第17話 ダービージョッキー
美雪さんの自宅で祝勝会が行われている。
皐月賞の時には、隅のほうで『ジッ』としていても許されたのだが、今回は許されない。俺は美雪さんと共に、パーティーの中心にいる。
俺はダービージョッキーになった事を実感する。
有名芸能人やスポーツ選手らと共に談笑をするが、どこか場違いな感じがしている。
「有名人ばかりで緊張しますね」
「何を言っているの?真白君、あなたはダービージョッキーなのよ。充分、あなたも有名人なのよ!!」
「…はあ」
「いまいち実感が無いようね。でも、すぐに実感する事になるでしょう。明日からは世界が変わるわよ!!」
「そんなものなんですかね?」
「世間がほっとかないわよ!!若くてこんなに可愛いんですもの!!」
美雪さんが俺を誘惑するように体を密着させてくる。
香水の甘い匂いが俺を惑わせる。
美雪さんのぬくもりが伝わってきて、まるで蝶が蜘蛛の巣に引き寄せられるがごとく『フラフラ』と美雪さんの胸元に吸い込まれそうになる…が、しかし!!俺は美雪さんの真意を測りかね、この場はひとまず脱出する。
「もう。真白君ったら、恥ずかしがり屋さんなんだから!!」
俺は美雪さんの言葉を背で聞きながら、トイレに駆け込むのだった。
「真白、危なかったな!!」
俺の後から入ってきた白井先生が、半笑いで冷やかしてきた。
「見てたんですか?」
「あぁ、バッチリな!!」
「助けてくださいよ!!」
「何でだ?未成年でもあるまいし、お前が良ければいいんじゃないか?」
「むっちゃ美人ですけど、母親と歳があまり変わらないんですよ!!」
「恋愛に歳は関係ない。お互いの気持ち次第だぞ」
「…先生、楽しんでませんか?」
「わはははっ、そうとも言うな!!まあ、美雪嬢も恋愛経験の浅いお前をからかっているだけだろう。本気ではないと思うぞ」
「でしょうけど、正直、よく分かりません」
「まあ、後の事は俺に任せて『コソッ』と逃げろ」
「恩に着ます!!」
俺は忍びのごとく気配を消し去り、パーティー会場から抜け出したのだった。
数日後…
フブキの様子を見に白井厩舎まで来た。
厩舎関係者に挨拶をすると…
「ダービージョッキー様がお越しになられました!!」
そう大声で言われ、大爆笑された。
俺は苦笑いをしながら、フブキの馬房に向かう。
しばらく調教はお休みなので、フブキはのんびりとした様子で草を食べていたのだった。
(真白!!遅い、遅すぎるぞ!!)
フブキは俺の姿を見るなり激怒する。
(馬体の検査とかがあると思って…。でも、ちゃんと持ってきたから!!)
(うむっ!!早く切り分けるがよいぞ!!)
美味しそうに高級りんごを食べるフブキを見ていると、自然と笑みがこぼれてきた。
(フブキ、美雪さんに『ダービージョッキーになった事で世界が変わる』と言われたんだけど、本当にそうだった。新幹線で栗東に帰って来る時、何人ものファンから握手とサインを求められたんだ。初めての経験で戸惑ったんだけど、嬉しかった)
(わはははっ、初めはファンの目が恐いと言っておったのにな。結局、プロは結果が全てという事なのだ。良い結果が出れば、周囲が勝手に変わっていくのだ)
(本当にそう思うよ。ただし、俺の場合は本当に俺の力かどうか、かなり疑問だけど…)
(まあ、時間はまだある。精々、励むがよいぞ!!)
(あぁ、そうするよ!!フブキはしばらくレースは無いから、ゆっくりできるね)
(そうであるな。我は秋に向けて英気を養うとしよう。そして、来春の種牡馬に備え、トレーニングを開始するのだ!!)
(腰を振るな!!まだ早いわ!!馬っ気を出すんじゃない!!)
俺はフブキに呆れ、早々に馬房を後にしたのであった。
三か月余りが過ぎた。
今年も暑い夏だったが、猛暑といわれるほどでは無かった。
フブキも順調に夏を過ごした。
夏の間に白井先生と美雪さんとの間で、秋のローテーションの話し合いが行われた。
その結果…
神戸新聞杯(GⅡ)
菊花賞 (GⅠ)
有馬記念 (GⅠ)
秋3戦というローテーションに決定した。美雪さんは4歳以降の現役続行はしないと明言した。当初の予定通り、来春から種牡馬にして白毛馬の生産をするとの事。
(秋、3レースか。そして引退…)
俺は無敗の三冠馬というプレッシャーよりも、秋3レースで引退という寂しさのほうが強い。
(少しでも成長して、フブキの負担を少なくしてあげられれば…)
俺はそう決意して、毎日のトレーニングに励み、週末のレースに乗る。
そしてフブキは休み明けの神戸新聞杯に快勝する。
俺はフブキを無敗の三冠馬にするべく、菊花賞が行われる10月26日に向けて、トレーニングをこなしていくのであった。




