72 救いの手の種明かし
狩人のマントと仮面をつけてルーカス──オウルに横抱きにされ、私は黒の隔離地にやって来た。
オウルが城壁に着地し、私を降ろしてくれる。すると、一番近くの見張り台にいた哨戒部隊の狩人──7番が駆け寄ってきた。
「隊長、キャット! 何かありましたか!?」
「いや、パイソンに用があるだけだ」
オウルが端的に応じると、そうでしたか、と7番が少しだけ肩の力を抜く。そしてややためらいがちに、私の方を向いた。
「──あまり無理はなさらないでください」
言うだけ言って、では、と7番は持ち場に戻っていく。
そういえば私が魔力暴走を起こした時、「行け」とオウルの背中を押したのは7番だったと聞いている。多分、ある程度の事情を察しているのだろう。
その上で、踏み込まずにいてくれる。その気遣いがありがたい。
「行くぞ」
「うん」
見張り台の上に戻った7番が、こちらを見ている。ぺこりと頭を下げて、私はオウルを追って城壁上の通用口から管理事務所に入った。
階段を下り、廊下を進んでオウルが救護室の扉を叩く。すぐに「入れ」と返事があった。
「パイソン、キャットを連れてきた」
「うむ」
机に向かって何やら書類を書いていたパイソンが、こちらを向く。
誰の目にも分かる仏頂面で溜息をつき、
「やーっと来おったか、キャット。まあ座れ。オウルもじゃ」
「……ハイ」
「…」
完全に説教前の空気だ。
マントと仮面を外し、2人並んで丸椅子に腰かけると、パイソンは腕組みして私を見据えた。
「おおよその経緯はルーカスと、ウチの家内──ポーラから聞いておる。まずは、生きていて何よりじゃ」
特殊な立ち位置にいる回復術師同士、情報は随時共有しているらしい。
どう見ても「生きていて何より」と思っているだけの顔ではないが、一応頷いておく。
じゃが、とパイソンは声のトーンを低くした。
「己の異常を放置しておるのはいただけん。仮にも名持ちの狩人が、何をしておるんじゃ」
「………ごめんなさい」
こればかりは、反論の余地はない。肩を落として頭を下げると、パイソンがまた溜息をつく。
「まずは、お前さんの口から状況を説明してくれ。ああ、事件後、帰宅した後あたりからでよい。どうせその頃から異変はあったんじゃろ」
完全に見透かされている。観念して、私は重い口を開いた。
事件当日、帰った後は平気だと思っていたのだが、その夜から寝つきが異常に悪く、ウトウトしたと思ったら瞬間的に殺される感覚がよみがえって目が覚めてしまったこと。
運よく寝入ることができても、今度は首を絞められてから殺されるまでの記憶がリアルに再現されて、全身に汗をびっしょりかいて飛び起きてしまったこと──それがずっと、毎日、続いていたこと。
「──…で、昨夜は夜中にルーカスが来てくれて…事件後初めて、まともに眠れた…かな」
「…」
「……」
沈黙が痛い。パイソンは目を見開き、ルーカスは能面のような顔になっている。──どちらも、激怒する寸前の顔だ。
が、身構えていても怒鳴り声は響かなかった。ただ、ギリィとパイソンが奥歯を噛み締める音がした。
「……なるほど」
深く長く、深呼吸して、パイソンは表情を整える。
「眠れなった、というのは、具体的にどの程度じゃ? 一日一時間程度は眠れておったか?」
「……分からない。その、多分、30分くらいは眠れてたと…」
「悪夢を見ていた時間込みでか?」
「うん」
「それは眠れたとは言わん」
ルーカスに突っ込まれて頷いたら、バッサリ言われてしまった。でも寝入ったらもれなく悪夢がついて回るのだから、私にはどうしようもない。
「その他に自覚症状は」
「ええと…食べ物の味がしなかったのと、立ち上がったり振り向いたりした時に目の前が真っ暗になったり、ひどい眩暈を感じたりしたのと、…あと、全く記憶にないのに気が付いたら書類が出来上がってたのと…」
指折り数えていったら、パイソンの顔がだんだん強張っていく。
そこにルーカスが1枚の紙を差し出した。ウィッカのメモだ。
「パイソン。セラフィナと同居しているケットシーが書いてくれた、こいつの奇行の一覧だ」
「奇行て」
「それ以外にどう表現すればいいのか分からなくてな」
大変失礼なことを言われている。
「…砂糖と塩を間違えて料理して、それを食べても間違えたことに気付かない」
何を思ったか、パイソンがそのメモを読み上げ始めた。
「ちょっ」
「リビングの椅子に座って虚空をずっと眺めている。寝ているわけではないが、その間、最大で半日程度全く動かない。領主館に出勤するルートを間違え、あらぬ方向へ行こうとする。街灯の柱に正面衝突しそうになっているのに気付いていない」
「やめ」
「夜、汗だくで飛び起きた後、冷水を10分以上延々と頭からかぶっている。睡眠は、1分たりとも取れていない。頻繁に胸を押さえているので、動悸がしていると思われる」
「…」
ウィッカはとてもよく見ていたらしい。書かれていたのは私に自覚があることとないこと、半々くらいだった。
パイソンがじろりと私を睨む。
「…これで医者にかからん奴の気が知れんわい」
「全くだ」
「うう…」
2人の視線が厳しい。そして、心配されていると分かるからこそ、小さくなる以外に選択肢がない。
ルーカスが溜息をついた。
「…11番の忠告に従って、本当に正解だったな」
「へ?」
思わぬ人物が出てきた。私がぽかんと口を開けると、ルーカスとパイソンが頷き合う。
「11番の娘が、お前の文官仕事の同僚らしい。「セラフィナが倒れそうになっている。クマがひどいから、多分ずっと寝ていない。ルーカス・ブレットに何とかして状況を伝えてほしい」と11番に泣きついたそうだ」
「11番の娘──あっ」
討伐部隊に所属する狩人の11番は、エイローテ男爵家当主──アナスタシアの父親だ。
彼女がそのことを知っていたかどうかは分からないが…父親ならば領主の息子であるルーカスにも繋ぎが取れると踏んだのだろう。
それが奇しくも、最短ルートに繋がっていたわけだ。
「心当たりがあるようじゃな」
「…うん。その『11番の娘さん』に、昨日のお昼頃に「仕事はいいから家に帰れ」って怒られて…」
「…なるほど」
「なかなか強いお嬢さんじゃのう…」
そうして昨夜アナスタシアから頼まれた11番は、非番だったのにも関わらず狩人管理事務所に来て、オウルと、それからパイソンにもそのことを伝えた。
「わしのところにはポーラから話は来とったが、本人は来ておらんでな。そんな状況になっているとは知らなんだ」
「俺もだ」
「…」
責められても仕方ない。私はそっと目を逸らす。
が。
「そんな顔をするでない。わしらも11番に怒られたんじゃよ」
「……怒られた?」
パイソンとルーカスは苦笑していた。
11番は狩人仲間の折衝役になることが多く、私の方が年下で経験年数も下なのにも関わらず常に敬意を払ってくれる、気遣いができて規律正しいベテランだ。
──その11番が、名持ちの狩人2人に対して、怒った?
「セラフィナは魔力暴走を起こした後だからそっとしておくべきだと説明したら、な」
ルーカスの苦笑が深くなり、パイソンがやれやれと肩を竦める。
「──魔力暴走を起こした者は、その後しばらく精神的に不安定になるのが常だ。普通なら家族が付きっきりになるべきだが、彼女に血縁者はいないと聞いている。ならば、最も近い立ち位置にいる者が動くべきだろう。何を思って放置しているのか──とな」
子どもならともかく、相手は成人女性だとルーカスが反論したら、大人も子どももあるかと一蹴されたそうだ。
「むしろ成人している者が、名持ちの狩人が魔力暴走を起こさざるを得なかった、その精神状態に危機感を持てと──全く、耳が痛い話じゃった」
私の異変の理由を説明したら、返ってきたのは切れ味の鋭すぎる説教。パイソンもルーカスも面食らったことだろう。
だがそのおかげで、ルーカスは狩人の任務を切り上げ、私のところに来てくれた。
「……私もう、あの親子に足向けて寝られない気がする…」
両手で顔を覆って呻くと、俺もだ、と苦笑するルーカスの声が聞こえた。
「──というわけで、じゃ。キャット──いや、セラフィナ」
パイソンの声が急に明るくなった。
顔を上げると、やけにイイ笑顔のパイソンと目が合う。
「わし、パイソンことパスカル・ギャレットが、医者として、しっかり診させてもらうからの。覚悟するんじゃぞ?」
「……ハイ…」




