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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第2章

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57 工房見学


 その後、私とルーカスは私の家に移動した。ルーカスが魔鉱細工の工房を見たいと言い出したからだ。


「ただいまー」


 1階のドアから入ると、すぐに2階からウィッカが下りてくる。


《あら、アイリーンはそのまま帰ったのね。──いらっしゃい、ルーカス》

「…お邪魔します」


 何故かルーカスが(かしこ)まって頭を下げる。ウィッカはルーカスを上から下まで眺め、満足そうに頷いた。


《イーリスの色を隠すのが上手くなったわね》

「…そういえば」


 本来なら瞳に虹色の輝きが見えるはずなのに、今のルーカスの瞳は普通の紫紺。魔力型『イーリス』の特徴が消えている。

 私がルーカスの目をガン見して呻くと、ウィッカがスン…と目を細めた。


《もっと早く気付きなさいよ》

「いやあ、あんまり自然すぎて…魔法じゃないよね?」

「ああ。身体の中の魔力の流れを変えているだけだ」


 ルーカスはさらりと言うが、それはかなりの高等技術のはずだ。

 聞けば、夏に私が魔力枯渇で入院している間に、ルーカスはウィッカにイーリスの特徴を隠す方法を教えてもらっていたのだそうだ。

 お礼は、ウィッカへの食事の提供。私が不在の間ウィッカはどう過ごしていたのかと思っていたら、結構上手いことやっていたようだ。


《それで、天藍メノウのペンは手に入りそうなの?》

「うん、ルーカスが作ってくれるって」

《…ルーカスが?》


 隣人がルーカスだったこと、ルーカスが宝石職人であることを伝えると、眉間にしわを寄せて聞いていたウィッカは、ああと頷いた。


《宝石職人なら、ここと同じ造りの借家に住んでるのも納得ね。──でも貴方、領主の息子でしょう? こんなところでわざわざ一人暮らしするなんて、実家とは折り合いが悪いの?》

「…まあ、そんなところだ」

《貴方も色々あるのねぇ》


 ウィッカはそれ以上突っ込まず、片耳を倒して呟く。まあいいわ、と身をひるがえし、


《じゃ、私は2階にいるわね。ゆっくりしていきなさい》

「ああ」


 階段を上っていくウィッカを見送ると、私はルーカスを工房区画に案内した。


「ここが私の工房。ルーカスの工房と違って、魔法道具はそんなにないんだけど」

「…意外と片付いてるな」


 作業机と棚を一通り見渡し、ルーカスがぽつりと感想を述べる。

 何だか失礼なことを言われている気がするが…片付いているのには理由があるのだ。


「扱うものが『ミスリル銀』とかだからね。見えるところにモノを出しっ放しにできないんだよ、防犯上」


 魔鉱細工師の工房には、とにかく単価がバカ高いものが多い。そして、インゴットの形状でなくなった魔法金属は転売可能。万が一泥棒に入られた時、容易に手に取れる場所に置いておいたら大損害だ。


 魔鉱細工を習い始めた当初、ウィッカにまず叩き込まれたのは、材料自体の価値と防犯のための取り扱い方だった。その関係もあって、実は工房区画に自分以外の人間が入るのは、ルーカスが初めてだったりする。


「ルーカスも、希少な石とかは毎回仕舞うでしょ?」


 こちらに来る前、ルーカスは作業途中だったらしい机の上を全て片付けていた。ガラス板や研磨剤は外から見える状態で棚に入っていたが、宝石は全て鍵付きの引き出しに仕舞われていたはずだ。


「ああ。盗まれたら二度と手に入らないようなものもあるからな…」


 ルーカスが少々遠い目になる。

 それはもはや趣味の域を超えている気がするが、深くは突っ込むまい。


 とりあえず、完成品──何かしら見本になるものをと思い、棚を漁っていると、すぐ後ろからルーカスが覗き込んできた。そして、ぼそりと呟く。


「…背後に立っても俺だったら気にしない、ってのは本当だったんだな」

「?」


 何のことかと首を傾げ、数秒経ってから気付く。


「もしかして、ウルフかパイソンから聞いた? 私がやたら背後を気にするって」


 顔だけ振り返ると、至近距離にルーカスの顔があった。目が合ってすぐ、ルーカスが決まり悪そうに視線を逸らす。


「…俺が聞いたのは、背後を『警戒している』って話だが」

「あー、うん」


 私は苦笑する。


 何故、そこまで背後を警戒しているのか──狩人になって少し経った頃、ウルフに訊かれたことがある。

 当時の私には全く自覚がなくて、何を言っているのかとウルフに訊き返した。

 曰く、他人、特に男性が真後ろに立つという状況を徹底して避けている。必要な時は許容するが、常に背後を警戒している。背後というのは死角なので誰しも大なり小なり警戒するものだが、お前は度を超している。


 言われて、考えて、そして気付いた。

 その警戒心は恐らく、過去の──前世の記憶が関係している。


 ルーカスに説明すべきか、一瞬迷う。だが──


「…」


 ルーカスは静かにこちらの答えを待っていた。急かすでもなく、でも一言も聞き漏らさないと言わんばかりの紫紺の目が、真摯に私を見詰めている。

 少しだけ肩の力を抜いて、私はなるべく軽い口調で答えた。


「多分、前世の記憶があるせいだと思う」

「前世──……転生者?」

「そう。といっても、記憶は不完全なんだけど」


 軽く目を見張るルーカスに、驚きはあれど嫌悪や拒否の色は見えない。内心ほっとしながら、言葉を続ける。


「前世の『知識』はあるんだけど、経験記憶がほとんどない。だから、前世の私がどこで何をしていたのか、どういうことを考えていたのかは憶えてない」


 知識はあるのに、経験したことはよく憶えていない。これが意味するところは、恐らく。


「私が背後をやたらと気にするのは、前世で何かあったからなんだと思う。それ自体のことは忘れてるけど、本能に近いところに警戒心が染みついてるんじゃないかな」


 背後に誰も立たないように立ち回り、特に男性を警戒するという状況から、前世で何があったのかはおおよそ想像がつく。だからこそ、あえて思い出そうとは思わない。

 多分、憶えていない方がいいこと、なのだ。


「…そうか」


 ルーカスが何とも言えない表情で呻いた。紫紺の瞳が伏せられ、暗く陰っている。

 そんな顔をさせるつもりはなかった。どうしたものかと思っていると、ルーカスが手を伸ばし、私を抱き寄せた。

 逆らわずに、ルーカスの胸に背中からすっぽりと収まる。

 やはりルーカスには警戒心が生まれない。むしろどこかホッとする。


「俺に対しては、嫌だとは思わないんだな?」

「うん」

「…なら、いい」


 抱き締める腕の力が強まり、私は身体の力を抜いた。





 ──ちなみに。


 ルーカスに頼んだ天藍メノウのペンは、何故かたった3日で仕上がり。

 目の下にひどいクマを作ったルーカスに、「ちゃんと寝ろ! 頼むから!!」と私は悲鳴を上げることになった。









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― 新着の感想 ―
えっ寝ずに仕上げたって? そりゃあ貴方、好きな人に頼まれた、自分しか作れないようなもの、本気になって仕立てるに決まってますよぉ(ニヤニヤ) ルーカスいいヤツだわ……推せる。
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