じられる態度は、もはや敵意と言ってよい。
「この子は、俺の弟子だ。外野に文句は言わせねえ。ドワーフが原種の人間を養子にできねえなんて、そんな決まりはねえだろう」
少なくとも、人類が地上にいた頃の世界ではそうだった。新中海戦争の前ならいざ知らず、人種差別が忌むべきものだと認められた終末戦争の直前には。ヴァルハラを含むユラネシア共和国の法は、スオミ大公国の体系を受け継いでいる。
「……考えさせてください」
「おう。だが、あまり時間はねえんだろ。潜航士の兄さん達よ」
今度は普通に振られたが、慌てて何度も首を縦に振る。
「…リクには同居家族がいないことになってます。簡単には捜索できない場所だから、持って半年。早ければ……三か月で殉職認定されると思う」
「だそうだ。気持ちの整理をつけろとは言わん。が、できるだけ早く来い」
全部背負うと覚悟したからこその、一方的に決めつけるような物言いだった。




