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二十一話 真似できているはず

 普段の会話で「ここは日本だよねー」とか言っているのはおかしい。だからこの世界、この国の名称を俺は知らなかったし、誰かが口にしているのを聞いたことがなかった。

 偽物だとバレてしまうのを危惧してあえて聞こうともしなかった。基本的過ぎる事を聞こうとすると、脳裏にブルドッグの影がチラつく。

 今、俺が行動を共にしているのは、俺が偽物だと知っているビジューとコロナだ。そこでようやく判明する。

 

 この国はサザン・カンフォードという。国の中心部にある首都はキングス・バレイ。もちろん俺が目覚めた王宮のある町だ。

 

 キングス・バレイから離れてサザン・カンフォードの北西へと歩を進める。

 

 

 ビジューが右足を前に出すと、左足が後ろへ下がる。後ろへ下がった左足が剣の切先を押しやって、柄の部分がビジューの後頭部をコツンと小突く。

 左足を前に出すと右足が押しやってやっぱり小突く。

 一歩毎にコツンコツンと音を出しながら頭が揺れて、キツツキのようになりながらも額に汗して歩く様は実に愉快である。

 ビジューが手に持った、ドラム缶を串刺しにしたような巨大なハンマーは、頭部の両端にびょうがある鉄の円形外周でもって二重構造になっていて、車輪の役割を果たし、ゴロゴロと転がして運べる仕様になっている。

 

 それがキャリーバッグのように見え、キツツキの動きと相まって、俺とコロナはプスプスと息をこぼして進む。

 

 ビジューはそんな俺達をギロリと睨むと背に携えた重剣をどさりと落とした。

 

「こんなにも重くしおって……一体何の得があるというのでござるか」

  

「ほら、あれだよ。何かの役に立つかもしれないだろ?」

 

「貴様の悪ふざけとしか思えんでござる」

 

 ビジューは言いながら、体と剣の媒体であった革紐で重剣をハンマーにくくりつけた。

 

「あれ、背負うのやめちゃうんだ? 面白かったのに」

 

 コロナは残念そうに言う。

 

「貴様らを楽しませる為に、こんなふざけた苦行を続けるわけがござらん」

 

 肩を回して槍を背負い直したビジューは歩みを再開する。

 ハンマーはまるで荷馬車のように扱われて、ビジューをキツツキの呪縛から開放した。

 キツツキビジューがもう見れないのかと思うと、非常に残念である。

 

「それにしても、その剣は鞘とかないんだな」

 

 ビジューの後ろを歩きながら言う。

 俺の腰にある二振りの剣やナイフ、ビジューの槍にだって刃を覆う鞘がある。だがハンマーに寄り添った重剣は剥き出しだ。

 

「鞘があったとして、抜く事ができると思うのでござるか」

 

 俺は上目遣いになって想像した。確かに百八十センチはありそうな背の丈のビジューに差し迫る規格外の重剣を背に背負って、いざ戦闘の時に抜刀しようと思ったら、腰を四十五度に曲げて「せーの」の勢いで餅つきの時に杵を振り下ろすかの如く上手くタイミングを合わせないと押しつぶされてしまいそうである。

 魔物を目の前にしてそんなコントをやっている暇はない。

 

「……無理だな」

 

「逆に邪魔よね」

 

「元々貴様が拙者に嫌がらせするための物でござろう」

 

「いつかは役に立つと信じるとして、武大臣も随分と豪華な剣を作ってくれたなあ」

 

 俺は感心したように言って、改めてその重剣を見る。

 柄の部分は至って平凡だったのだが、刀身に透かし彫りがあった。刀身は切先が二つに別れていて、切先の延長線が刃の上の方に渦を巻いてぽっかりと丸い穴を開けていて、それを取り囲むように細かい透かし彫りもあって炎の紋章のような模様を描いている。

 

「そうか、貴様はイセカイという国から来たのでござったな。ならば存ぜぬとは思うが、こちらの国では刀身に模様を刻むのが常でござる」

 

「オハシの国らしいわよ、ビジュー」

 

 異世界の解釈が間違っている気もするが。

 

「じゃあ俺の剣にもあるのかな」

 

 俺は腰にぶら下がった軽剣をスラリと抜く。強度の問題からか、透かし彫りではなかったが刀身全体に複雑な模様が刻まれていた。ビジューの重剣にあったものとは少し違ったデザインで、炎の紋章のようなものもある。

 

「その模様をよくよく目に焼き付けておくがいいでござる。万一の時の為でござるからな」

 

「なんだよ、万一って」

 

「盗難でござる」

 

「盗難だあ?」

 

 

 顔をしかめて聞いてみると、鞘や柄、パッと見の外見が質素な事や、刀身の模様は盗難防止の一環なのだと言う。

 平凡に見えても中身が秀逸な一品だったりするのだ。

 質素な事は実際の価値を隠す為。模様は所有者を示す為だと言う。

 例えば、休んでいる間に誰かに剣を盗まれたとする。すぐそれに気付き、捜索したとして、その剣と思わしき物を抱えてる男を発見したとする。

 ここで模様の内訳が役に立つ。その男に、その剣の模様を鞘に収めたままで説明しろ、と言うのだ。

 剣の発見が早ければ、それまでに盗人が模様を暗記する事は難しい。相手が返答に困っている時にこういうのだ。それは炎の紋章があって、こうこうこういった彫刻が施されているのではないか、と。それは俺のものだ、と。

 無数の種類がある模様を、見ずに言い当てる事は持ち主でない限り不可能に近い。

 盗人が模様を覚える時間を与えてしまったら、そこまでなのだと言う。飽くまで一環に過ぎない。

 

 平たく言えば、ボールペンに自分の名前のテプラを貼っているようなものだ。

 

 武器は新調すれば済むが、秘石は困る。取り外し可能にして良かった。武器に秘石を付けるのは野外のみにしといた方が無難だな。

 

「でもその重剣には該当しない理論だな」

 

 剥き出しなのだから。模様を言い当てるまでもない。

 

「これを盗むような輩がいると思うでござるか」

 

 こんな重そうな物を盗もうなんて思う奴はよほどの物好きだろう。それでも透かし彫りがあるのは、刀身には模様を刻むものだ、という風習からだったのだ。よく見ればハンマーにも打撃部分に模様がある。

 

「……それもそうだな」

 

 呟くように言って、歩き続ける。

 

 

 

 人間には扱えないという魔法。それを操るは魔法士。魔法士はエルフ。エルフの里とはスイッセスと呼ばれる場所。スイッセスは北西の方角へと歩いていけばたどり着くという。

 魔物は遥か東方より湧いたというので、これでは逆方向なのだが戦力を得るためには仕方がない。

 

 

 

 

 平原を歩き草原を歩き木々の間を抜け、水の流れる音が聞こえてきたと思ったら小川があった。

 

 小川の水をゴブゴブと飲みながら、リン、と首の鈴を鳴らしている身の丈百センチほどの、子鬼のような醜悪な姿をしたものがあった。もしかしてこれがゴブリン。

 

「ゴブリンでござるな」

 

「ゴブリンね」

 

「ゴブリンか」

 

 間違いなくゴブリンなのだという事を確認する。ゴブリンはこちらに気が付くと形容し難い奇声を上げ、一目散に駆けてきた。

 

 俺は初めての経験にどうしていいのかもわからずうろたえる。頭の中の情報がまるで整理されずに乱雑になって視野がきゅーっと狭くなっていく。

 ひどく狭い視野の中からゴブリンの姿がフッと消える。そして俺の足首に痛みが走る。

 

「いだーい」

 

 かぷりと噛まれた俺は力なく呟いて足首を押さえ、その辺をごろりごろりと転がりまわる。ビジューはそんな俺を一瞥して槍を一閃、ゴブリンはあっけなく動かなくなった。 

 

「情けない……」

 

 ビジューは槍を肩にトンと乗せて言う。

 

「戦った事なんかないんだ。しょうがないだろう」

 

 足首を押さえたままうずくまって言った。それを見たコロナはやっぱり、というか笑ってる。

 

「弱虫め」

 

「弱虫とか言うなよ!」

 

 だが地面に丸まってる姿は弱虫どころかイモムシのようである。

 

「大した怪我でもないでござろう。いつまで寝転がっているつもりでござるか」

 

 ビジューに言われて、恐る恐る手を離してみると、そこには噛まれた痕跡など一切なく、元のままの足首があった。

 

「あれえ、出てると思ったのに」

 

「何がよ。何も出てないじゃない」

 

「無傷とは思わなかったでござる。秘石の守護というものは大層なものでござるな」

 

「秘石があればこその無傷なのか」

 

 無傷であるのにいつまでも地面に寝っ転がっているのもみっともない。俺は土を払い立ち上がる。

 

「そう思えるでござるな。普段ならもっと苦戦する。拙者も一突きでカタがつくとは思わなかったでござるからな」

 

 更にこれは魔除けの効果もあるのではないか、との事。普段なら町から出れば、運に左右するとは言え、もっと頻繁に魔物と遭遇する。ここまで結構な距離を歩いたにも関わらず、それがないのはやっぱり秘石のおかげではないか、という話だ。

 

 小川で休憩し、水を補給し、遅めの朝食を摂る。

 

 

「魔物ってのはみんなあんな感じなのか?」

 

 葉っぱに包まれた餅をかじりながら俺は言った。

 

「外見の話でござるか? ならば皆、ああいった醜い獣でござるな」


「そうか。最初はオレだぜ、と言わんばかりに青い体をプルプルさせた愛らしいものは出てこないんだな」

 

 醜悪な姿を見ていたら、どうしても足が竦んでしまった。もうちょっと茶目っ気のある個体なら剣を振るってみる気にもなれそうなのに。

 

「何の話でござるか」

 

「そんなのが出てきたら、むしろ連れて歩きたくなるわね」

 

「俺は連れて歩いたぞ」

 

 思えばあの国民的RPGにハマっていたのはもう随分と昔の話だ。

 

「捕まえたの?」

 

「魔物は貴様の国にはおらんと言うたでござろう」

 

「その通り。全くいない」

 

「意味がわからんでござるな……」

 

「更にそれに騎士が乗った奴はすこぶる使い勝手が良いのだ」

 

 愛着があったあのキャラを思い出す。脳内ミュージアムに投影して、思い出にひたる。

 

「余計にわけわかんなくなったわ」

 

 無数の疑問符を浮かべている彼らを尻目に、俺は餅をもぐもぐと頬張るのであった。

 

 

 

 小川から離れ進んでいくと、魔物と頻繁に遭遇するようになっていった。町から離れたせいだろう。それでも少ない方なのだと言う。

 それはどれも醜悪な姿で、肌の色が違ったり、角が生えていたり、口からはみ出た牙があったり、鋭く長い爪があったり目が一つしかなかったり逆に四つもあったりした。時には人の姿でさえなくて、犬のような形だったり、蛇のような形だったり、鳥のような形だったりした。

 対峙すると、やはり足が竦んでしまう。動けないでいるのだ。俺が怖気づいている間にビジューが倒す。その度にビジューは冷ややかな視線でもって俺を捉えるのだった。

 

「せめて抜刀くらいせんのでござるか」

 

 小石がまばらに落ちている土の道を歩きながらビジューは言う。

 

「してもどうしたらいいのかよくわかんないんだよ」

 

 後ろに付いて行きながら不服そうに俺は言った。

 

「そういった問題でもござらんだろう」

 

 ビジューの言わんとしている事はわかる。せめて戦う意思くらい見せろ、と言っているのだ。  

 

 確かに、俺は戦わずにお供に任せていればいいだろう、と思った事もあった。

 でも今はそれじゃあダメなんだろうな、と思う。少しでも戦力になって、一刻も早く魔物を殲滅し、国民が怯えなくても良い生活を。怯えて涙する事のない世の中にしなければならない、と考えている。

 せめて自分の身くらいは守れるようにならないと。

 誰かに剣技を教わるのが最も手っ取り早い。それは隣にいるビジューが適任に思える。

 槍を振り回してはいるが、剣技はいかほどなのだろうか。

 

「あれだけの力があるのだから戦えん事もないと思うのでござるが」

 

 俺は目を丸くした。

 

「なんの力だ?」

 

「率直に腕力でござる。拙者とて腕力には自信がある。白銀虎隊はくぎんこたいの誰も拙者には敵わない。白銀獅子隊はくぎんししたいの者でさえ、拙者を上回る者は少ないのでござる。貴様は拙者を力技で拘束したではないか」

 

 ビジューとの初対面の時を思い出した。ビジューに立ち聞きされて、俺が帝王じゃないって事がバレたから両手を縛めてトイレに連れ込んだ。

 切迫した状況だったから自分でも恐ろしい程の馬鹿力だったと思う。

 

「あの時拙者は縛めを解こうとしていたのでござる。素性の知れない輩に掴まれたまま平然とはできんでござるからな。だが、ままならなかったのでござる」

 

 ビジューもまた、切迫した状況だったのだ。それを俺は腕力で上回った。

 

「本物の帝王は強かったもんね。体はそのままなんだからすごい腕力があっても不思議じゃないと思うわ」

 

 なるほど。鍛え抜かれた肉体の中に入っているのだ。体は既に出来上がっている、という事か。

 だが剣を振るうのは中身のセンスだ。力はあるとして、センスをどうにか身につけなければ。

 

「帝王といえばさ、ユウトは、あのおかしな喋り方はもうしないの? あれはあれで面白かったんだけど」

 

 コロナはどこからもいできたのか、小さくて柔らかそうな赤い木の実にかじりついている。

 王宮の中では帝王のフリをする必要があった為、喋り方を意図的に変えていたのだ。

 

「俺が帝王だって事は秘密なんだろ? だったらあの喋り方をしてたら変だろう」

 

 帝王自ら魔物退治に行く事は内密にしておくらしい。外に出たら一般の旅人という体裁でなければならないのだ。

 

「確かに変ではござるが、バレる事はないでござろう」

 

 口を挟んだのはビジューだ。

 

「バレない……かなあ」

 

 何かおかしい気がする。俺としては帝王っぽい喋り方をしていた……つもりだ。「そうなのじゃ」とか「わからんのう」とか「わかったぞえ」とか。

 だからそこらへんでその喋り方をしていたら「この人只者じゃないのかしら?」と思われそうな事を俺は危惧しているのだが、コロナ達の論点はそんなとこじゃないように聞こえる。

 

「わたしは帝王である。とか言わなければ大丈夫じゃない?」

 

 わたし……。

 

「ひょっとして……俺の喋り方って……おかしかった?」

 

 俺が言うと、コロナは目を細めた。

 

「そりゃあもう。ずっと聞きたかったんだけどさ。何でまたあんなヘンテコな喋り方してたのよ」

 

 ちょっと待ちたまえ。

 

「じゃあ本物の帝王とは違った喋り方だったってのかよ?」

 

「帝王様はあんな喋り方をした事はござらん……そのように若い体で、老人のような喋り方をしていたら不自然でござろう」

 

 俺は段階を踏んで口があんぐりと開いていく。

 

「でも誰にもそんな事言われなかったぞ!?」

 

「帝王は喋り方コロコロ変えてたからねえ。記憶が無くなったと思ったらおかしな喋り方し始めたなあ、とか思ってたんじゃない?」

 

 なんということだ。

 

「じゃあじゃあ一人称とかも違ったのか!?」

 

「わたし、僕、吾輩、おれ、おいどん。最近だと、おいら、でござったな」

 

「なんだそりゃあ! 滅茶苦茶な人間だな」

 

 俺はズッコケそうになるのを踏みとどまった。

 

「帝王様は気分屋でいらっしゃるのでござる。それでも――」

 

「ぞえ、とかは言わないわよ、流石に。ぞえ、って何よ」

 

 コロナは息をプッ、と吐き出して言った。

 

 ああなんてことだ。

 俺は頭を抱えた。そりゃあ俺だって変な喋り方だなあとは思っていたさ。でも誰もそんな事言ってくれなかったじゃないか。だからこれで合っているんだろうと、順応できているんだろうと思っていたのに。今更指摘されたら恥ずかしくなってきた。

 

「なんで言ってくれなかったんだよ!」

 

 終いには責任転嫁を始める。

 

「だからそっちの方がいいと思うって言ったじゃないの」

 

「拙者も今の喋り方の方が合っている、と言ったはずでござるが」

 

 あああああ、と頭の中で苦悶する。言ってたような気がしないでもない。

 そういう意味だったのか。あの時は全くわからなかった。俺の馬鹿野郎。大間抜け。

 考えてみればいきなり何の知識もなく異世界にやってきて、知らない人間の喋り方を真似できているはずもなかったのだ。

 俺はそのまま元の喋り方のままで良かったのだ。滑稽にも程がある。

 

「……もしかして、今頃気付いたのでござるか」

 

 ビジューは呆れ返ってるようだった。

 

「ぞえ」

 

 コロナは呟く。ビジューは口を押さえて僅かに震えた。

 

「うるせえ」

 

 コロナは俺の眼前までくるりと旋回して、腰をクイッとひねっておかしなポーズをしてわざとらしく尖らせた口を開く。

 

「マサキュットだぞえぞえ!」

 

「言ってねーよ!」

 

 王宮の誰もが、おかしいな、と思っていたのだろうか。元々帝王はちょっとズレた人格のように思えるが。

 ひょっとしたらカレットやロザリンも「ぞえ、って何かしら?」とか思っていたのではないかと思うともう頭上から湯気が噴出しそうだ。湯の沸いたヤカンのように。

 

 俺の黒歴史にまた一ページ。

 

 俺は居ても立っても居られなくなって、太陽に向かって走り出した。

 

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