【最終話】月の光
(1)
お華は、日々、妹芸者の世話などをしながら過ごしている。
お手先も引退し、御座敷も身を退いているから、さしたる事も無く、毎日を過ごしていた。
あとは、子供達の行く末と言うところである。
長男、敏次郎は、優斎について医者修行をしているから、それ程の心配は無いが、後は八重の事だった。
八重は芸者の道を、「私には合わない」の一言で、屋敷で家事などやりながら過ごしている。
お華は、
「あんた、これからどうすんの!」
と、我が娘だから遠慮無く言うのだが、母親に似たのか、
「さぁ~」
何処吹く風である。
一方の、おさよの息子は、前述の通り警察官だし、七重に至っては、自分の義量と、何と言っても「葛飾応為の弟子」といった看板が大きく、現在の東京芸大、
その頃は東京芸術学校という所で、講師の仕事を任されている。
もっとも八重は、警察官の信吉と結婚しているから、余計な事をしなければ、
二人で充分に暮らして行ける。
あとはお春。
ただ、こちらは和宮の下で働いているから、一応の安心をしている。
さてお華、時代も明治、五年ほどにもなると、もう昔の様に体も動かず、今や優斎と老夫婦となりあり、静かに暮らしている。
優斎は、明治6年の設立に向けて、日本初めての病院と言われる、博愛舎病院
(後の順天堂医院)の設立に打ち込んでいる。
だがそうなると、お華は暇である。
日頃、八重を引き連れ、散歩している。
無論、時代が変わったからと言って、世の中平穏になったなどとは言えない。
今度は、別の方向からの武士の反抗が始まっている。
そう、お華が以前、大村益次郎に言った通りの事が起こり始めてしまったのだ。
ところが、大村は明治二年、京都にて暗殺されてしまった。
お華の言った、身内、元長州藩の攘夷派、神代直人なる者達によって暗殺されてしまったのだ。
お華もそれを聞き、(いわんこっちゃない)と思った事は当然である。
その日、お華は足を伸ばし、護持院が原で腰掛けを見つけ、八重と二人で、休憩した時の事。
何やら後ろで、コンコンと木を叩く音が聞こえたので、何気なくそちらの方を見ると、一人の警察官が、木に吊した板らしき物に向かって、木刀で突きの稽古をしていた。
お華はそれを暫く眺めていて、
「ふ~ん」
と、その男と、その技量を優しい目で見詰めていた。
するとお華は、なにやら心の中があの頃の様な気分になり、立ち上がった。
勿論、八重が「なんだ?」とそちらに振り向いたら、何故か、お華が舞っている。
「これは。また~」
と呆れた八重だったが、案の定、お華は頭の簪をスパッと吊された木板に向かい、投げ撃った。
それは相も変わらず、見事にその板の真ん中を打ち抜いた。
そして、一番驚いたのは、その警官であった。
その警官は、即座に板に近づき、刺さっている簪を引き抜いて改めて驚愕した、
そして、笑っているお華に走って来て、
「あなた、もしかしたら、お華さんと仰るのでは?」
その男もいい年の男だが、嬉しそうに聞いてくる。
しかし、その警官。
名まで知っているものだから、今度はお華の方が驚いた。
「あれ、あたしの名前知ってるの、警官さん」
と聞く、
すると、その男は大きく頷き、
「簪を手裏剣にという話を昔の友から、聞いた事があるのです」
などと言うから、一緒の腰掛けに座りながら、
「へぇ、貴方は、」
「はい。今は、藤田五郎と名乗っていますが、実は、元新撰組副長助勤をやってました斎藤一と申します」
と、また直立して頭を下げるから、さすがにお華も笑顔になって、
「なんと、新撰組? 生き残っていたの!」
彼は些か恥ずかしながら、
「はい。お恥ずかしいお話ですが、死に遅れてしまいました」
これには、お華も思わぬ出会いに喜び、
「まあまあ、どうぞどうぞお掛け下さい」
と横の腰掛けを示しながら、お華は、
「恥ずかしい事なんか無いよ。でも、あの生き残りが、警察官になってるなんて、沖田さんなんかもそうなっていれば良かったのにねぇ~」
と笑いながら言う。
すると斎藤は、
「その沖田ですよ。あなたの手裏剣の話を教えてくれたのは。いや~、実際の手練を見る事が出来るなんて、沖田の引き合わせかもしれません」
それにはお華も大きく頷いて、
「そうかもね~。で、あなたは今も剣の修練を欠かさないんだ」
斎藤は頷きながら、抜いてきた簪をお華に帰し、
「聞いた通りの手裏剣ですね。久々に恐ろしくなりましたよ」
と二人は大笑いである。
彼は些か笑顔で、
「えぇ、最近は各地で新政府への反乱が頻発してますので、私なども駆り出されてまして」
それにはお華は驚き、
「え? 警察官なのに?」
彼は頷き、
「軍隊では間に合わない様で、元新撰組ってのが便利使いされてる様で」
お華は、厳しい顔で、
「そう。やっぱりそういう事になっちゃったんだね」
と空を見上げる。
そしてお華は、
「でも、さすが新撰組だっただけはあるわね。さすがの突きよ」
そして、
「うちの甥っ子も奉行所の同心だったんだけど、今は貴方と同じ、警察官になってるわ。遇う事あったらよろしくね。ただ貴方ほど剣は強くないからさ、まあ、そのへん、面倒見てやってね」
と笑うが、一転して厳しい顔になる。
「まさか、斎藤さん? 戊辰の借りを返そうなんて思ってる?」
それには斎藤も笑い、
「おかしなもんですね。立場が変わるとこうなってしまうんですから」
と言うが、お華は首を振り、
「駄目よ、そんなこと考えると、判断が鈍るわよ。貴方の剣は凄いけど、どうせ相手は鉄炮になるんだから、何処までも慎重にね。私の簪が避けられないよ思ったら、鉄炮じゃ、余計に避けられないからね」
おお! と斎藤は唸って、
「なるほど、確かにそうでしょうね」
しかし、お華は、
「でもね、彼奴ら鉄炮使っても、結局は攘夷の連中だから、最後はどうせ刀を抜く。貴方の出番はそこからよ。あなたにとっちゃ剣での戦いなら、何とでもなるでしょ。ただ、鉄炮は極力気を付けてね。亡くなった沖田さんや土方さんの為にも」
それには斎藤も驚き、
「え? 副長もご存じなのですか?」
お華は頷き、
「死んでしまう前に沖田さんの事、伝えに来たわよ。あの人は最後まで戦い通したけど、貴方は折角、生き残ったんだから、その辺気を付けて、冷静にやりなさい」
と言われ、彼も頷いた。
(2)
お華が予想していた通り、
明治九年・神風連の乱
同 ・秋月の乱
同 ・萩の乱
などの他、大小のいわゆる士族反乱が起こっている。
幕府を倒したのは良いが、出来た新政府は侍達を圧迫するものになってしまった。
後に具体化される、身分は勿論、断髪、廃刀など、彼らにしてみれば、予想外の結果になってしまった。
しかも、国全体が西洋化してしまうなどは、とても我慢出来なかった。
だが、そんな事は、お華そして姉小路には充分に予想出来る事だった。
そして、江戸も終わり、みんな年を取ってしまった。
武家の時代が終わった以上、いまさら何も出来ない。
そしてそんな中、屋敷中におさよの大声が上がった。
「旦那様! どうなされたの!」
まるで戦場にいる時の様な声だ。
勿論、座敷にいたお華にもその声は届いた。
慌てたお華は、隠居所の浩太郎の屋敷に行くと、おさよが懸命に浩太郎に声を掛けているが、彼は唸るのみで、反応が無い。
「どうしたの兄上!」
と、おさよの側に行って同じ様に声を掛けるが、唸り声のみ。
お華は、医療所に走り優斎を呼んだ。
勿論、
「え! 浩太郎さんが!」
お華と一緒に走り出す。
おかよも、後から道具箱を持って追いかける。
優斎が慌てて、腕を取ったり心音を聞いたりしたが、もう脈拍も減少してしまっていた。
「これは」
と優斎は、悲しそうな声で、
「天寿の様にございます」
この頃では、こう言うしかない。
現代で言えば、急性心筋梗塞だと思われる。
となると、この時代だから手当も限られてしまう。
浩太郎は、途切れ途切れの息の中で、
「先生、お華……あとはたのむ」
そして、横のおさよに、
「おまえのお陰で良い人生だったよ……」
と言って、静かに逝ってしまった。
お華とおさよは泣き崩れ、おさよは浩太郎の頭を抱き、更に号泣する。
そしてお華は、涙声で、
「あとは頼むって、何よ!」
と、悲しみだか怒りだか分からない声で叫ぶ。
しかし、お華はキッと頭を上げ、ズッと下がり、
「兄上様、お疲れ様にございました。私の為に色々ご迷惑掛け申し訳ありませんでした。亡き父上、母上によろしくおっしゃって下さい」
と平伏した。
そして葬儀は、極内輪であったが、姉小路を始め、親分達、平吉や銀次、そして佐助やおみよ等も来てくれた。
そう、これから、お華には人々との別れが続いて行く。
(3)
浩太郎の葬儀も終わり、ようやく落ち着いて、
この日、お華とおさよは一緒に朝食を取っていた。
子供達も一緒である。
さて、この頃、我が国では、
明治二年、新政府により、四民平等と版籍奉還が公布された。
四民平等とは、これまで士農工商と、身分が分かれていたが、今後は全て同等に扱うと言う事。
そして、版籍奉還は、我が国各藩がこれまで所有していた土地と人民を朝廷に変換する。ということである。
まあ、お華などに取っては、四民平等というのが身近な問題ではあるのだが、いずれの方向でもこれまでの姿勢がそう変わるものでもなく、浩太郎とお華は、旦那様とお嬢様であり、お殿様、お方様など変わらないものの、そうそう畏まらなくても良いのだから、多少気が楽になったぐらいである。
ただ、優斎の秋月家は伊達家来でもあるので、お華は優斎に、
「ちょっと前にさぶちゃんが言ってたけど、とうとう,御家も朝廷にお返しする事になったんだね~」
と言うと、優斎も、
「そうなんだ。まあ、私は良いけど、殿はこれから難しいお立場になるだろうな」
するとお華は、
「でもさ、新しいお殿様は進んで承諾していたらしいじゃない」
それには優斎も笑って、
「まあ、悪いことばかりじゃないって事だよ。これまで苦しんでいた藩の運営から、解き放たれたって言う事もあるしね」
お華は、
「ああ、なるほどね」
と笑う。
すると優斎は、
「おそらく、近いうちに、藩も無くなるだろう」
と言うからお華は驚いて、
「え? それも無くなっちゃうの?」
優斎は笑い、
「多分、そうなると思うよ」
実際、いわゆる「廃藩置県」はその二年後に発布された。
要するに、とうとう現代と同じ体制になると言う事だ。
お華は、
「そうかぁ、世の中、ドンドン変わって行くねぇ」
優斎は頷き、
「そうさ、幕府を壊した以上、もうその方向しか残って無いだろうね。ただ、それが皆に反対無く、受け入れられるとは思えないが」
「そうね。姉様も言ってたけど、その恐れはあるだろうね……」
おさよも頷いて、
「旦那様もそれを心配してたわよ。新之助も巻き込まれるじゃないかって」
それには優斎も頷いて、
「さすが、お兄さん。やはり、それを見越してましたか」
しかしお華は、
「でも、あの子は警察官、昔で言えば奉行所なのよ。それでも?」
それには、おさよが笑い、
「何言ってるのよ、昔、長州征伐で、同心も呼ばれるかも知れないって事あったでしょ。もし、今騒がれてる薩摩あたりがそんなことしたら、充分あり得るわよ」
それにはお華も思い出したらしい。
「そっか! 確かにそんな事あったわね。それなら、むしろ余計あり得るわね。戊辰の仇とか言ってさ」
優斎も、
「警察も会津やら仙台、東北の連中もいるからね。充分あり有るよ」
しかしお華は、
「でもね~。新之助だしね~」
と言うから、母親おさよと優斎も、苦笑いだ。
さて、そんなこと話し合っていたら、祐三郎とおかよがやって来た。
「おう、三郎、おかよさん。どうしたんだ」
と声をかけると、祐三郎は少々苦笑いで、座敷に上がり、
優斎とお華に向かって、
「兄上と姉さんに、お願いがあって来ました」
と言うものだから、お華は笑って、
「おかよちゃんと喧嘩でもしたの?」
と言うが、三郎は、
「いえいえ」
と、二人はお互いの顔を見て、笑いながら否定し、
「今後の事で、ご相談に」
それには優斎も、
「まあな。御家もあのような事になってしまったからな。今更、勘定方も何も無いからな」
三郎は頷いた。
すると、お華は、
「あれ、ちょっと聞いたけど、こんど政府で外国に視察団とか行くらしいけど、あんた呼ばれなかったの?」
三郎は、
「ああ、岩倉視察団の話ですか」
「そうよ、そう」
しかし、三郎は些か嫌な顔で、
「だって、小栗様を殺した連中だし、勝様は船酔いだし、とてもそんな気になれなくて…」
それには、お華も頷かざるを得ない。
「そうね~。あん時とは違うしね」
三郎は頷いて、
「私は遠慮しましたけど、立石斧次郎さんを推薦しときましたよ。まあ、あの人はアメリカでは有名だったし、元幕臣ですけど、マシだろうと思いましてね」
それには優斎も頷き、
「まあ分かるが、彼もどうなんだろう。さすがに幕臣出身だし」
(トミーポルカで、アメリカで初めて有名な侍となった男)
それには、三郎も笑ってしまう。
するとお華は、
「で、あんたは何を言いに来たのよ」
祐三郎は、姿勢を正し、
「実はこの程、宮城、まあ仙台に、医学所というものが出来る事になりまして、そこに呼ばれたんです」
それにはお華も、何より医者の優斎が驚き、
「ほぉ、仙台に医学所か!」
これは宮城県立医学所のことである。
そして、これは後に、東北大学の前身である。
しかしお華は、不思議な顔で、
「おとうさんなら分かるけどさ、あんたが医学所?」
と驚く。
しかし、祐三郎は笑い、首を振り、
「いえ、英語教師として呼ばれたんです」
それには優斎が、
「おう、確かに。これからは向こうの言葉が必要だからな。それは良い」
その言葉に、お華も理解出来た様で、
「なるほど、それなら、あんたに打って付けってやつじゃない? それならお父上と母上も近くなって安心だろうし、亡くなった母上だって、ご安心でしょ。あ、でも、おかよちゃんは?」
それには祐三郎は笑顔で、
「はい、医学所ですから、兄上に教わった看護の仕事もできますから、おかよも大喜びです」
それには、聞いていたおさよも笑顔で大きく頷き、
「それが良いわよ。夫婦で頑張りなさいね」
と優しく言う。
優斎も、
「それじゃ、良いも悪いも無いよ。私にとっても、仙台で今までの教えと歴史を次の世代に伝えてくれるのなら、大賛成だ」
お華は笑顔で、
「良かったね~さぶちゃん。あんな剣で、一時はどうなるのか心配だったけど、これで私と姉上も、ひとつ肩の荷がおりたわよ」
と、おさよと一緒に笑う。
こうして、元伊達藩勘定方、秋月祐三郎は、長い江戸生活を終え、妻おかよを伴い、仙台へと向かって、いや帰っていった。
(3)
そしてまた時は流れ、
お華の屋敷では、亡き浩太郎、内輪の七回忌が行われた。
これには、屋敷のものは当然ながら、姉小路や、お春も、いや娘として来てくれた。
一通りの事が終わると、みんなでお茶を飲みながら昔話を語るなど、ちょっとした宴となった。
そこには当然嫡子である、新之助も来ていた。
すると、新之助はおさよとお華の前に座り、
「母上、叔母様、お許しを頂戴したいと存じます」
などと言うものだから、お華が真っ先に、
「戦はダメよ!」
と機先を制して言う。
それには新之助も若干、苦笑いしながら頭を下げる。
これは、いよいよ薩摩の方で、不穏な動きが出ている、後に「西南戦争」と飛ばれる戦いの火の手が上げる掛けている時期だから、お華は敏感に感じたのだろう。
しかし、新之助は、
「叔母様。何も、私が好き好んで戦にと申している訳ではございません。上の方が、警察隊として出兵準備を命じておられるのです」
お華は驚き、
「上の方から?」
ただ、おさよと姉小路は、小さく頷いている。
姉小路は、
「さすがに、あれを倒すには、軍隊では足りないと思ったのだろう」
と言い、おさよも、浩太郎の位牌に振り向きながら、
「やはり、同じ事が新之助にも起こりましたよ」
と、悲しそうに笑顔で言う。
しかしお華は、
「でも、いくら北辰一刀流でも新之助の腕じゃ、役に立つとは思えないんだけどね~」
それには優斎とおさよも苦笑で頷く。
それには当然、新之助が眉を寄せ、
「何言ってるんです、そもそもこの事は、叔母様と母上のせいですよ!」
それにはお華が、
「何が私のせいよ!」
と言うのだが、これにも優斎と姉小路も笑ってしまう。
新之助は、
「叔母上と母上が、さんざん暴れて、江戸の武士を恐怖に追い込み、あの二人の息子甥なら、充分役に立つだろうって事から始まってるんですよ!」
これには、他の者達も大笑いである。
さすがにそう言われてしまうと、お華もおさよも言い返す言葉が無く、頭を抱える。
すると優斎が頷き、
「今は、もう刀、弓いや簪の時代ではなく、鉄炮・大砲の時代ですからね。剣術が上手と言う事は、あまり意味が無くなってしまったんですよ」
それには、お華とおさよは、ますます項垂れる。
すると姉小路が、
「そうそう、もう鉄砲の撃ち手がいるかどうか次第と言う訳じゃな」
「左様にございます。後は、全体の指揮が出来る冷静さが有るかどうか、と言うことでしょう」
それにはお華が、
「この子にそんな事、出来るかしら~」
と、さすがに、おさよとお春は不安な顔だ。
すると優斎は、
「これこそ、奉行所の経験が役立つんじゃないんでしょうか。兄上もそうでしたけど、危険な時はすべての町人を逃がすとか、新之助さんも手伝ってたでしょ。あの感覚を忘れていなければ、充分役に立つと思いますよ」
これには、おさよが笑みを浮かべ、
「旦那様の教えですか…」
と、なにやら嬉しそうだ。
お華は、天井を見上げ、
「まあ兄上は、そういう事はしっかりしてたからね。そうであればいいんだけど…」
しかし、お華は何かを思い出し、
「そうそうそういや、この前、藤田さんという警察官に会ったわよ」
それには新之助が、
「藤田ですか?」
お華は頷き、
「藤田と言うのは今の名前、この人元々、あの新撰組の生き残りでね、斎藤一と言う人よ」
それには優斎も驚く。
「あの頃、何とかの乱だとか、そういう事に駆り出されてると言って。まさか、奉行所出身のあんたまでは、と思っていたけど、やっぱりそうなったかぁ」
それには新之助も初めて聞いたので、少々驚き、
「新撰組の生き残りが、居るのですか」
「何でも、新撰組だけじゃ無く、会津兵の生き残りもいるらしいよ。まあ、あんたも奉行所で警察官だから、よろしくねと言っといたけど、本当にそうなっちゃったとはね」
すると、お華は、
「ただね」
とお華はお茶を一口。そして、
「私と姉上が、武芸を亡き父から教わったのは、自分の命は自分で守らないといけないため。新之助や敏次郎、お春や七重八重にも、特に厳しく言っていなかったはず。まあ、新之助やお春は、仕事が仕事だからね。多少、厳しく言ったけど、それも初歩の初歩」
おさよも、頷き、
「確かにね。旦那様もそちらの跡を継げとは言わなかったわね」
お華は笑い、
「まあ、今となれば警察署や交番なんかも出来たし、私達の武芸はそれほど必要無くなったから、大丈夫だとは思っていたけど」
しかし、新之助は、
「でも、戦も起きそうだし……」
と言うと、お華は頷き、
「そこが一番の問題よ。お父さんの言う通り、昔と違って今は、刀槍、弓の時代じゃないし、どれだけ冷静で居られるかって事なんだろうね」
新之助は眉を顰め、
「でも、相手は薩摩ですよ。そんな事で間に合うんですか?」
お華と優斎は微笑む。
そしてお華が、
「あんたも昔、あいつらが襲って来たのを見たでしょ? 結局、彼奴らも最後は刀なのよ。だから基本は、徹底的に鉄炮・大砲で足止めする。その内、業を煮やして抜刀する。でも、そこで同じ様に刀を抜いたら負けよ」
するとおさよが、
「あの人達の剣は、何処までも一の太刀。これさえ気を付ければ大丈夫よ」
今度は優斎も、
「そうですね。ただ、一の太刀を刀で受けようとしたらダメです。おそらく、それまでに負傷してるか、疲労してるので、とにかく最初の一振りに全てを掛けるはずですからね。それさえ避ける事が出来れば、あとは楽になるだろうと思いますよ」
そしてお華が、
「そうね。だからそれまでに徹底的に銃で叩く。すると、ようやくこちらも斎藤さんみたいな人が抜刀する。これは、私達がやってた事と変わりない、これが出来れば心配ないわよ」
優斎も大きく頷き、姉小路も微笑む。
しかし、まだ新之助は、
「でも叔母さん。あんとき飛んでたし。あれも必要なの?」
それにはお華とおさよは大笑いである。
お華は、
「あれは、信濃の奥の手よ。大阪城の戦いの時はも、あれをやって、家康様を切腹寸前まで、追い込んだんだって。あ、すみません。姉様」
姉小路は、苦笑いで手を振る。
お華は頭を下げ、そして、
「あれをやると、敵の鉄砲隊はみんな視線を上にあげる。そうなると、お父さんやノブさんなんかも突っ込み易くなるからね。まあ、今はそれが無くても鉄炮を大量に用意すれば、そんな必要無いよ」
これには子供達も、納得した様だ。
すると、新之助は、
「だから見極めが必要だと?」
おさよも頷き、
「たぶんそれで間に合うわよ。でもそれまで、どう準備するかが必要ね」
新之助も頷き、
「承知しました」
と納得した様だ。
結局、おさよとお華は、今にあった戦い方を教えた。
やはり、そうは言っても子供であるから、心配だった様だが、その辺は本人の運にまかせるしかない。
するとお華は姉小路に、
「姉様。何でもあいつら二度目の維新だ! とか言って旗揚げたみたいだけど、どうなんでしょうね」
これには新之助が、
「近頃の政府の高官が賄賂だなんだと乱れているので、もう一度、西郷を中心にもう一度と言ってるそうなんです」
しかし、それにはお華が、
「そんなこと最初から分かっている事よ。その辺は幕府も新政府も同じ。偉くなると、次は欲が出てくるからね。それは町民も侍も同じだったし、薩摩だ長州だと言っても同じ事よ」
すると、姉小路は僅かに微笑み、
「お華の言うとおり。私達も何度も見てきてるからね」
お華も頷く。そして姉小路は、
「そうやって度々、維新だって帝のお名前を出されると、帝もご迷惑でしょ」
と笑う。
(4)
とうとう、西南戦争が始まった。
言葉通り、新之助は出撃して行った。
おさよは勿論、お華も心配はしていた。
結局こういう事は、自分でやるなら、それ程では無いが、子供となるとそうは行かないようだ。
そして、同じ頃、一つの訃報がお華の元に、飛び込んだ。
なんと、和宮が亡くなったと言うのだ。
これには、さすがにお華とおさよ、そして優斎までも驚愕だ。
お春から急便が届いたのだ。
なんと、箱根の塔ノ沢からだったから、さすがにそこまでは、お華もどうしようも無い。
「お別れのご挨拶も出来なかった」
とさすがに、俯いてしまう。
すると、優斎が、
「原因は!」
と聞くと、書状を読んでいたお華が、
「どうも、地元のお医者の話では、衝心脚気みたい」
と言うと、優斎もガックリし、
「それでは」
と小声で言う。
衝心脚気は、母親もかかった病気だ。
「やはり、そういう事ですか」
と唸る。
それにはおさよが、
「お春! お側に付きながら、何という事じゃ!」
と、怒るが優斎が笑顔で、
「おそらく、お具合が悪かったのはご自分でもお分かりだったのでしょう。だから、箱根の湯ということなんでしょう。ただ、お春さんには無理でございましょう。医者でさえ、何とも出来なかったと存じます」
と、お春を庇って言う。
お華も暗い顔で、
「そうね、あれはお偉い方に多い病気。宮様なら当然気を付けねばならない事。
ただ、旦那様(14第将軍・徳川家茂)も同じ脚気だったし、悲しい事だけど、それで後を追われたのだから、良しとすべきなのかも」
それにはおさよも、暗い顔で頷く。
ご遺体は、和宮自身の意向で、天皇家であるにもかかわらず、神道では無く、
増上寺に葬られる事になった。
お気持ちが、よく理解出来る。
最後までご夫婦でいたかったのだろう。
時期は西南戦争まっただ中で心配する暇も無く、お華達は、その事よりも和宮葬儀の方が忙しくなった。
さすが、正式な国葬とはならなかったが、長い行列を組み、増上寺に向かっていた。
これにはお華だけで無く、おさよ、そして知らせを受けた姉小路も、
「せめてご挨拶を」
と言う事で、見物人に混じって、行列を見ていた。
そして本人の望み通り、家茂の墓の側に葬られた。
お華達は、許可を得て、墓前に並び、平伏した。
寺の座敷で、お華は姉小路に、
「姉様。驚かれたでしょう」
と言うと、彼女も頷き、
「そりゃそうよ。何しろ、わらわよりお若い方なのに…」
するとそこにお春が、沈んだ顔でやって来た。
おさよは、眉を上げるが、お華は、
「おお、お春。ご苦労様」
と声を掛ける。
しかしお春は、
「申し訳ございません。私が至らないばかりに……」
と泣き崩れる。
それを見て、おさよも怒る気も無くしてしまった。
お華は、
「宮様は最後になんと」
と聞くと、お春は涙を袖で拭き、
「皆様にはお世話になりました。と」
おさよも涙が溢れ、お春の肩を抱く。
そしてお華は、それまでの全てが頭の中に走馬灯のように映し出され、僅かに微笑む。
(5)
さて、「西南戦争」である。
戦前の恐れと違い、ほぼ九ヶ月で終わった。
戻って来た新之助を迎えるお華達。
それは、勿論、おさよや、彼の妻の喜びは言うまでも無い。
本当に、彼女の最後の仕事が無事に終わった。
新之助がお華とおさよの前で、
「仰る通りでした。ありがとうございました」
と言われ、二人は笑ってしまう。
しかし、余りに嬉しかったからか、それから直ぐに、おさよは浩太郎の元に旅立ってしまった。
「姉上のお陰で……」
と言うお華の言葉を、今際の際に笑いながら頷きながらであった。
お華は、ここで涙を流しながら、
「まったく、お父上と母上の真似しちゃって」
と、彼女は、全身の力が抜けるのを感じていた。
さて、この様な事は順番である。
明治13年8月9日。
今度は、姉小路の病床の横に座っていた。
「姉様。私を置いて逝くの?」
と、こちらは本当に泣き叫ぶように言った。
しかし、姉小路は穏やかな顔で、
「お前がいてくれたから、ここまで生きてこれたのじゃ。あの世で上様にお会いしなきゃいけないからの」
などと言うものだから、
「姉様、今の姉様じゃ、化粧しても間に合わないよ」
と涙を流しながら、笑い顔を作って言う。
姉小路は、最後に、綾瀬とお華に、
「私も宮様と同じ様に、上様の御側に……」
と言い残し、彼女も旅立った。
実は彼女の墓の位置は不明である。
一応、増上寺山内松蓮寺に葬られたと言う事なのだが、そちらには墓石が無い様だ。
恐らく、昭和の爆撃で無くなってしまったのかも知れない。
ただ、墓は無くても名前は残した。
それだけでも、彼女には充分な事かも知れない。
さて、姉小路を亡くし、お華は本当に一人となってしまった。
ただ、優斎はまだ元気だが、敏次郎と一緒に、医療技術の向上を目指している。
或る日、お華は一人、屋敷の柱に寄りかかりながら、頭上に輝く満月を、おゆきが用意してくれた盃を手に、見詰めていた。
お華は、その月に向かって、
「お父上、母上。あたしはもう、良いよね」
と頭の簪を、目の前にある柱に向かって、シュッと投げ打つ。
しかし、ホンの目の前にある柱にも突き刺さらず、畳に落ちてしまった。
(やっぱりね)と思いながら、僅かに微笑み、
月の光を浴びながら、盃を上げる。
そして、
「おとうさん。あとを……」
と言いながら、診療所に手を伸ばしながら、それも下に落ちていった。
閉じた目の中には、お華の前を通り過ぎた人々の顔が笑顔で、次々映っていく。
そして、盃も口には届かず、廊下、庭へと転げ落ちた。
しばらくして、帰って来た優斎が、屋敷に近づくと、柱に寄りかかって座る、その姿が見えた。
嫌な予感がした優斎が、あわてて走り、側に行ったが、
お華は、既に月光の中、旅立っていた。
優斎は、ガックリ肩を落とし、子供を呼ぶ。
敏次郎とお八重には言葉を失っていた。
優斎は、少々微笑み、
「かぐや姫は月に帰って行っちゃった」
と、頭を下げる。
お華と、その家族には、穏やかな月の光が注いでいた。
※※※終わり※※※
この物語も、ようやく最終回となりました。
『お華の髪飾り』と『お華の髪飾りⅡ』
これまでお読み頂き、ありがとうございました。
さすがに、初心者であるためか、
登場人物、文章など、間違いも多く、読み手の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。
誠にお詫び申し上げます。
江戸時代を書くと決めた時に「これは女性で」と当初から考えておりました。
大抵、侍の時代を書く場合、主人公は男。
と言う事が定番でありましたが、それでは余りに面白くないというのが動機です。 とは言え、決めたは良いのですが、いざ書くと、これはこれで大変でした。
武家の女でありながら、芸者であり、そして忍び、忍者ですからね。
でも、簪一本で戦う女というのは、私にとっても楽しい主人公でした。
ただ、日本、そして江戸と東京は、空襲に遭い、焼け野原になり、お華の願いは消えてしまいました。
そして今、ようやくお華が理想としていた我が国いや、江戸が出来上がったと思っております。
さて、今後ですが、今、新たな長編を考えておりますが、それにはまだ時間がかかります。
でも、よろしければその時またお読み頂ければ、と思っております。
長い間、誠にありがとうございました。




