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上位存在と暮らすメイト  作者: 巳扇 宅麻呂


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第一話 心臓くん

「それで、上位存在ハールプーレーフィルトルス・ゲッヘン氏は日ゲ友好条約に従い、肉体を分解し、各々暮らしているわけだな。そうだよな、心臓くん?」


 窓の外から葉桜が見える二階の教室で、歴史の教科書を片手に教師が振り向いた。

 教室最後列、窓際から数えて二列目の机の上で、赤い心臓が二度大きく脈打つ。

 教師が眉根を下げて笑った。


「んー、喋れないもんなー。肉月(にくづき)さん、彼なんて言ってるか分かる?」


 心臓くんの左隣、教室の窓際の席に座っていた肉月さんが「はい」と答えた。

 肩にかかった黒髪を除けつつ、血色の悪い右手を心臓くんへ伸ばす。


「ちょっとごめんね」


 一言断りを入れてから、握るのではなく、指先だけをちょいと触れさせた。

 威勢のよい脈動が視覚的にも良く分かる。


「『その通りです。穏便な共生を望みました』と言っています」


「そうだな。君は上位存在ゲッヘン氏の内臓の一部というわけだ。で、次いで重要な第二次分裂協議については……次回の授業に持ち越しだな」


 黒板の上のスピーカーからチャイムが鳴り響き、教室のクラスメイトが立ち上がり、日直が号令をかける。

 授業中の静寂から一転、喧騒が満ちる中、肉月さんは心臓くんのノートを覗き込む。


「折角、書いてたならそれ見せればよかったのに」


 心臓くんの白いノートは真っ赤な血文字で、先程肉月さんが代弁した発言が書かれていた。

 肉月さんの言葉を受けて、心臓くんの大動脈が三本とも伸び始める。

 毛細血管レベルの細さまで作り上げると、手指を模してノートを一ページめくった。

 一本の血管が破け、滴る血をインク代わりに文字を書き始める。


 《ダイイングメッセージみたいになっちゃうよ》


「それもそっかー。確かに心臓くんのノート、おどろおどろしくて呪いのノートみたいだもんね。こことか文字が滲んで掠れて、生々しいし」


 片手で口を押さえてクスクスと笑みを零しながら、肉月さんはノートのページを次々とめくっていく。


「あの、肉月さん」


 肉月さんの座席の後ろに、栗のトゲみたいな髪型の生徒(おれ)が立つ。

 首を巡らせて俺の姿を認めると、わざわざ身体をこちらに向けてくれる。


「晴野(はるの)くん、どうしたの?」


「いや、その、一緒に飯食わねぇかなーと」


 俺は弁当袋を掲げて、ちょっと口をもごもごと動かせながら訊いてみる。


 肉月さんは濃い眉に整った目鼻立ちを有した美形で、いわゆる高嶺の花。

 揺れぬ双眸と、薄紅の微笑は作り物じみていて、畏怖すら感じさせた。

 だから、彼女が特別なアクションを起こさずとも、佇まい一つで気圧されてしまう。


「うん、いいよ。心臓くんも行こう?」


 俺はこっそり胸を撫で下ろした。

 肉月さんと何度か会話したことがあったが、食事に誘うのは初めての試みだ。

 二人きりは緊張してしまうので、心臓くんの同伴はありがたかった。


 席から立ち上がった肉月さんは右手で器を作り、心臓くんを座らせてあげると、心臓くんはわくわくと鼓動を打った。

 しかし、心臓くんの嬉しそうな態度とは違い、教室の扉の前まで向かった肉月さんは廊下の様子を見て、頭痛を耐えるようにこめかみを押える。


「肉月さん! これを!」「肉月様っ! あっしのも!」「俺のお手紙を受け取ってください!」「好きです! 受け取ってください!」「私のも」「ボクチンのも」「お願いがございます、お付き合いしてください!」


 手紙(ラブレター)を携えた男女たちが、教室のドアの前で押しかけていた。

 肉月さんはあっという間に囲まれ、八方から手紙を持った腕が向けられる。

 人混みの奥から、手紙で作った紙飛行機が飛んできて、彼女の制服にコツンと当たった。


「紙飛行機でラブレターは不届き者すぎるだろ……」


 笑顔をピンと維持して、肉月さんは無言のままに手紙を受け取っていく。

 受け取るだけである者が黄色い悲鳴を上げ、ある者はちょんと指先が触れただけで失神して倒れた。


 一通り受け取り終えた頃には、彼女の左手には辞書くらいの厚みの手紙が乗っかっていた。


「少し持つか?」


「ありがとう。手が疲れちゃう」


 手紙の束を受け取って、俺は思わず落としそうになってしまった。


(何か手紙にしては重すぎねぇか? 中に色々入ってんのか?)


 手紙をよく見れば、文庫本くらいの厚みの物が多数ある。

 単純に封の内の手紙が分厚いというわけではなく、何か別のものを入れなければ生まれないような歪な出っ張りがあった。

 困惑しながら、弁当袋の紐を腕に通し、手紙の束を両手に持ち替える俺の耳に「行こう」と囁かれる。


「そういや、どこに行くんだ? 俺は教室か食堂で食う気だったんだが」


「無粋な目のないところ」 



 ————————————————————————————————————



「ここだよ」


「ここって……体育倉庫の裏…?」


 無言で歩き出した肉月さんが連れてきた場所は校庭グラウンドで、フェンスの隅に建てられた体育倉庫。

 しかし、中に入るわけではないらしく、出入り口ない体育倉庫の裏側で彼女は止まった。


「確かに倉庫の日陰で涼しいし、フェンスに囲われていて落ち着くけどさぁ、いるぜ? あそこに」


 俺は校舎の影を指差す。

 肉月さんたちを覗き込む生徒が多数ひそんでおり、教室の窓からは望遠鏡で見下ろしている者もいる。


「心臓くん、お願いね?」


 肉月さんが微笑む。

 彼に笑いかける瞬間だけは、ずいぶんと柔らかい態度になるので、少しビックリさせられる。


 心臓くんは大動脈をすくすく伸長させ、地面に突き刺した。

 血管が一度波打つと、呼応するように地面も揺れる。

 そして、地面の土がエレベーターの扉みたいに開いた。


「え、え、すげぇ……! 心臓くんこんなことできんの!? 四次元空間!?」


「心臓くんの血が通ったところは彼の血肉になるんだよ。だから、この空間は彼の体内」


 俺は両手を握って振り、飛び上がりそうなほど興奮した。

 そんな俺を横目に、肉月さんは躊躇なく体内に入っていく。


 俺も続いて中を見ると、赤い血管が走る空間が広がっていた。

 人二人が脚を伸ばせる程度の広さで、複雑な構造ではなく、袋状のちょっとした空間。

 出入り口が閉まるが、体内は肉月さんの表情の動きが見える程度には明るい。


「こんなこと、勝手にしていいのか? 生徒会に申請書云々出さなきゃダメなんじゃねぇの?」


「ちゃんと許可は得てるよ。庶務とは言え、私は生徒会執行部なんだから、示しがつかないようなことはしないよ」


 わかっていながらも心配で訊ねたのだが、語調の強い返答が返ってきて、俺は少したじろいでしまった。

 自分で誘っておきながら、穏やかでない空気感に胃が痛むが、それでも食欲は湧く。

 いそいそと弁当を取り出そうとした時、肉月さんは両手に余る手紙の束を真顔で見ていたことに気づいた。


(物憂げ……、絵画じみてて薄ら寒ぃな……。仲良くなれる日は遠そうだ)


 突然、肉月さんが手紙をめちゃくちゃに破り始める。


「な、何してんだ!?」


「心臓くんって凄いよね。こんな、中に何が入っているかも分からない手紙でもお構いなしに吸収して、栄養にできるんだよ」


 ビリビリに破けた手紙が体内の肉壁に触れると、染み出してきた赤い液体に触れる。

 液体はポコポコと泡を立て、手紙は融けながら泡とともに無くなっていく。


「そ、そうじゃねぇ。手紙、捨てんのか……? 一応、ラブレターなんだろ?」


 目を白黒させる俺の言葉を受けて、肉月さんは初めて眉根に皺を寄せた。


「私、校舎裏とか空き教室に呼び出されて告白されてたの。皆そうするものだから、うんざりして『わざわざ呼びつけて口頭で告白するのはやめてください』って校内放送で言ったんだよ?」


「あぁ……放送室ハイジャック事件か……」


「そしたら、皆どう出たと思う? ……ってさっき見てたか。直訴し始めたの。『口頭』ではなく『呼びつけ』なければ良いって言葉尻を捉えちゃって」


 舌打ちをしようとしたのか頬が引き攣ったが、ちらと俺の様子を伺ってからため息に切り替えた。

 しかし、手紙は躊躇なく握りつぶす。


 彼女の機嫌がよくなかったのは、無遠慮なラブレターが原因だったようだ。


「確かにそらダルいな……。うわっ、この手紙、髪の毛の束が入ってる……。しかもこれを入れた奴の顔写真付きだ。私が育てました、のやついらねぇだろ。……いや、いるのか?」


 切った髪の毛の束を持ってピースする女子生徒の写真を見ていると、呆れてため息も出ない。

 それらの呪物を引き裂いて、同じく体内に捨てた。


「いただきます」


 肉月さんが学外パン屋のカマンベールチーズクルミパンを頬張り始めたところで、俺も弁当箱を開ける。

 中身にはトマトやレタス、白飯に生姜焼きが所狭しと並んでいる。

 私が作りましたと微笑む母が自然と想像されて、思わず頬が緩んだ。


「なぁ、食う? 生姜焼きと米。美味ぇよ?」


「……いただこうかな」


 肉月さんは雛鳥みたいに口を開けて待ち始めたので、箸で食べさせてやる。


「心臓くんも食う?」


 持ち上げた生姜焼きを彼に見せると、喉を鳴らす代わりに体内が三度脈打った。

 彼の意思を理解しかねていると、「あ」と肉月さんが口を開け、俺に向けてアピールする。


「心臓くんは一日一食だよ。夜に家畜一頭を食べるから、あげてはダメ。晩ごはん入らなくなるので」


 言い終えると、彼女はもう一度「あ」と言った。

 再び彼女の口に生姜焼きを運んでやると、返礼とばかりにパンを持った左手が伸びてくる。


「どうぞ。美味しいよ」


「……おう、悪い。美味っ……!」


 カマンベールチーズクルミパンを頬張った俺が、思わず感嘆すると、少しの間だけ肉月さんの表情から硬さが抜ける。

 つい先程と比べれば、徐々にではあるが軟化した態度を目の当たりにして、俺も素直に嬉しい気持ちになった。

 この調子であれば、肉月さんが友人第一号となる日もそう遠くないように感じられて、弁当がより一層美味しい。


「ねぇ、こんなことを聞くのは、失礼かな……とは思うんだけど、その、私に対して下心があったりする?」


 脈絡無く、突然投げかけられた肉月さんの質問。

 激しく脈打ったのは肉壁だったか、それとも俺の心臓だったのか。


 まっすぐこちらを射抜く視線に、俺は視線を合わせられない。

 試そうとするような、隠す気のない猜疑心が感じ取れる。


「……それは」


 俺は言い淀んでしまった。

 本心に嘘をつくことはできないし、その行為は肉月さんにとって裏切られたような気持ちになることだろう。


「どうしたの? ……まぁ、言えないか。私の見た目は魅力的らしいし、隣に置いてステータスにしたいよね。利用価値があるのは、私もわかっているけど……」


「……いや……」


「はっきり言って良いよ。それくらいじゃ、傷つかないし」


 彼女の声音は明確に底冷えした訳では無いが、精彩を欠いていて、くたびれて聞こえた。

 失望されるのは辛かったが、これ以上落胆されるのはもっと耐え難い。

 俺は震える口唇を開いた。


「あぁ、下心があって、それで肉月さんに近づいた」


「そう」


「悪い。あんたを利用して……、ネズミ講みてぇに友達を作ろうとした。本当にすまねぇ。不誠実だった」


「もうわかったって……ん? ねず……え? どういう……?」


 肉月さんが眉根を下げて聞き返してきた。

 彼女にしては珍しい表情変化に、俺は自分が思っているより酷いことをしてしまったのだと内心焦り、冷や汗を垂らす。


「肉月さんは校内人気があるだろ? だから、あんたと仲良くなれば、肉月さんの友達と仲良くなれて、さらにその友達の友達と仲良くなって……って繰り返そうと思っててよ。俺は目つきも口も悪いし、顔も悪(ワル)だから、誰も喋ってくんなくて……」


「あ、そういう。下心って……あぁ、そ、そうか。好きとかじゃなくて……は、恥ずかし……」


「あぁ、恥ずかしいことをした。許してくれ」


「許すもなにも、許す必要がないと言うか……」


 肉月さんは顔を赤くして、瞳を震わせた。

 見て取れるほど激昂した様子を前にして、俺は己の愚かさに身震いが止められない。

 俺の不誠実な態度は、許す許さないの俎上にすらないというのだ。


「そ、そんな、態度を改める! 頼むから友達にしてくれ……!」


「ち、ちが……っ」


 彼女が拳を握りしめて、何か反駁しようとしたとき、体内が大きく二、三度波打った。

 次いで心臓くんが血管の腕を用いて、肉月さんの肩をちょいちょいと叩く。

 ハッと目を見開いた彼女が腕時計を見やる。


「も、もう予鈴なってるからっ……! そろそろ教室に戻らないと!」


「くそっ……そんな……」


 謝罪が受け容れられぬままで終わってしまうことがとても嫌だったが、授業を無断欠席することはできない。

 泣きそうになりながら、唇を引き締めて弁当箱を片付け終えると、天井が開き日光が差し込んだ。

 肉壁の一面が階段に変形し、彼女がそそくさと駆け上がる。


「心臓くん、地面陥没しないように維持しておいてね」


 肉月さんの右手の上で、おそらく彼が肯定の鼓動をした。

 二拍、三拍、そして四拍。


「ん?」


 彼女が怪訝な表情を浮かべる。

 覇気のない丸腰で校舎に歩みを進めていた俺が振り向くと、彼女の後方に人影があった。

 丁度、体育倉庫の影から身を晒したその生徒の瞳孔は開ききっていて、黄色い歯を剥き出しにしている。

 ヘソのあたりで、両手で握りしめているのは果物ナイフ。


 果物ナイフを持って迫る人間の危険性をしっかり理解するより先に、俺は肉月さんを肩で押しのけていた。

 胸部の辺りが強く痛み、心臓が早鐘を打つ度、何かが漏れていく気がする。

 喉から鉄臭いものが込み上げてきたときには、ブラックアウトした視界の中で意識を手放した。

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