57 工房見学
その後、私とルーカスは私の家に移動した。ルーカスが魔鉱細工の工房を見たいと言い出したからだ。
「ただいまー」
1階のドアから入ると、すぐに2階からウィッカが下りてくる。
《あら、アイリーンはそのまま帰ったのね。──いらっしゃい、ルーカス》
「…お邪魔します」
何故かルーカスが畏まって頭を下げる。ウィッカはルーカスを上から下まで眺め、満足そうに頷いた。
《イーリスの色を隠すのが上手くなったわね》
「…そういえば」
本来なら瞳に虹色の輝きが見えるはずなのに、今のルーカスの瞳は普通の紫紺。魔力型『イーリス』の特徴が消えている。
私がルーカスの目をガン見して呻くと、ウィッカがスン…と目を細めた。
《もっと早く気付きなさいよ》
「いやあ、あんまり自然すぎて…魔法じゃないよね?」
「ああ。身体の中の魔力の流れを変えているだけだ」
ルーカスはさらりと言うが、それはかなりの高等技術のはずだ。
聞けば、夏に私が魔力枯渇で入院している間に、ルーカスはウィッカにイーリスの特徴を隠す方法を教えてもらっていたのだそうだ。
お礼は、ウィッカへの食事の提供。私が不在の間ウィッカはどう過ごしていたのかと思っていたら、結構上手いことやっていたようだ。
《それで、天藍メノウのペンは手に入りそうなの?》
「うん、ルーカスが作ってくれるって」
《…ルーカスが?》
隣人がルーカスだったこと、ルーカスが宝石職人であることを伝えると、眉間にしわを寄せて聞いていたウィッカは、ああと頷いた。
《宝石職人なら、ここと同じ造りの借家に住んでるのも納得ね。──でも貴方、領主の息子でしょう? こんなところでわざわざ一人暮らしするなんて、実家とは折り合いが悪いの?》
「…まあ、そんなところだ」
《貴方も色々あるのねぇ》
ウィッカはそれ以上突っ込まず、片耳を倒して呟く。まあいいわ、と身をひるがえし、
《じゃ、私は2階にいるわね。ゆっくりしていきなさい》
「ああ」
階段を上っていくウィッカを見送ると、私はルーカスを工房区画に案内した。
「ここが私の工房。ルーカスの工房と違って、魔法道具はそんなにないんだけど」
「…意外と片付いてるな」
作業机と棚を一通り見渡し、ルーカスがぽつりと感想を述べる。
何だか失礼なことを言われている気がするが…片付いているのには理由があるのだ。
「扱うものが『ミスリル銀』とかだからね。見えるところにモノを出しっ放しにできないんだよ、防犯上」
魔鉱細工師の工房には、とにかく単価がバカ高いものが多い。そして、インゴットの形状でなくなった魔法金属は転売可能。万が一泥棒に入られた時、容易に手に取れる場所に置いておいたら大損害だ。
魔鉱細工を習い始めた当初、ウィッカにまず叩き込まれたのは、材料自体の価値と防犯のための取り扱い方だった。その関係もあって、実は工房区画に自分以外の人間が入るのは、ルーカスが初めてだったりする。
「ルーカスも、希少な石とかは毎回仕舞うでしょ?」
こちらに来る前、ルーカスは作業途中だったらしい机の上を全て片付けていた。ガラス板や研磨剤は外から見える状態で棚に入っていたが、宝石は全て鍵付きの引き出しに仕舞われていたはずだ。
「ああ。盗まれたら二度と手に入らないようなものもあるからな…」
ルーカスが少々遠い目になる。
それはもはや趣味の域を超えている気がするが、深くは突っ込むまい。
とりあえず、完成品──何かしら見本になるものをと思い、棚を漁っていると、すぐ後ろからルーカスが覗き込んできた。そして、ぼそりと呟く。
「…背後に立っても俺だったら気にしない、ってのは本当だったんだな」
「?」
何のことかと首を傾げ、数秒経ってから気付く。
「もしかして、ウルフかパイソンから聞いた? 私がやたら背後を気にするって」
顔だけ振り返ると、至近距離にルーカスの顔があった。目が合ってすぐ、ルーカスが決まり悪そうに視線を逸らす。
「…俺が聞いたのは、背後を『警戒している』って話だが」
「あー、うん」
私は苦笑する。
何故、そこまで背後を警戒しているのか──狩人になって少し経った頃、ウルフに訊かれたことがある。
当時の私には全く自覚がなくて、何を言っているのかとウルフに訊き返した。
曰く、他人、特に男性が真後ろに立つという状況を徹底して避けている。必要な時は許容するが、常に背後を警戒している。背後というのは死角なので誰しも大なり小なり警戒するものだが、お前は度を超している。
言われて、考えて、そして気付いた。
その警戒心は恐らく、過去の──前世の記憶が関係している。
ルーカスに説明すべきか、一瞬迷う。だが──
「…」
ルーカスは静かにこちらの答えを待っていた。急かすでもなく、でも一言も聞き漏らさないと言わんばかりの紫紺の目が、真摯に私を見詰めている。
少しだけ肩の力を抜いて、私はなるべく軽い口調で答えた。
「多分、前世の記憶があるせいだと思う」
「前世──……転生者?」
「そう。といっても、記憶は不完全なんだけど」
軽く目を見張るルーカスに、驚きはあれど嫌悪や拒否の色は見えない。内心ほっとしながら、言葉を続ける。
「前世の『知識』はあるんだけど、経験記憶がほとんどない。だから、前世の私がどこで何をしていたのか、どういうことを考えていたのかは憶えてない」
知識はあるのに、経験したことはよく憶えていない。これが意味するところは、恐らく。
「私が背後をやたらと気にするのは、前世で何かあったからなんだと思う。それ自体のことは忘れてるけど、本能に近いところに警戒心が染みついてるんじゃないかな」
背後に誰も立たないように立ち回り、特に男性を警戒するという状況から、前世で何があったのかはおおよそ想像がつく。だからこそ、あえて思い出そうとは思わない。
多分、憶えていない方がいいこと、なのだ。
「…そうか」
ルーカスが何とも言えない表情で呻いた。紫紺の瞳が伏せられ、暗く陰っている。
そんな顔をさせるつもりはなかった。どうしたものかと思っていると、ルーカスが手を伸ばし、私を抱き寄せた。
逆らわずに、ルーカスの胸に背中からすっぽりと収まる。
やはりルーカスには警戒心が生まれない。むしろどこかホッとする。
「俺に対しては、嫌だとは思わないんだな?」
「うん」
「…なら、いい」
抱き締める腕の力が強まり、私は身体の力を抜いた。
──ちなみに。
ルーカスに頼んだ天藍メノウのペンは、何故かたった3日で仕上がり。
目の下にひどいクマを作ったルーカスに、「ちゃんと寝ろ! 頼むから!!」と私は悲鳴を上げることになった。




