リク達ライオネルのクルーにとって、
リク達ライオネルのクルーにとって、三度目の遠征は順調だった。
さすがに慣れてきたからだろう。期待された艦長の栄転もなく、上から下まで同じメンバーが二度の現場で得た経験をこなれた意思疎通で発揮する。
一番艦から三番艦までの経験を共有できたことも大きい。他の部隊の体験談を自らの体験と突き合わせることで咀嚼し、深いレベルで吸収できる。それは四番艦のライオネルだけでなく、一番艦セレスティア、二番艦アト、三番艦アルフレッドも同じだった。
今回の帰還は、予定より二日ほど早い。
艦内時間の二日である。元々一か月間の遠征ゆえ、それが浮島時間に置き換えられると、どうなるか。雲海面に近いところはマナ濃度の差が少ないゆえ比較は難しいが、単純計算なら十五分の一。浮島時間では二年のところ、一月半も早いことになる。
「シャバだ♪シャバダ~♪シャバダバドゥ~♪」
「ひと月早いぞシャバダバドゥ~♪イェー!」
カイとソラは、朝からこんな調子である。一度目の遠征で営倉入りを喰らって懲りたはずなのだが。また同じ羽目になるからいい加減にしろと忠告しようとした矢先。
「ほう……随分と元気がいいのだな?カイ=アホカス及びソラ=エロマー両一等潜航士」
ギギギギギ、と音がしそうな仕草で振り返る二人。そこには、いつもどおり眼光鋭い中隊長のブッチョウヅラが。
「どうやら、まだ働き足りなかったとみえる。何なら今からでもお前達だけ、鳥籠で地上観測の非公式先行試験に立候補するか?」
ぶんぶんぶんぶんっ、と直立不動の姿勢で首を振るカイとソラ。それを見届けると肩越しにリクを見やる。溜息が混じるのはやむを得まい。
「…羽目を外さんよう、お前が見とけ。次は営倉入りだぞ」
「はい」
挙手の礼で見送った。
顔を見合わせるカイとソラ。普通ならもう、ここで雷が落ちている。助かったと安堵の溜息をつく二人、しかしながら意外そうな色はない。
「…ふぅ。やっぱあの噂、本当だったのか」
「ああ……マジで命拾いしたぜ。まだ見ぬ誰かさんに感謝だな」
「どういうことだ?」
「孫ができたらしい。帰る頃には一歳なんだってさ」
最初の遠征が始まったとき十六歳だった娘が、帰ってきたら結婚していた。
二度目に帰ってきたときは孫を身ごもっていた。これが主観で二か月前。
そして三度目。今回帰るときには、もう生まれて名前もつけられているはずだ。
中隊長は今、三十二歳。結婚した娘は二十歳のときの子供だ。物心ついてから浮島に避難した世代であり、浮島から垂直降下していた初期の潜航士であり、若くして孫を持つ最初の『置き去り世代』でもあった。
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港に到着した。やはり他の艦も含めて十度目ともなると、住民達の感慨も薄れてくる。しかしクルー達にしてみれば最初の遠征から半年やそこら。その感覚差は、いかんともしがたい認識の差として重くのしかかる。
めでたく営倉入りを免れたカイが、甲板に顔を出すなりぼやいてみせた。
「やーっぱり、こんなもんだよねえ」
続いて上がったソラも、無言で肩を竦める。
人がまばらなのだ。出迎えているのはクルーの家族くらいだろう。親しい友人などもいるのかもしれないが、二年に十数日だけ会える他人と気の置けない関係を維持できるのかは疑問が残る。
安全な航海が続けば、それこそ家族でさえ来なくなる。旧時代の人々には、かつての単身赴任みたいな感覚と言えば分かりやすいだろうか。案の定、カイとソラの家族は来ていない。こんなところにも捨て猫は生まれている。
「ジジババのしょぼくれた顔なんか見てもつまらねえからな。噂に聞くウルスラちゃんの御尊顔でも愛でるとしようぜ」
「賛成~。麗しのお姫様は、どちらにいらっしゃるのかな?」
やれやれと嘆息しつつ、リクも明るい金髪の女の子を探す。
ほんの一瞬だが、ウルスラはカイとソラに会ったことがある。前回の遠征から帰ってきたときだ。人見知りだったゆえ心配したけれども、今回は大丈夫だろう。
(カイとソラをどう紹介する?)
一般的には、友人だろう。しかし一緒に遊んだこともなく、それほど古い付き合いでもない。向こうのことは勝手に話すから結構知っているが、自分のことはあまり話していない。そんなものを友人とは呼べまい。
(なら、戦友か?)
戦っているわけではないゆえ正しくないが。何となく、それが一番しっくりきた。危ない仕事を一緒に潜り抜けた仲間。浮島に帰れば別行動だが、信頼している。次から違う相手と組めなんて言われれば、少なからず困惑してしまう程度には。
いろいろ考えごとをしてしまった。しかし、これで準備万端である。そろそろウルスラを見つけて帰ろう。いよいよ捜索に本腰を入れたのだが。
「…いないぞ、リク」
「まさかウルスラちゃん、来てないのか?」
「……………」
予想外だった。だがよく考えれば、知らないという可能性も。ヴァルハラに前倒しの帰還を通知したのは二時間前だった――それも浮島時間のである。マナ濃度が低いところから発信しても、遅滞が発生して大差なくなる。学校にいるなら1250時は早い。
「…だな。早引きできるとは限らねえし」
「今日は帰るか。さすがに疲れてるしな……」
二人とも言いながら欠伸。こういうところは、息が合っているというか何というか。
「悪いな。俺はもう少しだけ、待ってみるよ」
「ああ。無理すんなよ」
「じゃあ、またな」
十分ほど待ってみた。が、元より根拠あってのことではない。早々に切り上げ、自分のアパートへ向かうリクだった。




