第13話 皐月賞 ② 逃げて差す!!
(今日の馬場は内と外の有利不利も無く、比較的走りやすい。逃げ馬が一頭いたので、その馬を行かせて無理なく後ろに付けられれば…)
全てはスタートしてからの話だが、俺は頭の中でイメージを作る。
フブキが大人しくゲートに入る。
順調にゲートインしていく。
18番の馬がゲートに収まった。
一瞬の静寂が訪れる。
ゲートが開いた。
フブキは抜群のスタートを決めた。俺はフブキの邪魔にならないように心がける…が、絶好のスタートを決めたフブキは、そのまま加速し楽々と先頭に立つ。
争ってくる馬などいない。
それどころか、2番手の馬をどんどん引き離し、正面スタンド前の坂を駆け上がっていく。
(フブキ、無理を…)
坂を爆走するフブキに声を掛けようとするが、言葉を呑み込む。俺はフブキのリズムを崩さぬよう、無になる事に決めた。
膝や足首、それに腰、さらには股関節の動きにまで気を使い、フブキの走るリズムと同化する。存在感を完全に消し空気になる。現在、おそらくフブキは俺という存在を忘れて走っている。本能のまま爆走し、1コーナーに入っていくのであった。
コーナーを使い、後ろを確認する。
10馬身ぐらい2番手を離していて、単騎逃げの形になっていた。
2コーナーを回る。
おそらく10馬身以上の差がついた。スタンドからのどよめきが聞こえてくるようだった。
フブキは楽な手ごたえで向こう正面に入っていった。
(真白、今日は落ち着いているな。手綱からも伝わってくるぞ!!)
フブキが俺に声をかけてきた。
(初めてのGⅠの騎乗だから、むっちゃ緊張はしている。でも、俺はただ乗っているだけ。今日はフブキ、お前を信じて無になろうと決めたんだ)
(わはははっ、良い判断だ!!少しずつでも成長しているのだな!!)
(無になり騎乗をする。これが成長と言えるのだろうか…疑問だ…)
(成長に決まっておるわ!!以前のお前なら、スタートで無理やり下げようとしたであろう)
(確かに…でも、この判断が正しいのかは、ゴールしてみないと分からない。勝って初めて正しかった事が証明される。二着以下では、失敗なんだよ)
(わはははっ、安心しろ!!)
俺とフブキは人馬一体となり、3コーナーに入っていく。
再びコーナーを使い、後ろとの差を確認する。さすがに、若干ではあるが、差が縮まって来ていた。
4コーナーへ突入する。
一気に2番手以降との差が縮まった。
(フ、フブキ!?)
(…真白、足が重い)
(えっ、嘘だろ!?)
フブキはハイペースで飛ばしてきた分、疲れが一気に出たようだ。
4コーナーを回り、直線に入る。
(中山の直線は短い。頑張れ!!)
(う、うむっ…って、何だ!?あの壁は!!)
(壁?壁じゃない!!坂だ!!スタート直後にも駆け上がっただろう!!)
(…む、無理かもしれん)
フブキが初めて弱音を吐いた。
(このままでは、馬群に飲み込まれる!!)
短い時間の中、俺はどうしたらいいのか、必死で考える。
(気持ちさえ、気持ちさえ切れなければ、持ちこたえられるかもしれない。俺が今やるべき事は、フブキの闘志にもう一度火をつける事だ。坂の手前でこれ以上、失速はさせられない!!)
俺はフブキの闘志に火をつけるべく語りかける。
(フブキ『逃げて差す』という言葉を知っているか?)
(むっ!?聞いた事は無いが、何やら『グッ』とくる言葉だな)
(この言葉は悲劇の名馬、サイレンススズカに騎乗していた騎手がサイレンススズカを讃えるために送った言葉だ。普通はハイペースで逃げると、最後の直線では間違いなくスピードが鈍る。だが、サイレンススズカは、ハイペースで逃げても最後の直線、失速する事は無かった。いや、実際にはスピードが落ちていたかもしれないが、騎乗している騎手に感じさせなかったというのが正しいかもしれない。そのくらい規格外の馬という意味で送った言葉だと思う)
(うむっ、最大級の賛辞であるな!!)
(フブキ!!)
(…何だ!?)
(当然、お前にもできるよね?逃げて差す!!)
(…当たり前であろう!!我を誰だと思っておる。我は神に選ばれたサラブレッドである!!失速などするものか!!)
坂の手前、フブキが再加速を始めた。
勢いよく、中山の急坂を駆け上がる。
1馬身にまで迫られた差が広がっていく。
フブキはそのまま一着でゴールを駆け抜けたのであった。




