14.鬼同期とお弁当
私が掃除を始めてから一週間くらい経った。
前よりはだいぶ片付いてきた気がする。
何しろ、ベッドまで何もまたがず、何も踏まずにたどり着けるし。
そんな報告を昼休みに長谷川へしたら、なんとも言えない顔をされた。
「それは普通のことだと思う」
「否定できない」
「洗濯はしてるんだよな?」
「二日に一回はしてるよ」
「掃除機ある?」
「一昨日見つけたんだけど、ゴミパックがなかった」
「フリーサイズのがあるだろ」
「昨日買ったけどサイズが合わなかった。諦めて百均で買った箒で掃除した」
「それはそれで偉いっつーか、なんつうか」
長谷川は肩を揺らして笑いながら、弁当を食べ進めていた。
私のお昼はコンビニのおにぎりとスープ。長谷川は手作りの弁当だ。
戸部先輩もさっきまで隣で食べてたけど、先に食べ終えてお弁当箱を洗いに行った。
紫くんは秦野ちゃんと外に食べに行っていて、丹沢先輩は外回りの途中で食べて来ると聞いている。
「……長谷川さあ、そのお弁当って手作り?」
「そうだよ」
「すごいねえ」
「大したもんじゃねえよ」
いや、そんなことない。
まず、自分で作ろうって発想がもう大したことだと思う。
「あのね、私は自分のために料理しようなんて、一回も考えたことないよ」
「それは一回くらい考えろよ。……じゃあ、立花の掃除モチベ維持のために、俺が一肌脱いでやろう」
「なに? ビールに合うおつまみがいいです」
「リクエストが早いし、自由すぎるだろ。そうだな、掃除機にゴミパック着けたら次の日に弁当作ってきてやるよ」
「……なるほど?」
私は長谷川の弁当箱を見た。
もう半分以上食べ終わっていたけど、最初はごはんと煮物と肉と野菜のおかずがきっちり詰まっていた。
「着けるだけでいいの?」
「そりゃゴミパック着けたなら掃除しろよとは言いたいけど、ハードル上げすぎても続かねえだろ。まずは着けるだけでいい。ああ、掃除もしたらデザート追加な」
「転がし方がますますオカンじゃん。でも、それ長谷川にメリットある?」
「ある」
間髪入れずに即答された。
あるっけ……?
「隣のお前の部屋が汚ねえと、下手したら俺の部屋まで虫が湧くだろ」
「失礼な。さすがに虫は湧いてないよ。生ゴミないもの」
料理しないから、生ゴミだけは出ない!
まったく威張れる話じゃないし、睨まれたから黙っておく。
「……じゃあ、お願いしようかな。帰りに家電屋でも寄る」
「それくらい今買いなさいよ」
戸部さんが呆れた声で言った。
いつの間にかお弁当箱を洗い終えて戻ってきていたらしい。
「今どきそれくらい通販で買えるでしょうが。アカウントは?」
「あります」
「はい、ページ開いて。掃除機の機種は?」
「え、えっと」
そのままの勢いで、ゴミパックを買わされた。
さらに反対隣の長谷川まで口を出してきて、弁当箱代わりの保存容器まで買わされた。
「届いたら寄越せ。飯詰めといてやるから」
「う、うん……?」
「後でやるって言って、やるわけがないの。私が家で子供に何回『明日の用意をしなさい』って言ったことか」
「毎日お疲れさまです……」
その後、戸部先輩がお子さんと旦那さんの愚痴を話し始めて、長谷川も「だらしなくて仕事を先延ばしにする後輩」の話で妙に盛り上がり始めたので、私は静かに退避した。
「戻りましたー……って、なんすか、あれ」
帰ってきた紫くんが私の席を指さして首を傾げた。
「なんか愚痴で意気投合しちゃって」
「ふうん、よくわかんねえし、珍しい組み合わせっすけど、楽しそうですね」
「そうかなあ」
戸部先輩と長谷川を振り返る。
たしかに二人とも、妙に生き生きしていた。
ゴミを捨てて化粧を直し、席へ戻った頃にはもう解散していた。まあいいか。
***
次の日の夜、帰ったらゴミパックと弁当箱が届いていた。
うーん、たしかに便利だし、届くの早いなあ。
少し迷ってから長谷川の部屋の呼び鈴を押そうとしたら、
「どうした?」
と後ろから声をかけられた。
「弁当箱届いた」
「なんか食いたいもんある?」
「なんでもいいよ」
「出たよ。まあ、いいか」
弁当箱を渡すと、長谷川は裏返したり蓋を開けたりしながら、何か確認していた。
「何見てるの?」
「食洗機と電子レンジいけるか確認してる」
「……洗ってから渡すべきだった?」
「普通はな」
「すみません……」
「いいからゴミパックを掃除機につけてこい。んで、ちゃんと着けられたか報告しろ。さっさと行け。俺も風呂入って飯にしたいんだから」
「わ、わかった!」
急いで部屋に戻って、玄関にカバンを放り出した。
掃除機にゴミパックは……ちゃんと着いた!
証拠写真を撮ってから、掃除機の蓋を閉じる。
そういえば、掃除までしたらデザート追加って言ってたな。
……するか。
掃除機をかけるといっても、単身用マンションだ。一部屋とリビング、それから廊下の途中に台所と洗面所があるくらい。
さっと掃除機をかけて、また隣の呼び鈴を押した。
「ゴミパックついたし、掃除機もかけた!」
「よくできました」
長谷川はシャツとスラックスの上からエプロンをつけた姿で出迎えてくれた。
「ママー、デザートはイチゴがいいな!」
「時期じゃありません」
「そんなあ……」
初夏だしね。
じゃあ何が旬なのかって聞かれても、さっぱりわからないんだけど。
「柑橘系平気?」
「私に食べられないものなんてないよ」
「あはは、じゃあ家にあるもん適当に詰めるよ」
「楽しみにしてる。じゃあ、また明日」
「おう、おやすみ」
「……おやすみ」
自分の部屋に戻ってシャワーを浴びた。
チューハイの缶を開けると、プシュッと気持ちのいい音が部屋に響いた。
……もしかして長谷川、私が掃除を終えるの待っててくれた?
シャワー浴びたいって言ってたし、昼間だって外回りで汗だくだったのに。
ぐう。
なんかもう、本当にオカンじゃん。
缶を傾ける。
オカンに叱られるといけないから、缶はすぐにすすいで、缶ゴミの袋に入れておいた。
***
翌日の昼時。
メールを送り終えて伸びをしていたら、長谷川がこちらへやってきた。
「飯食おう」
「食べる!」
差し出されたランチバッグには、弁当箱と小さい保存容器が二つずつ入っていた。
「まさか夜ごはんまで……?」
「一つは俺のだよ」
「残念……」
一つ取り出して蓋を開けると、彩りのきれいなお弁当が現れた。
ツヤツヤのごはんに、煮物……筑前煮かな。それから唐揚げにポテサラ、卵焼きまで入ってる!
「……おいくらでしょうか」
「えっ、いらねえよ。ご褒美だし」
「いや、これタダでもらっちゃダメなやつだよ」
そう言うと長谷川が吹き出した。
「ウケる。どうすんの不味かったら」
「この見た目で不味かったら、それはそれで衝撃だけどさあ。えー、でもやだ、タダでは……デザートもあるんだよね?」
「あるけど。あ、じゃあココアスティックと抹茶ラテのスティックくれ」
「箱ごとあげるよ。ていうかこれも長谷川が買ってくれたやつじゃん」
「そんなにいらねえよ。食って、感想言って、『ごちそうさまでした』ってちゃんと言ってくれればそれでいい」
「そうなん……」
引き出しからココアと抹茶ラテを取り出して長谷川へ渡し、自分の席に戻って手を合わせた。
「いただきます。……うわあ、美味しい!」
「だろー?」
「筑前煮おいしい! 味しみしみだし、タケノコ柔らかい! 私タケノコ大好き。しいたけも美味しいし、唐揚げも衣ザクザクだねえ。わ、卵焼きふわふわ。美味しい〜」
いやもう、タダでもらっていいクオリティじゃない。美味しい。月五万払うから毎日作ってほしい。どうか一生サブスクお願いします……!
……昭和のプロポーズか?
長谷川は困った顔で隣で同じものが入ったお弁当を食べていた。
「……そこまで褒められると、なんかむずがゆいな。嬉しいけど」
「ご希望とあらば三倍褒めるし月五万は出すよ」
「月? どれだけ作らせる気だよ。ほら、デザートも食え」
「オレンジ飾り切りしてある! ブドウまで入ってる!!」
「久しぶりにやったけど、なんかつい凝っちゃって時間かかったわ」
「プロの方……?」
「違うけど」
「すごいなあ、長谷川。食べるのがもったいない! でも食べる! 美味しい!!」
もったいないとか言いながら、結局ぺろっと完食してしまった。
いやー、すごいものをもらってしまった……。ちょっと掃除しただけなのに。
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「……これだけ歓声を上げてもらえると、作る甲斐があるわねえ」
隣でお弁当を食べていた戸部先輩が苦笑していた。
しまった、ここ会社だ。一人で大騒ぎしてしまった。
「すみません、騒がしくて」
「騒ぎたくなるくらい美味かったなら、戸部さんの言うとおり、作った甲斐あったわ」
長谷川はちょっと嬉しそうな顔で、空になった弁当箱を回収していった。
うーん、至れり尽くせりだ……。
「本当に付き合ってないのよね?」
戸部先輩が小声で聞いてきた。
「ないですねえ」
彼氏でもない男に、あんな立派な弁当を作らせて良かったんだろうか。
今さらだけど、ちょっと申し訳なくなってきた。
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