73 気付いてしまったこと
その後もパイソン──いや、医師のパスカルの質問に答え、触診や魔力による診察を受けていると、軽い調子でドアがノックされた。
「キャットが来ていると聞いたんだが」
「ウルフか。入れ」
パスカルが言うとすぐ、大柄な男が入ってくる。
狩人討伐部隊の実質的なトップ、名持ちの狩人のウルフは、この場の全員がマントも仮面もつけていないと見るやすぐ装備を脱ぎ、片眉を上げて私を見た。
「またずいぶんとやつれたな。死にかけかと思ったぜ」
「はは…」
私はげっそりした顔で笑う。
つい先ほど、実際どうなるのか確認したいと言われてベッドに横になり、魔法で眠らされた。が──
1時間は眠るはずだったのに、5分そこそこで覚醒。全身汗びっしょりになって飛び起きた時、ルーカスとパスカルは私に負けず劣らず青くなっていて、パスカルは「試して悪かった」と本気で謝ってきた。
その後、救護室に備え付けの簡易浴室でシャワーを浴び、髪を乾かした。それが数分前。
今着ているのは入院着で、私服は管理事務所の女性事務官が洗濯してくれている。だから余計に病人然として見えるのだろう──そうだと思いたい。
「──で、どうだ?」
ウルフは、狩人の先輩というより、共立学校の講師──私の恩師にして伯爵家当主、ヴォルフガング・エイギスの顔で壁にもたれ、訊いてくる。彼も私に近しい者として、ルーカスから事情を聞いているのだ。
どうもこうもないわい、とパスカルが首を横に振る。
「全くと言っていいほど睡眠がとれておらん。わしの魔法もむしろ逆効果じゃ。…恐らく普通の薬も効かんじゃろうな」
「おいおい…マジかよ」
「冗談だったらここまで悩んでおらんわ」
パイソン曰く、ただの不眠なら睡眠薬の適応になるが、私の場合は眠った後が問題なので、夢も見ないほど深く眠らせる必要があるらしい。
だがその場合、麻酔、あるいは致死性の毒物に近い薬しか選択肢がない。
当然常用はできないし、そもそも個人が所有できる薬ではないのだ。用法用量を間違ったら普通に死ぬ。それは他の薬でも言えることだが、危険度が段違いに高い。
「…ルーカスが触れておればマシだというのが救いじゃな」
「じゃあコイツを処方するしかねぇんじゃねぇか?」
ヴォルフガングが親指でグッとルーカスを指し示す。
パスカルが「マシ」という表現を使った通り、昨夜、私は安眠していたわけではなかったらしい。
私自身は全く自覚がなかったが、途中何度かうなされていて、そのたびにルーカスが背中を撫でたりしてなだめてくれていたそうだ。昼前まで寝こけていたのは、ルーカスの方の睡眠が途切れがちになっていたからだった。
それを考えると、ルーカスを処方されても困る。私は眠れるかも知れないが、ルーカスの負担が重すぎる。それに、
「ルーカスは狩人の仕事もあるし、大変だと」
「それはお前が考えることじゃねぇだろ」
「不眠患者は黙っとれ」
「ハイ」
ぴしゃりと言われて肩を落とす。ルーカスが気遣わしげにこちらを見た後、ぽつりと呟いた。
「…俺が処方されるのは望むところだが、その原因の方をどうにかする必要もあるんじゃないか?」
「原因…っつってもなあ…」
ヴォルフガングが渋面を作る。
「前世の記憶だろ? 昔の出来事ってのは、自分の中で折り合いをつけてくしかねぇよなぁ」
溜息が深い。ヴォルフガングにも色々あるらしい。
しかし折り合いをつけるといっても、どうしたものか。私の中に、メンタル系の治療方法に関する知見はほとんどない。行動認知療法、とか、そういう無駄に専門的な単語が漠然と思い浮かぶだけだ。
「折り合い…ねぇ…」
私が呻くと、ふうむとパスカルが眉を寄せる。
「いっそ、一度完全に環境を変えれば改善するやも知れんが」
と、腕組みして、
「──実は、領主からも提案されておってな。クレメンティ家の庇護下に入り、住まいも移して治療に専念してはどうかと」
「え──」
「ルーカスも言われておるじゃろ」
「…」
その発言に驚いてルーカスを見遣ると、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「……そういう手紙は、今日、来た」
声に苦いものが混ざっている。
ここに来る前、身支度をしにルーカスが自宅に戻った後、誰かが隣家に来訪したのは知っていた。
ルーカスは何も言わなかったので私も特に訊かなかったが、どうやらそれが手紙の配達人だったらしい。
私の不調をルーカスやパイソンが知ってから半日で、この動き。
領主の仕事が速すぎる。むしろ待ち構えていたんじゃないかと勘繰ってしまう。
「あの家なら日常生活の心配もないし、何より安全じゃ。わしが治療に携わるのは変わらんし、悪い話ではないと思うがの、ルーカス」
「それは…」
ポーラからも、身を守るためにクレメンティ家に入ってはどうかと言われた。
まるで全ての流れが、そこに集約されていくようで──
「……あ」
気付いて呻くと、ルーカスたちが一斉にこちらを見た。
「どうした?」
「ええと…」
言うべきか否か、正直迷う。それを見透かしたように、ルーカスがぽんと私の肩を叩いた。
「思うところがあるなら言ってくれ。お前の意向が最優先だ」
先ほどヴォルフガングとパスカルには黙っていろと言われたが。そう突っ込みかけて言葉を呑み込む。
それはそれ、これはこれ。
私は背筋を伸ばして、3人を順に見遣った。
気付いたことを頭の中で反芻し──うん、ムカついてきた。
「私は、クレメンティ家の庇護下に入るつもりはないよ」
「…理由は?」
「因果関係が逆だから」
「……逆?」
ヴォルフガングとパスカルはいまいちピンときていないらしいが、
「──そういうことか」
ルーカスは一瞬目を見開いた後、険しい顔になった。私は頷き、ヴォルフガングとパスカルに説明する。
「そもそも今回私が拉致されたのは、グリムワルド・ミュラー子爵がそういう行動を取るよう、領主が裏から働きかけたから、なんだよね」
「は?」
ヴォルフガングがぽかんと口を開けた。
パスカルは、その話を思い出したのだろう。苦い顔になる。
「…以前わしとルーカスが警告した、あの件か」
「そう」
アッカルド孤児院への寄付を再開するようにという再三の要求を拒否し、偽物の『生みの親』を看破した私は、グリムワルドと敵対した。
その時、領主にグリムワルドから届いていた手紙一式を託し──2人に言われたのだ。領主の策略に巻き込まれる可能性があると。
気を付けていたつもりだったのに、私はあっさりと拉致されてしまった。
よりによって、グリムワルド側に潜入していた特殊部隊員の手によって。
「領主からの申し出はありがたいことだし、平民に対してあり得ない厚遇だと思うよ。けどさ──」
目を細めて呟く。
「よくよく考えると、そうなるよう仕向けた人間がどのツラ下げて言ってんの? って話じゃない?」
「…それは…そうだな…」
ヴォルフガングがドン引きしている。
昨日、ポーラの話に抱いた違和感の正体。一見私に利があるように見えて、その実全て領主の手のひらの上で転がされている。
私はそれが気に入らないのだ。
「あー、息子とその婚約者を心配してるってことじゃないか? こう、手の届くところに置いておきたいんだよ」
「人を他人に散々いたぶらせておいて、ボロボロになったところで「ボクの庇護下に入れば安全ダヨ」って笑顔でほざく人間を、信用できる?」
「うっ…」
ヴォルフガングのフォローらしき言葉を、切って捨てる。
昨日までは本当に頭が回っていなかった。でも、今なら分かる。
「貴族としてはやり手なんだろうけど、私は領主みたいなやり口は死ぬほどキライ。たとえそれが心配とか親切心から来るものだとしても、その手段があり得ない」
領主は、相手の意思を無視して──いや、利用して、自分の望む状況を作り出そうとしている。
無論、メインの目的はグリムワルドの方だったのだろう。私の方は、多分おまけだ。それが余計に腹が立つ。
「ううむ…」
パスカルが眉を寄せて唸った。
「…治療を受けさせたい、というのは本当じゃろうし、庇護下に入れば安全なのは間違いないと思うが」
「断固お断りだね」
私は強い口調で言い切った。
「それに安全っていうなら、別に誰かの庇護を受ける必要なんてない」
「?」
「──私が、強くなればいい」




