89 時間差で判明する事実
「──この夏に、領主館にデモンが侵入した事件がありましたよね?」
「ああ、あったな」
「大変だった」
ロザリンドとエレーナが深く頷く。
あの非常事態の舞台になったのはこの場所を含む領主館全体だ。今も印象に残っていることだろう。
「私は代筆課の文官でもあるから、当時その場に居合わせて、仕方なく素顔を晒したまま、狩人として事態の収拾にあたったんですけど…私が狩人になれるくらい魔力が豊富だってバレた結果、後日、求婚者が殺到して…」
「ああ…」
「それは大変だったわね…」
ジョスリンとレティシアが呻き、みんなが同情的な雰囲気になる。
「──で、その件に関してルーカスの前で「仕事の邪魔だー!!」って感じのことを叫んだら、「なら、俺と婚約するか?」と」
「……」
「…………は?」
場の空気が凍った。
ロザリンドたちはおろか、涼しい顔で控えていた使用人たちまでぽかんと口を開けている。
数秒後、メイローザが唇を震わせ始めた。
「な…何その色気もへったくれもない告白! っていうか告白って言えるのそれ!?」
愕然とした表情で叫び、青い顔でこちらに詰め寄る。
「ねえ! 他に何か言ってなかった!? せめてもうちょっとこう、甘い言葉とか!」
「ええと…確か「今は領主一族扱いだが、兄が家督を継いだら俺は家から籍を抜いて平民になる予定だ。それでも狩人の哨戒部隊の隊長である以上、貴族社会でも相応の発言力はある。社交界に顔を見せることはないから、貴族のしがらみに縛られることもない。お買い得だと思うが?」とか…」
「新商品の売り込みじゃないってのよ!」
大変キレのあるいい突っ込みが入った。
他は!? と訊かれ、私はちょっと引きながら記憶を手繰り寄せる。
あまりにも私にとって都合の良い状況に、私は「ルーカスはそれでいいのか」と訊いた。その答えは──
「…「俺は、型が合うからといって誰彼構わず魔力譲渡するわけじゃない。俺が魔力譲渡するのは、絶対に失いたくない相手だけだ」…だった…かな?」
「え──」
「…え……?」
首を傾げながら呟いた途端、再度、女性陣が固まった。
だが先ほどとは雰囲気がだいぶ違う。
何故か、使用人の何人かは目を見開いて口元を押さえている。そしてその目はキラキラしている。何だこの空気。
「…セラフィナ、その、一つ確認なのだけれどね?」
レティシアが妙にゆっくり片手を挙げた。
「貴女は、ルーカスから魔力譲渡を受けたことが、あるの?」
「はい。夏の事件の時に魔法の使い過ぎで魔力枯渇を起こして──魔力の型が合うのが、ルーカスだけだったらしく。…私はその時眠らされてたのでよく覚えてないんですけど」
「そっち!?」
メイローザが目を見開き、場の空気が一気に緩んだ。そっちってどっちだ。
「…はっ!? いやでも、「絶対に失いたくない相手」ってことは当然あっちの意味も含んでるってことよねっていうか含んでなかったら呪ってやるわルーカス兄様…!」
徐々にヒートアップしていくメイローザが大変怖い。
「え、ええと…?」
「──そうか。セラフィナには馴染みがないかも知れないな」
助けを求めて視線を巡らせていたら、ロザリンドが合点がいったように頷いた。ああそういうことねえ、とレティシアも苦笑する。
「あのね、貴族社会では、『魔力譲渡』は『キス以上の行為』になるのよー」
「え? でも、魔力譲渡ってそもそも魔力の『型』が合わないとできませんよね?」
その前提があるので、魔力譲渡は治療行為の一種だと思っていた。実際、狩人仲間のパイソン──医師で回復術師のパスカル・ギャレットから教わったのはそういう内容だけだ。
レティシアは頷き、
「だからこそ、特別なの。魔力の型が合う恋人とか婚約者とか夫婦だけができる、って意味でねぇ」
「無論、純粋に治療目的の場合は別だがな。そちらは『魔力の緊急譲渡』という表現になる」
何だそれ、そんなの知らない。
私は呆然と周囲を見回し──あることに気付いた。
「あの…つかぬことを伺いますが」
背中にじんわりと汗が滲むのを自覚しつつ、そっと片手を挙げる。
「例えば求婚してきた人に対して「既に魔力譲渡を受けた相手がいる」って返した場合、どういう意味になります…か?」
「…それは勿論、「キス以上をする間柄の人がいるから、あなたはお呼びじゃありません、他の誰にも入る余地はありません」って意味になるわねぇ」
「単に「決まった相手がいる」と言うより、かなり強い拒否になるな」
「お断りの最上級って感じね…。あと単純に、心から愛する相手がいるっていう意味にもなるわ。かなり艶っぽい表現になるけれど」
レティシアとロザリンド、さらにジョスリンが説明してくれる。が、全員頬が赤いし目が泳いでいる。
エレーナに至っては絶句したまま、顔が真っ赤だ。
この台詞にはそれほどの破壊力があるということである。
多分、魔力譲渡は『キス以上性交未満』くらいのニュアンスだろう。
私はそっと頭を抱えた。
「……デスヨネ…!!」
知らなかったとはいえ、何という台詞を使っていたのか。顔どころか全身が熱い。
「…ねえ、もしかして、その文句で求婚者にお断りの返事をしていたの…?」
メイローザの問いに、私は顔を上げないまま応じた。
「………それが一番手っ取り早いってルーカスに教わって……翌日来た数人はそう言ってお断りシマシタ……代筆課の同僚たちの前で……!!」
道理で、それを聞いたアナスタシアたちが騒然としていたわけだ。
つい昨日まで相手らしい相手もいなかった人間が「キス以上のことをした相手がいるので他は全部お断り」とか真顔で言い出したら、誰だって驚くに決まっている。
ロザリンドたちが絶句しているのが分かる。同情の視線が痛い。
「…後で、ルーカスのこと叱っておくわね…」
視線を上げると、レティシアが同情と困惑と…とにかく複雑な表情で眉を下げていた。
私は少し考え、何とか引きつった笑いを浮かべて首を横に振る。
「…いえ、もう半年くらい前のことですし…どっちみちルーカス以外はお呼びじゃないのは事実なので………」
実際のところ、私の心情としては何一つ間違ってはいない。表現はアレすぎるが。
呟いた途端、メイローザの目が輝いた。
「それ! ルーカス兄様がわざわざ変な言葉を教えるほど執着してるのは分かったけど、実際のところセラフィナはルーカス兄様のどこに惚れたの!? やっぱり顔!?」
執着。執着なのか? アレ。
あと、さっきから惚れる理由として『顔』しか出てこないのは何でだ。
「…いや、私、ルーカスの素顔を知ったのは婚約する直前だし…顔はあんまり関係ないかも…」
「え?」
「え!?」
驚くロザリンドたちに「狩人は仮面とマントをつけて活動するのでお互いの素顔を知らないのが普通」と説明する。ああ、とジョスリンが頷いた。
「そういえばそうだったわね…」
「だから正直──まあ素顔に驚いたのは確かだけど、それが決定打、ではないかな」
「ええ? でもルーカス兄様、顔以外に好かれるポイントなんてあったかしら…?」
メイローザが心底納得いかない表情で首を傾げた。身内なのにひどいな。…身内だからか。
私は少し考えて説明する。
「ルーカスは狩人の同期で、所属部隊は違うけど新人の頃から一緒に現場に出ることが多くて…こう、信頼関係というか、背中を預け合える間柄、だったから。……異性として意識してるって私がちゃんと自覚したのは婚約の打診を受けた後デスネ…」
「…自覚するの遅すぎない?」
「……自分でもそう思う」
メイローザの突っ込みに、肩を落として頷く。
正確には、身分差を気にして無意識にブレーキをかけていたわけだが。




