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12.鬼同期と優しそうな顔

 長谷川と客先に行って、おいしいホッケを食べて会社に戻ったら、パソコンに付箋が貼り付けられていた。


「『戻られたら経理部までお願いします』……」


「どした?」


「葉山さんの呼び出しだ……怖いよー、行きたくないよー!!」


「いや、さっさと行けよ」


「俺も行くからさ」


「うわ、びっくりした」


 いい笑顔で口を挟んできたのは、丹沢先輩だった。

 手元には、私のパソコンに貼ってあったのと同じ付箋。つまり、この間の日帰り出張の精算でなにか間違っていたんだろう。

 よかった。経理部に呼び出される心当たりがありすぎて、どの件なのか不安だったんだ。


「付き合おうか?」


「だ、大丈夫だよ。丹沢先輩もいるし」


 そう言うと、長谷川はなぜか唇を尖らせた。

 なんでよ。


「悪いな長谷川。俺は葉山さんに会いに行かないといけないから」


「ていうか、丹沢先輩も葉山さんに呼び出されてるんですよね。さっさと行きましょう」


 笑顔でネクタイを締め直す先輩と一緒に、経理部へ向かった。




 用件は大したことなくて、私と丹沢先輩が申請していた乗車駅が違ったから、確認されただけだった。

 違ったのは、私と先輩で家から乗った路線が違ったからってだけで、葉山さんもわかってるから、本当にただの確認だった。


「呼び出すような形になってしまってごめんなさい。二人同時に話を聞きたかったけれど、立花さんがいらっしゃらなかったから」


「いえいえ、こちらこそ、お手数おかけしました。今度から但し書きつけます?」


「そうしてもらえると助かりますけど、手間でしたら申請の際にひと声かけていただいても」


「ぜひ、そうさせてもらいます」


 そこで、丹沢先輩がにこやかに割って入ってきた。

 先輩、葉山さんに会いに来る用事がほしいだけじゃないですか。

 突っ込むのも野暮なので、へらっと笑ってごまかしておく。


 営業部に戻って仕事に取りかかろうとしたら、長谷川が寄ってきた。


「経理部、大丈夫だった?」


「うん。交通費精算の確認だけだった。お騒がせしました」


「いいけどさ。さっきの打ち合わせの議事録ってどれくらいでできる?」


「そんなにかかんないよ。一時間くらい」


「わかった。すぐ確認したいから、できたら声かけてくれ」


「わかった」


 長谷川は自分の席に戻っていった。

 ……丹沢先輩は、なぜかまだ私の横に立ったまま、うんうんと何度か頷いていた。


「なにか……?」


「いや、長谷川くん、わかりやすいな」


「それ、紫くんも言ってました」


「で、どうなん?」


「なにがですか?」


 ニヤニヤしながら私を見ていた丹沢先輩が、不満そうに口をへの字にした。


「だからあ、長谷川くんとどうなのって話」


「……? どうもないですけど」


「マジかよ。飯行ったりとか、デートとか」


「や、ないですね」


「それは長谷川くんなんてありえない? それとも誘われたこともない?」


「どっちもです。考えたこともないですね」


「ウケる。長谷川くんかわいそ。あはは」


 何言ってるんだ。いや、ほんと何言ってるんだ。

 男女が並んでたら付き合うや合わないやって、中学生か。


「先輩、セクハラです」


「あはは、ごめんね。おじさんだからさ」


「あ、葉山さん」


「んあ!?」


「嘘です」


「このやろう……」


「葉山さんがいる前で言えないようなこと、私にも言わないでもらっていいですか?」


「ごめん」


「もー、尊敬ポイント下がりますよ」


「それはやだ。俺は後輩の女の子に尊敬される男でいたいんだ」


 丹沢先輩はやっと自分の席に戻っていった。

 私だって、新人のころからお世話になってる先輩を見下げたくないので、このまま尊敬できる先輩でいていただきたい。




 議事録を作って、長谷川と確認して、お客さんにも送っておく。

 メールチェックして、秦野ちゃんが送ってくれたマニュアルに赤入れして、夕方になったら戸部先輩から引き継ぎを受けて見送って、それから自分の仕事をして……。

 気づいたら定時をとっくに過ぎていた。


「おい、立花」


「長谷川、なあに」


「最近、帰り遅いこと多いだろ。適当に切り上げとけよ」


「……うん。もう帰る」


 なんで知ってんだって思ったけど、長谷川もいつも残ってたし、わりと一緒に帰ってたわ。

 丹沢先輩に「付き合ってんの?」なんて聞かれるのもやむなし……。


***


 数日後。製造部の人が営業部に顔を出した。


「立花さん、今いいっすか?」


「はあい、いかがなさいました?」


「ちょおっと教えてほしいんですけど、先日依頼もらったサイズってこれで合ってます?」


 うちの会社は食品系の卸業をやっている。

 でも製造部も持っていて食品の配送に必要な発砲スチロールの箱を作っている。

 元はそっちが本業の会社だったらしいけど、気づけば運んだり中継ぎしたりするほうが儲かって、いつの間にかそっちがメインになった……ということらしい。


 ともかく、搬送時に使う箱のサイズについて相談して、製造部の人は戻っていった。

 仕事に戻ろうとしたら、ムスッとした長谷川がやってきた。手には湯気の立つマグカップを持っていて、甘い匂いが漂っている。


「……箱の話なら、俺でもよかっただろ」


「依頼したの私だからね」


 だって長谷川に声かけるの怖いじゃん、とはさすがに言わなかった。

 私だって、長谷川と私がいたら私に相談する。怖いからね!

 長谷川は「そうだけどさ」と呟いた。


「あ、立花。今日は早めに上がれよ」


「うん。十七時以降には話しかけないでほしい」


「はいはい、そうさせてもらいますよ」


 私が仕事に戻ると、長谷川も自分のデスクへ戻っていった。


「なんか、面倒見よくなったなあ」


 思わず呟いたら、戸部先輩が


「面倒見イイって言うか、過保護になったね」


「あーはい。たしかに……」


 つい長谷川の方をうかがったら、紫くんから資料を受け取っていた。


「これ、頼まれていた資料まとめときました」


「早かったな。助かる。ありがとう」


「いーえ、今後ともごひいきに」


「なんだそれ」


 二人とも笑って仕事をしていて、なんていうか、ちょっと前なら考えられなかった光景だ。

 職場の空気が良くなって、本当に助かる。



 その後、本当に十七時以降は話しかけられなかったから、無事に定時ちょっと過ぎには帰り支度ができた。

 パソコンを閉じてカバンを持ったら、空っぽのマグカップを片手に長谷川がやってきた。


「帰れ帰れ」


「ふふ、ありがと。お疲れさま。また明日ね」


「おう、また明日」


 そう言いつつ、長谷川は給湯室の前までついてきた。


「長谷川も最近遅いでしょ。早めに帰りなよ」


 なんとなくそう言ったら、長谷川が驚いたように目を丸くして、それからふっと柔らかく笑った。


「ありがと。そうする」


 ひらひら手を振って、その場を離れた。


 ……そういう顔もするんだなあ。

 最近、そんなことばっかり思ってる気がする。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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