ウルスラの二つめの希望は、
ウルスラの二つめの希望は、『変わったところ』。一つめの希望が『見晴らしのいいところ』で浄水塔、地下の透明ドームから見た雲海は最高だった。
浮島のことに詳しくなく、趣味人でもないリクが次に連れてきたのは市街地整備局。組織上は政庁の管轄だが、浮島中央にあるシティホールの中にはない。やや外れのほう――具体的には飛行艇発着場の隣に置かれている。ここから軍の港へも、同じように近い。
そのような場所にあるのは、市街地整備局の担う業務内容に理由がある。その名のとおり市街地を整備することだが、ここが浮島であることにより特殊な事情が発生する。
特殊な事情とは、古代の技術遺産。それらを調査することはもちろん、使えるものは使う。動かせるものは必要な場所で、動かせないものは何とかそのまま活用できないか検討することも役割のひとつ。局の施設は、技術遺産がよく出る区画と近い。
事務所に併設された屋外の作業場では、大勢の技術者達が何やら分解したり直したりしていた。雨が降らない浮島では、濡れて錆びる心配もない。現在の工場では造れない電子機器やロボット、地上の鉱物資源がなければ造れない電気設備や自動車など様々。ヒトが地上を失った直接の原因であるマナ工学製品、それだけはさすがに見つからなかったが。
ここにあるのは、全て機密指定を解除されたもの。いろいろザルな世の中でも、知れ渡ってよいものとよくないものはある。それこそマナ工学製品は、今なお機密に含まれる。浮島が浮いていられる技術などは、秘中の秘と言えるだろう。
作業場はフェンスで囲まれ、部外者は一応入れないようになっている。外から作業を眺めつつ、分かる範囲で説明する。潜航中に自分で応急処置するときもあるため、機械のことはひととおり習っている。
「ほとんど明かり、だね」
「ああ。あまり面白くないか?」
「ううん。そんなことないよ」
技術遺産の整備場は、残念ながらウルスラのお気に召さなかったらしい。まあ理解できる――ここに並ぶ機械達は、どれも街中で見かけるものばかり。何か珍しいものが来ていれば、結果は大きく違ったのだろうが……
金属が触れあう。モーターが回る。そういう音に溢れていても静かだった。二人の他には、同じようにフェンスの手前で佇む老人がひとり。
忙しそうに働く様子を、笑顔で見守るウルスラ。浄化塔ほど惹かれなくとも、退屈はしていないようだ。効率よく次々こなすのが小気味よいのかもしれない。
軽い金属の連続音がして、三人ともそちらのほうを見た。倉庫の閉じていたシャッターを開けたらしい。四人がかりで何やら機械を出してくる。
大きさは自動車くらいあるが、車輪は小さく走るのに向いてなさそう。化学式エンジンがついている、というよりエンジンに座席や他の部品がついている。乗らない者からはエンジンに乗っていると茶化される二輪バイクでも、ここまでのオマケ感はないだろう。
(あれは……飛行艇?)
かつて地上にあった国の軍用機で、どの浮島からも見つかっている。リクはもちろん、街へ出かけるウルスラも知っているはずだ。とはいえ整備となると珍しく、何か変わったものが見られるかもしれない。
ところが、変わっているのは予想もしない部分だった。
その飛行艇は、外装が焼け焦げていたのである。乗っているだけなら、事故を起こしてもこんなふうにはならない。首を傾げるリクは何があればそうなるのか、また息を吞む隣の気配にも気づかない。
リクが思い浮かべる危険は、時間の不連続面や水に関すること。人が乗っている機械に火をつける?焦げただけではなく凹んだりしているところをみると、力学的な圧も加わっているようだ。とすると爆発、空を飛ぶ乗り物で……?
そんなことがあれば大惨事になっている。被害は飛行艇と、その乗員だけでは済まない。たとえばどこかに墜落したら、付近は瓦礫の山になったはずだ。
しかし、そんなニュースは聞いたことがない。遠征に出ている間のことも、ウルスラを変な場所へ連れてゆかないよう事前に調べた。
唯一それらしい話は、二年前に街はずれであったという文明遺産の実験事故。管轄の違うリクは関わらなかったが、幸い人的被害は出なかったと聞く。
思索に耽るリクの腕を、小さな手が引っ張る。
「…そろそろ行こ。わたし、お腹すいちゃった」
ウルスラ姫第三の御要望は『静かなところ』。中央公園でお弁当を食べる。
とりとめもない会話をする二人。ウルスラは先程見た飛行艇のことを話題にせず、リクが養子縁組のことで探りを入れたりもしなかった。




