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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
65/65

【最終話】月の光

(1)


 

 お華は、日々、妹芸者の世話などをしながら過ごしている。

お手先も引退し、御座敷も身を退いているから、さしたる事も無く、毎日を過ごしていた。

 あとは、子供達の行く末と言うところである。

 長男、敏次郎は、優斎について医者修行をしているから、それ程の心配は無いが、後は八重の事だった。

 八重は芸者の道を、「私には合わない」の一言で、屋敷で家事などやりながら過ごしている。

 お華は、

「あんた、これからどうすんの!」

 と、我が娘だから遠慮無く言うのだが、母親に似たのか、

「さぁ~」

 何処吹く風である。


 一方の、おさよの息子は、前述の通り警察官だし、七重に至っては、自分の義量と、何と言っても「葛飾応為の弟子」といった看板が大きく、現在の東京芸大、

その頃は東京芸術学校という所で、講師の仕事を任されている。

 もっとも八重は、警察官の信吉と結婚しているから、余計な事をしなければ、

二人で充分に暮らして行ける。

 あとはお春。

 ただ、こちらは和宮の下で働いているから、一応の安心をしている。


 さてお華、時代も明治、五年ほどにもなると、もう昔の様に体も動かず、今や優斎と老夫婦となりあり、静かに暮らしている。

 優斎は、明治6年の設立に向けて、日本初めての病院と言われる、博愛舎病院

(後の順天堂医院)の設立に打ち込んでいる。

 


 だがそうなると、お華は暇である。

 日頃、八重を引き連れ、散歩している。

 無論、時代が変わったからと言って、世の中平穏になったなどとは言えない。

 今度は、別の方向からの武士の反抗が始まっている。

 そう、お華が以前、大村益次郎に言った通りの事が起こり始めてしまったのだ。

 ところが、大村は明治二年、京都にて暗殺されてしまった。

 お華の言った、身内、元長州藩の攘夷派、神代直人なる者達によって暗殺されてしまったのだ。

 お華もそれを聞き、(いわんこっちゃない)と思った事は当然である。

 

 その日、お華は足を伸ばし、護持院が原で腰掛けを見つけ、八重と二人で、休憩した時の事。

 何やら後ろで、コンコンと木を叩く音が聞こえたので、何気なくそちらの方を見ると、一人の警察官が、木に吊した板らしき物に向かって、木刀で突きの稽古をしていた。

 お華はそれを暫く眺めていて、

「ふ~ん」

 と、その男と、その技量を優しい目で見詰めていた。


 するとお華は、なにやら心の中があの頃の様な気分になり、立ち上がった。

 

 勿論、八重が「なんだ?」とそちらに振り向いたら、何故か、お華が舞っている。

「これは。また~」

 と呆れた八重だったが、案の定、お華は頭の簪をスパッと吊された木板に向かい、投げ撃った。


 それは相も変わらず、見事にその板の真ん中を打ち抜いた。

 そして、一番驚いたのは、その警官であった。

 

 その警官は、即座に板に近づき、刺さっている簪を引き抜いて改めて驚愕した、

 そして、笑っているお華に走って来て、

「あなた、もしかしたら、お華さんと仰るのでは?」

 その男もいい年の男だが、嬉しそうに聞いてくる。

 しかし、その警官。

 名まで知っているものだから、今度はお華の方が驚いた。

「あれ、あたしの名前知ってるの、警官さん」

 と聞く、

 すると、その男は大きく頷き、

「簪を手裏剣にという話を昔の友から、聞いた事があるのです」

 などと言うから、一緒の腰掛けに座りながら、

「へぇ、貴方は、」

「はい。今は、藤田五郎と名乗っていますが、実は、元新撰組副長助勤をやってました斎藤一と申します」

 と、また直立して頭を下げるから、さすがにお華も笑顔になって、

「なんと、新撰組? 生き残っていたの!」

 彼は些か恥ずかしながら、

「はい。お恥ずかしいお話ですが、死に遅れてしまいました」

 これには、お華も思わぬ出会いに喜び、

「まあまあ、どうぞどうぞお掛け下さい」

 と横の腰掛けを示しながら、お華は、

「恥ずかしい事なんか無いよ。でも、あの生き残りが、警察官になってるなんて、沖田さんなんかもそうなっていれば良かったのにねぇ~」

 と笑いながら言う。

 すると斎藤は、

「その沖田ですよ。あなたの手裏剣の話を教えてくれたのは。いや~、実際の手練を見る事が出来るなんて、沖田の引き合わせかもしれません」

 それにはお華も大きく頷いて、

「そうかもね~。で、あなたは今も剣の修練を欠かさないんだ」

 斎藤は頷きながら、抜いてきた簪をお華に帰し、

「聞いた通りの手裏剣ですね。久々に恐ろしくなりましたよ」

 と二人は大笑いである。

 彼は些か笑顔で、

「えぇ、最近は各地で新政府への反乱が頻発してますので、私なども駆り出されてまして」

 それにはお華は驚き、

「え? 警察官なのに?」

 彼は頷き、

「軍隊では間に合わない様で、元新撰組ってのが便利使いされてる様で」

 お華は、厳しい顔で、

「そう。やっぱりそういう事になっちゃったんだね」

 と空を見上げる。


 そしてお華は、

「でも、さすが新撰組だっただけはあるわね。さすがの突きよ」

 そして、

「うちの甥っ子も奉行所の同心だったんだけど、今は貴方と同じ、警察官になってるわ。遇う事あったらよろしくね。ただ貴方ほど剣は強くないからさ、まあ、そのへん、面倒見てやってね」

 と笑うが、一転して厳しい顔になる。

「まさか、斎藤さん? 戊辰の借りを返そうなんて思ってる?」

 それには斎藤も笑い、

「おかしなもんですね。立場が変わるとこうなってしまうんですから」

 と言うが、お華は首を振り、

「駄目よ、そんなこと考えると、判断が鈍るわよ。貴方の剣は凄いけど、どうせ相手は鉄炮になるんだから、何処までも慎重にね。私の簪が避けられないよ思ったら、鉄炮じゃ、余計に避けられないからね」

 おお! と斎藤は唸って、

「なるほど、確かにそうでしょうね」

 しかし、お華は、

「でもね、彼奴ら鉄炮使っても、結局は攘夷の連中だから、最後はどうせ刀を抜く。貴方の出番はそこからよ。あなたにとっちゃ剣での戦いなら、何とでもなるでしょ。ただ、鉄炮は極力気を付けてね。亡くなった沖田さんや土方さんの為にも」

 それには斎藤も驚き、

「え? 副長もご存じなのですか?」

 お華は頷き、

「死んでしまう前に沖田さんの事、伝えに来たわよ。あの人は最後まで戦い通したけど、貴方は折角、生き残ったんだから、その辺気を付けて、冷静にやりなさい」

 と言われ、彼も頷いた。


(2)


 お華が予想していた通り、

  明治九年・神風連の乱

  同   ・秋月の乱

  同   ・萩の乱

 などの他、大小のいわゆる士族反乱が起こっている。


 幕府を倒したのは良いが、出来た新政府は侍達を圧迫するものになってしまった。

 後に具体化される、身分は勿論、断髪、廃刀など、彼らにしてみれば、予想外の結果になってしまった。

 しかも、国全体が西洋化してしまうなどは、とても我慢出来なかった。

 だが、そんな事は、お華そして姉小路には充分に予想出来る事だった。

 そして、江戸も終わり、みんな年を取ってしまった。

 武家の時代が終わった以上、いまさら何も出来ない。

 

 そしてそんな中、屋敷中におさよの大声が上がった。

「旦那様! どうなされたの!」

 まるで戦場にいる時の様な声だ。

 

 勿論、座敷にいたお華にもその声は届いた。

 慌てたお華は、隠居所の浩太郎の屋敷に行くと、おさよが懸命に浩太郎に声を掛けているが、彼は唸るのみで、反応が無い。

「どうしたの兄上!」

 と、おさよの側に行って同じ様に声を掛けるが、唸り声のみ。

 お華は、医療所に走り優斎を呼んだ。

 勿論、

「え! 浩太郎さんが!」

 お華と一緒に走り出す。

 おかよも、後から道具箱を持って追いかける。


 優斎が慌てて、腕を取ったり心音を聞いたりしたが、もう脈拍も減少してしまっていた。

「これは」

 と優斎は、悲しそうな声で、

「天寿の様にございます」

 この頃では、こう言うしかない。

 現代で言えば、急性心筋梗塞だと思われる。

 

 となると、この時代だから手当も限られてしまう。

 浩太郎は、途切れ途切れの息の中で、

「先生、お華……あとはたのむ」

 そして、横のおさよに、

「おまえのお陰で良い人生だったよ……」

 と言って、静かに逝ってしまった。

 お華とおさよは泣き崩れ、おさよは浩太郎の頭を抱き、更に号泣する。

 そしてお華は、涙声で、

「あとは頼むって、何よ!」

 と、悲しみだか怒りだか分からない声で叫ぶ。


 しかし、お華はキッと頭を上げ、ズッと下がり、

「兄上様、お疲れ様にございました。私の為に色々ご迷惑掛け申し訳ありませんでした。亡き父上、母上によろしくおっしゃって下さい」

 と平伏した。


 そして葬儀は、極内輪であったが、姉小路を始め、親分達、平吉や銀次、そして佐助やおみよ等も来てくれた。


 そう、これから、お華には人々との別れが続いて行く。


(3)


 浩太郎の葬儀も終わり、ようやく落ち着いて、

 この日、お華とおさよは一緒に朝食を取っていた。

 子供達も一緒である。


 さて、この頃、我が国では、

 明治二年、新政府により、四民平等と版籍奉還が公布された。

 四民平等とは、これまで士農工商と、身分が分かれていたが、今後は全て同等に扱うと言う事。

 そして、版籍奉還は、我が国各藩がこれまで所有していた土地と人民を朝廷に変換する。ということである。

 まあ、お華などに取っては、四民平等というのが身近な問題ではあるのだが、いずれの方向でもこれまでの姿勢がそう変わるものでもなく、浩太郎とお華は、旦那様とお嬢様であり、お殿様、お方様など変わらないものの、そうそう畏まらなくても良いのだから、多少気が楽になったぐらいである。


 ただ、優斎の秋月家は伊達家来でもあるので、お華は優斎に、

「ちょっと前にさぶちゃんが言ってたけど、とうとう,御家も朝廷にお返しする事になったんだね~」

 と言うと、優斎も、

「そうなんだ。まあ、私は良いけど、殿はこれから難しいお立場になるだろうな」

 するとお華は、

「でもさ、新しいお殿様は進んで承諾していたらしいじゃない」

 それには優斎も笑って、

「まあ、悪いことばかりじゃないって事だよ。これまで苦しんでいた藩の運営から、解き放たれたって言う事もあるしね」

 お華は、

「ああ、なるほどね」

 と笑う。

 すると優斎は、

「おそらく、近いうちに、藩も無くなるだろう」

 と言うからお華は驚いて、

「え? それも無くなっちゃうの?」

 優斎は笑い、

「多分、そうなると思うよ」

 

 実際、いわゆる「廃藩置県」はその二年後に発布された。

 要するに、とうとう現代と同じ体制になると言う事だ。

 

 お華は、

「そうかぁ、世の中、ドンドン変わって行くねぇ」

 優斎は頷き、

「そうさ、幕府を壊した以上、もうその方向しか残って無いだろうね。ただ、それが皆に反対無く、受け入れられるとは思えないが」

「そうね。姉様も言ってたけど、その恐れはあるだろうね……」

 おさよも頷いて、

「旦那様もそれを心配してたわよ。新之助も巻き込まれるじゃないかって」

 それには優斎も頷いて、

「さすが、お兄さん。やはり、それを見越してましたか」

 しかしお華は、

「でも、あの子は警察官、昔で言えば奉行所なのよ。それでも?」

 それには、おさよが笑い、

「何言ってるのよ、昔、長州征伐で、同心も呼ばれるかも知れないって事あったでしょ。もし、今騒がれてる薩摩あたりがそんなことしたら、充分あり得るわよ」

 それにはお華も思い出したらしい。

「そっか! 確かにそんな事あったわね。それなら、むしろ余計あり得るわね。戊辰の仇とか言ってさ」

 優斎も、

「警察も会津やら仙台、東北の連中もいるからね。充分あり有るよ」

 しかしお華は、

「でもね~。新之助だしね~」

 と言うから、母親おさよと優斎も、苦笑いだ。


 さて、そんなこと話し合っていたら、祐三郎とおかよがやって来た。

「おう、三郎、おかよさん。どうしたんだ」

 と声をかけると、祐三郎は少々苦笑いで、座敷に上がり、

 優斎とお華に向かって、

「兄上と姉さんに、お願いがあって来ました」

 と言うものだから、お華は笑って、

「おかよちゃんと喧嘩でもしたの?」

 と言うが、三郎は、

「いえいえ」

 と、二人はお互いの顔を見て、笑いながら否定し、

「今後の事で、ご相談に」

 それには優斎も、

「まあな。御家もあのような事になってしまったからな。今更、勘定方も何も無いからな」

 三郎は頷いた。

 すると、お華は、

「あれ、ちょっと聞いたけど、こんど政府で外国に視察団とか行くらしいけど、あんた呼ばれなかったの?」

 三郎は、

「ああ、岩倉視察団の話ですか」

「そうよ、そう」

 しかし、三郎は些か嫌な顔で、

「だって、小栗様を殺した連中だし、勝様は船酔いだし、とてもそんな気になれなくて…」

 それには、お華も頷かざるを得ない。

「そうね~。あん時とは違うしね」

 三郎は頷いて、

「私は遠慮しましたけど、立石斧次郎さんを推薦しときましたよ。まあ、あの人はアメリカでは有名だったし、元幕臣ですけど、マシだろうと思いましてね」

 それには優斎も頷き、

「まあ分かるが、彼もどうなんだろう。さすがに幕臣出身だし」

(トミーポルカで、アメリカで初めて有名な侍となった男)

 それには、三郎も笑ってしまう。


 するとお華は、

「で、あんたは何を言いに来たのよ」

 祐三郎は、姿勢を正し、

「実はこの程、宮城、まあ仙台に、医学所というものが出来る事になりまして、そこに呼ばれたんです」

 それにはお華も、何より医者の優斎が驚き、

「ほぉ、仙台に医学所か!」

 

 これは宮城県立医学所のことである。

 そして、これは後に、東北大学の前身である。


 しかしお華は、不思議な顔で、

「おとうさんなら分かるけどさ、あんたが医学所?」

と驚く。

 しかし、祐三郎は笑い、首を振り、


「いえ、英語教師として呼ばれたんです」

 それには優斎が、

「おう、確かに。これからは向こうの言葉が必要だからな。それは良い」

 その言葉に、お華も理解出来た様で、

「なるほど、それなら、あんたに打って付けってやつじゃない? それならお父上と母上も近くなって安心だろうし、亡くなった母上だって、ご安心でしょ。あ、でも、おかよちゃんは?」

 それには祐三郎は笑顔で、

「はい、医学所ですから、兄上に教わった看護の仕事もできますから、おかよも大喜びです」

 それには、聞いていたおさよも笑顔で大きく頷き、

「それが良いわよ。夫婦で頑張りなさいね」

 と優しく言う。

 優斎も、

「それじゃ、良いも悪いも無いよ。私にとっても、仙台で今までの教えと歴史を次の世代に伝えてくれるのなら、大賛成だ」

 お華は笑顔で、

「良かったね~さぶちゃん。あんな剣で、一時はどうなるのか心配だったけど、これで私と姉上も、ひとつ肩の荷がおりたわよ」

 と、おさよと一緒に笑う。


 こうして、元伊達藩勘定方、秋月祐三郎は、長い江戸生活を終え、妻おかよを伴い、仙台へと向かって、いや帰っていった。


(3)


 そしてまた時は流れ、

 お華の屋敷では、亡き浩太郎、内輪の七回忌が行われた。

 これには、屋敷のものは当然ながら、姉小路や、お春も、いや娘として来てくれた。

 一通りの事が終わると、みんなでお茶を飲みながら昔話を語るなど、ちょっとした宴となった。

 

 そこには当然嫡子である、新之助も来ていた。

 すると、新之助はおさよとお華の前に座り、

「母上、叔母様、お許しを頂戴したいと存じます」

 などと言うものだから、お華が真っ先に、

「戦はダメよ!」

 と機先を制して言う。

 それには新之助も若干、苦笑いしながら頭を下げる。


 これは、いよいよ薩摩の方で、不穏な動きが出ている、後に「西南戦争」と飛ばれる戦いの火の手が上げる掛けている時期だから、お華は敏感に感じたのだろう。


 しかし、新之助は、

「叔母様。何も、私が好き好んで戦にと申している訳ではございません。上の方が、警察隊として出兵準備を命じておられるのです」

 お華は驚き、

「上の方から?」

 ただ、おさよと姉小路は、小さく頷いている。

 姉小路は、

「さすがに、あれを倒すには、軍隊では足りないと思ったのだろう」

 と言い、おさよも、浩太郎の位牌に振り向きながら、

「やはり、同じ事が新之助にも起こりましたよ」

 と、悲しそうに笑顔で言う。


 しかしお華は、

「でも、いくら北辰一刀流でも新之助の腕じゃ、役に立つとは思えないんだけどね~」

 それには優斎とおさよも苦笑で頷く。

 それには当然、新之助が眉を寄せ、

「何言ってるんです、そもそもこの事は、叔母様と母上のせいですよ!」

 それにはお華が、

「何が私のせいよ!」

 と言うのだが、これにも優斎と姉小路も笑ってしまう。

 新之助は、

「叔母上と母上が、さんざん暴れて、江戸の武士を恐怖に追い込み、あの二人の息子甥なら、充分役に立つだろうって事から始まってるんですよ!」

 これには、他の者達も大笑いである。

 さすがにそう言われてしまうと、お華もおさよも言い返す言葉が無く、頭を抱える。


 すると優斎が頷き、

「今は、もう刀、弓いや簪の時代ではなく、鉄炮・大砲の時代ですからね。剣術が上手と言う事は、あまり意味が無くなってしまったんですよ」

 それには、お華とおさよは、ますます項垂れる。

 すると姉小路が、

「そうそう、もう鉄砲の撃ち手がいるかどうか次第と言う訳じゃな」

「左様にございます。後は、全体の指揮が出来る冷静さが有るかどうか、と言うことでしょう」


 それにはお華が、

「この子にそんな事、出来るかしら~」

 と、さすがに、おさよとお春は不安な顔だ。

 すると優斎は、

「これこそ、奉行所の経験が役立つんじゃないんでしょうか。兄上もそうでしたけど、危険な時はすべての町人を逃がすとか、新之助さんも手伝ってたでしょ。あの感覚を忘れていなければ、充分役に立つと思いますよ」

 これには、おさよが笑みを浮かべ、

「旦那様の教えですか…」

 と、なにやら嬉しそうだ。

 お華は、天井を見上げ、

「まあ兄上は、そういう事はしっかりしてたからね。そうであればいいんだけど…」

しかし、お華は何かを思い出し、

「そうそうそういや、この前、藤田さんという警察官に会ったわよ」

 それには新之助が、

「藤田ですか?」

 お華は頷き、

「藤田と言うのは今の名前、この人元々、あの新撰組の生き残りでね、斎藤一と言う人よ」

 それには優斎も驚く。

「あの頃、何とかの乱だとか、そういう事に駆り出されてると言って。まさか、奉行所出身のあんたまでは、と思っていたけど、やっぱりそうなったかぁ」

 それには新之助も初めて聞いたので、少々驚き、

「新撰組の生き残りが、居るのですか」

「何でも、新撰組だけじゃ無く、会津兵の生き残りもいるらしいよ。まあ、あんたも奉行所で警察官だから、よろしくねと言っといたけど、本当にそうなっちゃったとはね」

 すると、お華は、

「ただね」

 とお華はお茶を一口。そして、


「私と姉上が、武芸を亡き父から教わったのは、自分の命は自分で守らないといけないため。新之助や敏次郎、お春や七重八重にも、特に厳しく言っていなかったはず。まあ、新之助やお春は、仕事が仕事だからね。多少、厳しく言ったけど、それも初歩の初歩」

 おさよも、頷き、

「確かにね。旦那様もそちらの跡を継げとは言わなかったわね」

 お華は笑い、

「まあ、今となれば警察署や交番なんかも出来たし、私達の武芸はそれほど必要無くなったから、大丈夫だとは思っていたけど」

 しかし、新之助は、

「でも、戦も起きそうだし……」

 と言うと、お華は頷き、

「そこが一番の問題よ。お父さんの言う通り、昔と違って今は、刀槍、弓の時代じゃないし、どれだけ冷静で居られるかって事なんだろうね」

 新之助は眉を顰め、

「でも、相手は薩摩ですよ。そんな事で間に合うんですか?」

 お華と優斎は微笑む。

 そしてお華が、

「あんたも昔、あいつらが襲って来たのを見たでしょ? 結局、彼奴らも最後は刀なのよ。だから基本は、徹底的に鉄炮・大砲で足止めする。その内、業を煮やして抜刀する。でも、そこで同じ様に刀を抜いたら負けよ」

 するとおさよが、

「あの人達の剣は、何処までも一の太刀。これさえ気を付ければ大丈夫よ」

 今度は優斎も、

「そうですね。ただ、一の太刀を刀で受けようとしたらダメです。おそらく、それまでに負傷してるか、疲労してるので、とにかく最初の一振りに全てを掛けるはずですからね。それさえ避ける事が出来れば、あとは楽になるだろうと思いますよ」

 そしてお華が、

「そうね。だからそれまでに徹底的に銃で叩く。すると、ようやくこちらも斎藤さんみたいな人が抜刀する。これは、私達がやってた事と変わりない、これが出来れば心配ないわよ」

 優斎も大きく頷き、姉小路も微笑む。

 しかし、まだ新之助は、

「でも叔母さん。あんとき飛んでたし。あれも必要なの?」

 それにはお華とおさよは大笑いである。

 お華は、

「あれは、信濃の奥の手よ。大阪城の戦いの時はも、あれをやって、家康様を切腹寸前まで、追い込んだんだって。あ、すみません。姉様」

 姉小路は、苦笑いで手を振る。

 お華は頭を下げ、そして、

「あれをやると、敵の鉄砲隊はみんな視線を上にあげる。そうなると、お父さんやノブさんなんかも突っ込み易くなるからね。まあ、今はそれが無くても鉄炮を大量に用意すれば、そんな必要無いよ」

 これには子供達も、納得した様だ。

 

 すると、新之助は、

「だから見極めが必要だと?」

 おさよも頷き、

「たぶんそれで間に合うわよ。でもそれまで、どう準備するかが必要ね」

 新之助も頷き、

「承知しました」

 と納得した様だ。

 結局、おさよとお華は、今にあった戦い方を教えた。

 やはり、そうは言っても子供であるから、心配だった様だが、その辺は本人の運にまかせるしかない。


 するとお華は姉小路に、

「姉様。何でもあいつら二度目の維新だ! とか言って旗揚げたみたいだけど、どうなんでしょうね」

 これには新之助が、

「近頃の政府の高官が賄賂だなんだと乱れているので、もう一度、西郷を中心にもう一度と言ってるそうなんです」

 しかし、それにはお華が、

「そんなこと最初から分かっている事よ。その辺は幕府も新政府も同じ。偉くなると、次は欲が出てくるからね。それは町民も侍も同じだったし、薩摩だ長州だと言っても同じ事よ」

 すると、姉小路は僅かに微笑み、

「お華の言うとおり。私達も何度も見てきてるからね」

 お華も頷く。そして姉小路は、

「そうやって度々、維新だって帝のお名前を出されると、帝もご迷惑でしょ」

 と笑う。


(4)


 とうとう、西南戦争が始まった。

 言葉通り、新之助は出撃して行った。

 おさよは勿論、お華も心配はしていた。

 結局こういう事は、自分でやるなら、それ程では無いが、子供となるとそうは行かないようだ。


 そして、同じ頃、一つの訃報がお華の元に、飛び込んだ。

 なんと、和宮が亡くなったと言うのだ。

 これには、さすがにお華とおさよ、そして優斎までも驚愕だ。

 お春から急便が届いたのだ。

 なんと、箱根の塔ノ沢からだったから、さすがにそこまでは、お華もどうしようも無い。

「お別れのご挨拶も出来なかった」

 とさすがに、俯いてしまう。

 すると、優斎が、

「原因は!」

 と聞くと、書状を読んでいたお華が、

「どうも、地元のお医者の話では、衝心脚気みたい」

 と言うと、優斎もガックリし、

「それでは」

 と小声で言う。

 衝心脚気は、母親もかかった病気だ。

「やはり、そういう事ですか」

 と唸る。

 それにはおさよが、

「お春! お側に付きながら、何という事じゃ!」

 と、怒るが優斎が笑顔で、

「おそらく、お具合が悪かったのはご自分でもお分かりだったのでしょう。だから、箱根の湯ということなんでしょう。ただ、お春さんには無理でございましょう。医者でさえ、何とも出来なかったと存じます」

 と、お春を庇って言う。

 お華も暗い顔で、

「そうね、あれはお偉い方に多い病気。宮様なら当然気を付けねばならない事。

ただ、旦那様(14第将軍・徳川家茂)も同じ脚気だったし、悲しい事だけど、それで後を追われたのだから、良しとすべきなのかも」

 それにはおさよも、暗い顔で頷く。


 ご遺体は、和宮自身の意向で、天皇家であるにもかかわらず、神道では無く、

増上寺に葬られる事になった。

 お気持ちが、よく理解出来る。

 最後までご夫婦でいたかったのだろう。


 時期は西南戦争まっただ中で心配する暇も無く、お華達は、その事よりも和宮葬儀の方が忙しくなった。

 さすが、正式な国葬とはならなかったが、長い行列を組み、増上寺に向かっていた。

 これにはお華だけで無く、おさよ、そして知らせを受けた姉小路も、

「せめてご挨拶を」

 と言う事で、見物人に混じって、行列を見ていた。

 そして本人の望み通り、家茂の墓の側に葬られた。

 お華達は、許可を得て、墓前に並び、平伏した。


 寺の座敷で、お華は姉小路に、

「姉様。驚かれたでしょう」

 と言うと、彼女も頷き、

「そりゃそうよ。何しろ、わらわよりお若い方なのに…」

 するとそこにお春が、沈んだ顔でやって来た。

 おさよは、眉を上げるが、お華は、

「おお、お春。ご苦労様」

 と声を掛ける。

 しかしお春は、

「申し訳ございません。私が至らないばかりに……」

 と泣き崩れる。

 それを見て、おさよも怒る気も無くしてしまった。

 お華は、

「宮様は最後になんと」

 と聞くと、お春は涙を袖で拭き、

「皆様にはお世話になりました。と」

 おさよも涙が溢れ、お春の肩を抱く。

 そしてお華は、それまでの全てが頭の中に走馬灯のように映し出され、僅かに微笑む。


(5) 


 さて、「西南戦争」である。

 戦前の恐れと違い、ほぼ九ヶ月で終わった。

 戻って来た新之助を迎えるお華達。

 それは、勿論、おさよや、彼の妻の喜びは言うまでも無い。

 本当に、彼女の最後の仕事が無事に終わった。

 新之助がお華とおさよの前で、

「仰る通りでした。ありがとうございました」

と言われ、二人は笑ってしまう。

 しかし、余りに嬉しかったからか、それから直ぐに、おさよは浩太郎の元に旅立ってしまった。

「姉上のお陰で……」

 と言うお華の言葉を、今際の際に笑いながら頷きながらであった。

 お華は、ここで涙を流しながら、

「まったく、お父上と母上の真似しちゃって」

 と、彼女は、全身の力が抜けるのを感じていた。


 さて、この様な事は順番である。

 明治13年8月9日。

 今度は、姉小路の病床の横に座っていた。

「姉様。私を置いて逝くの?」

 と、こちらは本当に泣き叫ぶように言った。

 しかし、姉小路は穏やかな顔で、

「お前がいてくれたから、ここまで生きてこれたのじゃ。あの世で上様にお会いしなきゃいけないからの」

 などと言うものだから、

「姉様、今の姉様じゃ、化粧しても間に合わないよ」

 と涙を流しながら、笑い顔を作って言う。

 姉小路は、最後に、綾瀬とお華に、

「私も宮様と同じ様に、上様の御側に……」

 と言い残し、彼女も旅立った。


 実は彼女の墓の位置は不明である。

 一応、増上寺山内松蓮寺に葬られたと言う事なのだが、そちらには墓石が無い様だ。

 恐らく、昭和の爆撃で無くなってしまったのかも知れない。

 ただ、墓は無くても名前は残した。

 それだけでも、彼女には充分な事かも知れない。


 さて、姉小路を亡くし、お華は本当に一人となってしまった。


 ただ、優斎はまだ元気だが、敏次郎と一緒に、医療技術の向上を目指している。

 或る日、お華は一人、屋敷の柱に寄りかかりながら、頭上に輝く満月を、おゆきが用意してくれた盃を手に、見詰めていた。

 お華は、その月に向かって、

「お父上、母上。あたしはもう、良いよね」

 と頭の簪を、目の前にある柱に向かって、シュッと投げ打つ。

 しかし、ホンの目の前にある柱にも突き刺さらず、畳に落ちてしまった。

(やっぱりね)と思いながら、僅かに微笑み、

 月の光を浴びながら、盃を上げる。

 そして、

「おとうさん。あとを……」

 と言いながら、診療所に手を伸ばしながら、それも下に落ちていった。

 閉じた目の中には、お華の前を通り過ぎた人々の顔が笑顔で、次々映っていく。

 そして、盃も口には届かず、廊下、庭へと転げ落ちた。


 しばらくして、帰って来た優斎が、屋敷に近づくと、柱に寄りかかって座る、その姿が見えた。

 嫌な予感がした優斎が、あわてて走り、側に行ったが、

 お華は、既に月光の中、旅立っていた。

 優斎は、ガックリ肩を落とし、子供を呼ぶ。

 敏次郎とお八重には言葉を失っていた。

 優斎は、少々微笑み、

「かぐや姫は月に帰って行っちゃった」

 と、頭を下げる。

 お華と、その家族には、穏やかな月の光が注いでいた。



※※※終わり※※※



 この物語も、ようやく最終回となりました。

 『お華の髪飾り』と『お華の髪飾りⅡ』

 これまでお読み頂き、ありがとうございました。

 さすがに、初心者であるためか、

 登場人物、文章など、間違いも多く、読み手の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。

 誠にお詫び申し上げます。


 江戸時代を書くと決めた時に「これは女性で」と当初から考えておりました。

 大抵、侍の時代を書く場合、主人公は男。

 と言う事が定番でありましたが、それでは余りに面白くないというのが動機です。 とは言え、決めたは良いのですが、いざ書くと、これはこれで大変でした。

 武家の女でありながら、芸者であり、そして忍び、忍者ですからね。

 でも、簪一本で戦う女というのは、私にとっても楽しい主人公でした。

 ただ、日本、そして江戸と東京は、空襲に遭い、焼け野原になり、お華の願いは消えてしまいました。

 そして今、ようやくお華が理想としていた我が国いや、江戸が出来上がったと思っております。


 さて、今後ですが、今、新たな長編を考えておりますが、それにはまだ時間がかかります。

 でも、よろしければその時またお読み頂ければ、と思っております。

 長い間、誠にありがとうございました。

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